14 恋の自覚

 博光の持っている端末といっても、数種類あるので、潔は迷った。

 まずはタブレットPCを、選択肢から外しておく。市で配布された教材で、授業や教育に無関係な使い方は、許されていない。たとえばメッセージアプリの場合は、授業中でのやりとりのみで、生徒同士でのプライベートな会話はできないようになっている。

(スマホのほうは、どうだろうか?)

 次の候補を考えた。鳴花の悪口が書かれていたのは、おそらくスマートフォンからだ。プライベートな会話ができるため、本性が出やすいだろう。相手の目的を探るのなら、スマホが一番いいかもしれない。

『博光くんって、自分のパソコン持ってるのかな? 鳴花ちゃんのほうはあったよね?』

 シルシルが背後でつぶやいた。いまは潔の翼となって、ネットワークを飛んでいる。

『盗んだデータは、スマホのアプリじゃ動かないでしょ? AIシンガーの作曲ソフトは、パソコン対応なんだから』

「さすがウイルス。詳しいな。つまりデータは、パソコンの中に入っていると?」

『そういうことっ。エクスポートしてなきゃね』

「エクスポートかあ。どうなんだろ」

 潔は元パソコン部のため、専門用語が理解できる。

 エクスポート。かんたんに言うと「書き出し」だ。専用の作曲ソフトから、音楽アプリでも聴けるようなファイル形式に変えることだ。

 鳴花がもし、データをエクスポートしていたら、犯人はどこの端末にも、新曲のデータを入れておける。

(鳴花に聞いてみるべきか……?)

 ためらった。

 新曲が盗まれてしまったことを、話さなければならなかった。

 悲しむ顔が思い浮かぶ。

(……すぐに、わかってしまうことだ)

『どうする? 鳴花ちゃんのところに行く?』

「いや、いい。ぜんぶ調べれば済むことだ……」

『なんかキミ、疲れてる? 今日は休む?』

「休まない。おれは、やらなきゃいけないんだっ。鳴花のためにっ……」

 あんなに素晴らしい曲を、誰かの手には渡したくない。

 それに、新曲【ノロイバナ】は、潔をイメージして作っている。ジャケットにも起用された。

(きっと鳴花のことだから、おれに謝るんだろうな。「部長の曲なのに、ごめんなさい」って。そんなこと言われたくねえよ)

 情報の海にかかっている橋を、潔はゆうに飛び越えた。橋にはそれぞれのデータを積んだ車たちが行き来している。橋は、正規の通信網だ。潔は不正な回線を使って、ダイバーとして飛んでいた。

 翼のシルシルがいきなり聞いた。

『……好きなんでしょ? 鳴花ちゃんのこと』

「そ、そんなんじゃあねえしっ」

 顔が火照る。ドキッとする。

 いままでの潔は女の子に、このような感情を抱いたことがない……。

 鳴花だけが、特別だ。

(好きなのか……? 鳴花のこと……)

『そう、キミは鳴花ちゃんが好きっ。恋ってヤツ』

「……おまえがいるとムカつくな。人の心を読むなよな」

『ボクたちは一心同体なのっ。ボクはキミの一部だからねっ』

 厄介なウイルスにかかったものだ。潔をダイバー体質に変えて、隙あれば話しかけてくる。

 意思を持ったコンピューターウイルス。感染するのは、人間のほう。

 シルシルはどのような目的で、プログラミングされたのか。

 どんな悪意が、ひそんでいるのか。

「あんたはなんで作られたんだ? おれに取り憑いてなにがしたい?」

『ぷんっ』

 翼が急に縮んだ。潔は落下していった。

 落ちた先は、やわらかい雲だ。体ごとバウンドしていった。

「……おいっ。てめぇっ……」

 潔はうつ伏せになりながら、背中へと手を回した。シルシルを捕まえようとするが、体の中に入ってしまった。

「答える気はないってか。まあ、想像はつくけどな」

 立ち上がる。シルシルがウイルスである以上は、隠された目的がなにかある。

(早いとこ取り除かないとな。便利すぎるこの力にも、なにか代償があるはずだ)

 潔が前を見すえたとたんに、しゃぼん玉に囲まれた。

 整った顔が表面に映され、その上に吹きだしが現れた。

『なにこの子。すごくきれい』

『保存したーい。芸能人?』

 誰かの目が、潔をとらえる。着せ替えをしていないままだった。

 理由はめんどうだったからだ。探すのも、作るのも。

 失敗を一度、したからだ。

(しまった。共用サーバーか)

 足元の雲は、クラウドと呼ばれる仮想スペースだ。特定の端末の中にではなく、インターネットで作られている。

(動画配信サービスか? おれがどこかに映ったのか?)

 顔は、隠しておきたかった。

 迷っている場合ではない。

「シルシル、こいつらを叩き割れ!」

『あいよっ』

 背中から矢印が伸びて、ムチのようにしならせた。

 しゃぼん玉は、割れていった。

『しょーがないなあ。ボクが仮面になってあげる』

 ひたいから、矢印が下向きに生えていった。

 潔の鼻と目のまわりが覆われた。

「おおっ。こんなこともできるのか」

『ほんとはやりたくないけどねっ。ちゃんと着せ替えを考えてよ?』

「これでいいや。矢印仮面で」

『ええっ! ダサっ。ほんとにいいの? センスないよ?』

「いいんだよ。時間が惜しい」

 これから博光の端末へ、侵入しなければならないのだ。

 顔さえ隠れて、動きやすければ、どんな姿でもよかった。

『キミってルックスはいいのにさー、残念がられることってない?』

 シルシルはあきれ声を出した。

 よく、言われてきたことだ。顔だけ、と。勉強も運動も平均以下で、怒りっぽいし、気が利かない、と。

 前までは言われて嫌だったけど、いまではどうでもよくなった。

「いいんだよ。認めてくれる人がいれば。ほかからどう思われても」

 ひとりの女の子を想い浮かべる。おもしろくって、やさしい子だ。

『鳴花ちゃんこと。好きなんだね』

「めっちゃ好き!」

 仮面の下で笑顔を浮かべ、潔ははりきって歩きはじめた。

 胸の中に灯った光を、ようやく受け入れることができた。

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