12 侵入者

(……なんだ?)

 スマホに飛びこんだ瞬間、何者かの気配がした。

 距離は近い。無線回線のすぐ奥だ。

(あっちはたしか、鳴花のパソコン……)

 となりの島に、誰かいる。ドーム状のオーロラの壁を壊しているところが見えた。

「ウイルスか?」

『そうかもね』

 シルシルは矢印を大きく広げて、翼のかたちへ変わっていった。

 潔が考えていることは、シルシルにもお見通しだ。

「行こう、シルシル」

『その前に着せ替えしとこうか。オフラインと同じ姿じゃ、見られたときに大変でしょ?』

 シルシルは腕へと移動した。矢印の先端をくるりとまわして、魔法のステッキのようになった。

『シルシル、シシル、シシシシルぅ〜。へーんしんっ!』

「な、なんだっ?」

 星がまわりにきらめいた。花火のようなエフェクトが現れ、飛び散ると姿が変わっていった。

 銀髪の美少女だ。新曲のジャケットになる予定の。

「これはダメ! 違うのにしろ!」

『はーいはいっ』

 もしものことが起こったら、責任を取れる自信がない。鳴花にも、彩芽にも、迷惑をかけてしまうだろう。

『ちぇっ。いいと思ったのにな。どんなのがいい? 時間はないよ』

 そう、迷っている時間はない。鳴花のパソコンが一大事だ。

 潔はすぐに注文を出した。

「フリー素材なら、なんでもいい! ただし性別は男でな!」

『しょーがないなあーっ。シルシル、シシル、シシシシルぅ〜』

 星が舞い散り、花火が消えると、潔は大人の男性になった。

 しかも鎧を着た騎士だ。これならウイルスバスターとして、戦いに行ける姿だろう。

 ……と思ったが。

(ゆるすぎる……。くっ、文句は言えねえか)

 頭が異様に大きかった。三頭身だ。ポスターとかで使われるような、デフォルメされたデザインだ。

 潔は不満に感じながらも、このまま向かうことにした。

 橋の上を飛んでいった。

 鳴花のパソコンのセキュリティは破られ、黒い影が穴から入る。

「待て! てめえ! 鳴花のパソコンになにする気だ!」

 潔もあとを追って入る。大きな頭が穴につっかえ、抜けるのに二十秒かかった。

「ええいっ、このっ!」

 動きが鈍るため、元に戻る。なりふり構わず、追いかける。

 フードをかぶった小さな影は、両手を上に広げている。浮遊した記号が吸われるように、両手へと集められる。

「させるかぁーっ!」

 潔はシルシルを槍へと変えて、全力でぶん投げた。

 シルシルは勢いよく飛んだ。長い尾は、潔の右手とつながっている。

 影はとっさに避けていった。かぶっていたフードが取れて、子どもの顔が現れた。

「廉……っ?」

 潔の弟だ。顔立ちが、よく似ていた。

 廉は病院にいるはずだ。ベッドで眠りについていて、目を覚ましてくれなかった。

 潔は後悔し続けた。魂をこめて作ったゲームを、盗んでしまったのだから。

 ショックを受けて、こうなった。

 だけど廉はここにいた。インターネットの世界の中に。

(ダイブイン……してるのか?)

 潔の場合は肉体ごと、データ化して入っている。

 廉ももし同じであれば、病院は騒ぎになっている。ベッドから体が消えたのだから。

 そんなことがあれば、母親が黙るはずはない。潔に怒りをぶつけるだろう。

 だったら目の前にいる廉は、精神のみをデータ化したということなのか。

 呼びかける。

「廉、おれだ! 元の肉体に戻ってこい! そうしたら……」

 謝りたい。こんな場所では意味がない。廉が目を覚ますまでは。

 手術はすでに成功していて、回復ができるはずだった。

 体力と、気持ち次第で。

「…………」

 廉は笑いかけた。マントの中から、黒いボールが飛んできた。しかも八個。

 潔に襲いかかってきた。

(廉……っ)

『ぼーっとしないで避けて! ホンモノじゃないかもしれないよ!』

「!」

 潔は横に跳んだ。シルシルは矢じりを遠くに刺して、潔の体を引きつけた。

 黒のボールが爆発した。避けなかったら、消えていた。肉体も、精神も。

「ホンモノじゃない? どういうことだ?」

『キミも着せ替えしてたでしょ? ここでは誰にでもなれるんだよっ』

「そう……か。だったら捕らえるのが一番だな。ニセモノなら、このこぶしでぶん殴る」

『あはっ、キミっておもしろいねっ。でもどうやって見分けるの? ホンモノとニセモノを』

「やり方はいくらでもあるさ。おれたちは兄弟だ」

 潔はシルシルを引き伸ばす。長い胴体の矢印を、ムチのようにしならせた。

 廉を囲って、しばりあげる。つかまえた。

 次にこぶしを思いっきり振りあげ、廉を殴りつけようとする。

「……お兄ちゃん。暴力はやめて」

 廉は両目に涙をためて、兄の潔へ訴えた。

 潔は奥歯を噛みしめた。

「ウイルスに、用はねえっ!」

 ぶっ飛ばした。廉だった姿が変わっていった。スライムのような人形に。

「消えやがれ!」

 潔はシルシルを強く引いた。飛び散った。スライムのかけらは消えていった。

 鳴花のパソコンは守られた。

 ……と思われたが。

『なんか変だよ? あっちのほう』

 シルシルが頭を右に向けた。AIシンガーの作曲ソフトのキャラクターが、そこにいた。おびえていた。

 黒い帯に縛られた。とたんに、小さな箱へ変わった。

 その箱を誰かがつかみ上げた。ハーフアップの後ろ姿。帯が、右腕の中に縮む。

 まさか、と思って追いかけた。

 鳴花がいた。……いや、あれは鳴花ではない。

 ここは、誰にでもなれる場所。廉のように。鳴花のように。

「てめえもコンピューターウイルスか!」

 潔の怒りはとまらない。シルシルを構えて、攻撃した。

 黒い矢印にはじかれた。

「! あんたもダイバーか?」

 少女は憎々しげに笑った。小さな箱をつかみながら。

 鳴花のデータが盗まれてしまう。

『スライムはオトリだったみたい。たぶんこっちが本命だよっ』

「だったら遠慮なく倒すだけだ。返しやがれ!」

「……君だって盗んでいるくせに!」

 感情のある声が発せられた。

 潔には、見分けられた。

 プログラミングされたウイルスと、データ化された人間を。

 表情が、決め手だった。あのときの廉は【よくある泣き顔】だったのだ。リアリティがなかったのだ。

 だけど目の前にいる者は、鳴花ではなくても人間だ。潔と同じ、ダイバーだ。

「あんた、誰だ? おれのことを知ってるのか?」

 姿を元に戻したことは、失敗だったかもしれない。

 相手の正体がわからない。こちらは知られてしまっている。

『これが仮の姿だって、演技すればよかったのに。相手は鳴花ちゃんを使っているし』

(そんな器用なこと、できねえよ。おれの性格、知ってるだろ?)

 シルシルに言われて気づいたが、潔は演技ができなかった。

 ダイバーだと知られたリスクはあるが、相手の情報がないでもない。

(廉も、鳴花も、知っていた……? パソコン部の誰かなのか?)

 潔は槍を構えなおす。ともかく盗もうとしているのなら、選択肢はひとつだけだ。

 戦って、奪い返す!

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