11 誰だよ、この美少女は
潔はいったん自宅へと戻り、晩ごはんのカレーを急いで食べた。
ふたたびスマホの中へと入って、ネットワークを渡っていく。鳴花のスマホのメッセージ履歴は、博光を注意したあの日から、悪口が書かれなくなっていた。
潔は胸をなでおろして、ダイブアウトをしたのだった。
鳴花の部屋。姉妹はここにはいなかった。潔の体質を見られないために、彩芽を連れだしたのだろう。
推しグッズに囲まれながら、ふたりを待つことにした。
『どんなジャケットになるのかな? 楽しみだなー』
シルシルが手の甲から生えて、ワクワクしたように言った。潔も同じ気持ちだったが、反対の手で押さえつけた。
鳴花たちが入ってきた。収納箱を重たそうに持ってきた。
「おまたせー。はじめるよんっ」
ジャケットは、顔まわりのみ予定していて、上半身だけ脱がされた。
鳴花は鼻息を荒くした。
「ああはあっ……、部長のおハダカがっ……。しっ、刺激が……」
「メイ、あっち向いてようか」
彩芽が向きを変えさせた。そのあいだに、衣装をかぶせられる。シルク生地のキャミソールだ。色は黒。
「次はメイクねっ」
化粧道具を手に持って、潔にパッチテストをした。肌荒れがないことを確認すると、化粧水を塗っていった。
「潔くん、モデルをしてたって? きれいな肌をしているわあー。うらやましいー」
感激している姉の横で、鳴花が話しかけてきた。
「部長っ、メイクをしているあいだに、聴いてもらってもいいですか? わたし、部長をイメージして、新曲を作りました!」
デスクの上には自宅用のパソコンがあり、鳴花はマウスをクリックした。
琴のような和風のイントロが最初に聞こえ、ドラムやベースやストリングスなどで、背景が一気に広がった。
AIシンガーの機械音声が歌いあげた。正確な音程だった。高音も難なく歌いこなし、澄んだ声をはずませた。
ノロイバナ どうかどうか咲かないで
心の臓に打たれた釘は
ああ 花弁を闇へと染めあげる
弱いから 魔王になった
――歌詞は後ろ向きだった。
潔は胸を痛めつつも、鳴花の曲を刻みこんだ。
(魔王、か……)
ダイバーの力は、そうともいえる。あらゆるネットワークを移動できて、セキュリティさえもぶち壊せる。その気になれば、全世界のシステムを掌握できるだろう。
(気をつけないとな)
過ちは二度と犯したくない。
廉が目を覚ましたときには、少しでもまともな人間に成長できればと、潔は思った。
「どうでしたか? 【ノロイバナ】。部長の外見の美しさと、苦悩を歌詞にこめました。お気に召さないようであれば、この曲は捨てることにします」
鳴花は言った。本気だった。
決して興味本位だけの曲ではないと、伝わった。
「うちの妹、すごいでしょ? 曲作りが好きだから、全力投球できるんだよね」
彩芽がまぶたを塗りながら、誇らしげに言い放った。
潔は新曲を気に入った。
「うん、よかった。鳴花からおれへの視点が見えて、新鮮っていうか、おもしろかった。曲もかっこよかったし、やっぱり鳴花は天才だな」
「わあっ、ありがとうございます! わたしが天才というよりは、部長の素材がいいんですっ! 想像力をかきたてられます!」
「うんうん、潔くんは素敵だよ。お姉さんも気合い入っちゃうねーっ」
持ちあげすぎだと思いつつも、悪い気分はしなかった。
こそばゆさを顔面に感じながら、化粧をほどこされていく。
「よしっ、次は髪の毛だね。どのウィッグが似合うかなー?」
収納箱から、銀髪のウィッグを取り出した。潔の頭に乗せていった。
耳の上には、黒百合の髪飾りが添えられた。
仕上げに全体を整えた。彩芽は口元に笑みを浮かべた。
「うんっ、完成! これでどう?」
「あああっ! イメージどおりですっ! 部長っ、かわいい! さいっっっこう!」
鳴花が遠慮なくスマホを構えて、潔の写真を撮りまくった。
はたしてどんな姿になったか、潔はものすごく気になった。
彩芽が手鏡を見せてくれた。
「魔王様。いかがしょう?」
「…………え? だれ? この美少女」
潔は目を皿にした。
息が止まってしまうくらいの、あでやかな少女が鏡にいた。
透明感のある白い肌に、はっきりと主張された目元。りんごあめのような紅いくちびる。
まるで異界の住人だ。黒百合を添えた銀色の髪は、妖しさと儚さを彩っている。
幼い輪郭を残しつつも、高貴な身分であるかのような、威厳のあるりりしさだ。
「いやまさか。おれじゃないよな?」
試しに舌を出してみたが、鏡の美少女も舌を出した。
「……………………!」
固まった。本当に変身してしまった。
「えええええええっっっっ!!!!」
つい大声を出してしまった。鳴花と彩芽はうっとりとしながら、ため息をつくのだった。
いつの間にか出てきたシルシルも、楽しそうにもてはやした。
『潔ちゃん。似合ってるよーっ』
(う、うるせーっ)
顔全体が熱くなる。早く元に戻りたかった。
「さっ、撮影はもういいのか?」
スマホを持った鳴花に聞いたが、首を横に振られてしまった。
「これからですよっ! 撮影部屋に案内します!」
「そうそう、グリーンバックで撮りたいよねっ」
別の部屋に、案内された。
緑のたれ幕を背景に、一眼レフカメラを向けられた。
表情の指定が細かくて、潔は苦労するのだった。モデル時代を思い出した。
「はい、笑ってー」
「歯は見せなくて、にこっとして」
「うーん、表情が固いかな。もっと自然に」
「うん、いい感じになってきた。でも足りない……」
「お姉ちゃん、部長は魔王様だよっ。おごそかに笑ってみてください! 心の中では苦悩を抱えるようにしてください!」
(なんだよ、それ!)
撮影は予想以上に長びき、潔はへとへとになってしまった。
ただ、モデルのころとは違って、今回の撮影は楽しかった。
ようやく元の姿に戻れた。
「部長っ、お疲れさまでした! 今日はありがとうございました!」
鳴花が肩をもんでくれた。握力はほとんどなかったけれど、鳴花にされてしあわせだった。
「お姉さん、背景はCGっすか?」
グリーンバックで撮られているから、はめこむのだろうと、潔は思った。
彩芽は指を立てて答えた。
「そのとおり! 撮った写真を転送して、パソコンで加工するの! 背景イメージは美大生の腕の見せどころってーねっ」
(へええ、美術大学生かー。言われてみれば、納得だな)
潔へのメイクは、美容よりも芸術に近かった。作品作りのひとつだろう。
(みんなすごいな。おれなんかそれに比べたら……)
多様な才能を目の当たりにして、ふたりとの距離を感じてしまう。
鳴花とは、対等になれないかもしれない。
そもそも一学年の差があった。
「新曲の配信は、二週間後を予定しています。部長、楽しみにしてください!」
鳴花が背後から顔をのぞかせ、潔の心臓が跳ねあがる。
別に気まずい場面ではないのに、ドキッとすることが多くなった。
「……ああ。楽しみにしているよ。そろそろおれ、帰らないと」
頭を冷まさせる必要があった。鳴花が心配でここへ来たのに、なにをやっているんだろうと。
(だけど、元気そうでよかった。退部をしても、鳴花には曲があるからな)
もう夜だ。いつまでもここにはいられない。
「楽しかったよーっ。またおいでー」
「部長っ、また来てください! 今度はわたし、カードゲームをやりますからっ」
鳴花があわせてくれようとしたのが、潔にはうれしかった。
部活動に居場所はなくても、大切な人がここにいた。
「あっ、お姉ちゃん。ちょっと外へ……」
「いや、いい。お姉さんにぜんぶ話しても。――ダイブイン」
潔は光の粒子となって、鳴花のスマホへ吸いこまれる。
それを見た彩芽は、腰を抜かしてひっくり返った。
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