13 犯人探し
「データを返せ! それは、鳴花の大事なものだ!」
潔は槍を突き出したが、相手は難なく身をかわす。
鳴花の姿をしているせいか、潔の攻撃にためらいがある。
ニセモノだと、わかっていても。
(もっと怒れ! おれは、廉を殴れたんだ!)
涙を流す。こぶしに感触が残っている。
ウイルスが化けた姿でも、弟の顔を殴ってしまった。
判断は、正しかった。兄としては、失格だった。
「うおおおおおおっ!」
忘れるように、奮い立たせた。目をつむる。
(鳴花じゃないっ、鳴花じゃないっ!)
がむしゃらに槍をぶん回した。
シルシルがあきれて、声をかけた。
『……逃げちゃったよ。データを持っていかれちゃった』
「!」
潔は目を開けた。
鳴花の姿は、ここになかった。
大切なデータを、盗まれた……。
「おれのせいだ……」
『そうだよねえー』
シルシルは否定しなかった。槍の先が、くにゃりと曲がった。
『そんなふうに扱われると、こっちも身動きできないよ。ほんとに、キミには困ったなあー』
矢印をそらして、ふんぞり返った。シルシルは、潔の武器だ。持ち主と息があわないと、まともに戦うこともできない。
「とっ、とにかく追わないと!」
『追ってもいいけど、見つかるかなー? 別の姿に変わっているかもしれないよ?』
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
潔はあせる。廉と同じ思いを、鳴花にさせてしまう。
盗まれたせいで。
鳴花のこのパソコンの中には、新曲【ノロイバナ】が入っていた。
あれは鳴花の曲なのに、ほかの人に発表されたら、傷つくことになるだろう。
(おれは、それをやってしまった)
廉が昏睡するほどに、ショックを受けてしまったのだ。
今度は自分のふがいなさのせいで、鳴花にもなにかがあるかもしれない。
悪いことが。
『えいっ』
シルシルが矢印の面で、潔のほおをビンタした。
ベチッ、と音が鳴り響いた。
「なにすんだよ!」
『イケメンの顔を、一度は叩いてみたくってえー?』
「はあ? てめえ、ふざけんのも――」
『目が覚めた? 犯人探し、やってみる?』
「えっ?」
潔はほおを押さえて、矢印頭のウイルスを見る。
おちゃらけているのは相変わらずだが、いまはそれがありがたかった。
(そうだよな。悩むより先に動くことだ)
息を吸って、落ち着かせる。反省や後悔はあとでいい。
やれることを、やるだけだ。
鳴花を傷つけさせないためにも。
「犯人の手がかりはいくつかある。まずは廉。ダイブインしてるか、調べたい」
弟への疑いを、潔は真っ先に晴らしたかった。
病院にいるか、確かめたかった。肉体も、精神も。
それに、区別もしたかった。ホンモノと、ニセモノを。
ホンモノの廉なら殴ることはないと、思いこんでおきたかった。
『りょーかいっ! じゃあ行こうか』
シルシルは背中へ移動して、矢印の翼を広げていった。
破られた穴がふさがれる前に、鳴花の島を出ていった。
行き先は、廉のタブレットPCだ。
☆
「ダイブアウト」
面会時間は過ぎていたが、こっそりと病室へおどり出た。
廉のタブレットPCの中を通っていくのは、つらかった。最初に侵入した場所であり、罪と向きあわなければならなかった。
(廉……。こんなに努力してた。あのときはなんで気づけなかったんだ)
作りかけのゲームが多かった。おそらくボツになったものだ。
表計算のソフトには、ゲームの設計図があった。思いついたことをぜんぶ、メモ書きにして残していた。
そんな努力を踏みにじった。
取り返しのつかないことをした。
廉はいた。ベッドの上で眠っていた。肉体は、ちゃんとあった。
呼吸器と点滴が、なんとも痛々しそうだった。
潔は小さな手を握った。冷たかった。
「いまは謝らねえからな。おまえが起きなきゃ意味ねえんだ。目を覚ませ。治ってるんだ」
ひたいをつけて、祈りこんだ。
仕切りカーテンの中なので、ほかの患者には見つからない。
シルシルが胴体を伸ばしてきた。廉のおでこを矢じりでつつく。すり抜けた。
『この子、ダイブインしてないよ。寝てるだけ』
「! じゃあ、眠っているだけなのか?」
『そういうことっ』
精神だけをデータ化して、ダイブインしたわけではないようだ。
あちらの世界で見かけたときは疑ったが、廉はダイバーではなかった。
インターネットには、いなかった。
(ホンモノの廉が、ここにいる)
確認できた。やっぱりあれはウイルスだ。
だったらなぜ、廉の姿をしていたのだろう。
シルシルが胴体をくねらせた。
『犯人は君の知りあいだよね。廉くんのことを知っていたなら、パソコン部の人かなあ?』
「ありえるな。鳴花の新曲が盗まれた。嫌がらせが目的かも……」
博光たち四年生は、鳴花をよく思っていない。
潔の前では「しない」と約束してくれたが、破られないともいえなかった。
(それに、おれは退部した。部長でなくなってしまった以上は、従う理由もないだろうな)
ウイルスを廉の姿にしたのは、潔への当てつけもありそうだ。
(博光の真意を探ってみるか……)
『次の行き先は決まったかな? 今夜は大旅行だねっ』
シルシルが潔に翼をつけるが、現実世界では飛べなかった。
ここは病院の中だった。寝ている廉の頭をなでた。
「おまえが目を覚ましたら、兄ちゃんといっしょに遊ぼうな。おれを許してくれるならさ」
本音が口からこぼれ落ちた。それが潔の願いだった。
弟に嫉妬したことはあったが、大切なことには変わらなかった。
「またな、廉。……ダイブイン」
潔の体は光となって、廉のタブレットに吸いこまれた。
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