10 推し部屋
鳴花のスマートフォンの中から、玉のような光が飛び出した。
光は少年のかたちとなって、鳴花の目の前に現れた。
本堂潔だ。目鼻立ちがはっきりとしていて、男の子なのに美しかった。
潔に見とれる一方で、鳴花は顔を青くした。
「見ないでええええっ! 恥ずかしすぎて、わたし死にそうっ……。うわああああっ、部長! そこはダメぇぇぇぇ!」
鳴花の部屋は想像どおり、アイドルのグッズばかりだった。少し意外に思ったのは、三次元よりも二次元のほうが多いことだ。
潔は興味をそそられて、棚のドアを引き開ける。観音開きから現れたパネルに、潔は大きく目を見張った。後ろで鳴花の悲鳴がした。
「おれの写真……? まさか、盗撮?」
「うああああんっ、部長、ごめんなさぁぁぁぁいっ! ついっ、ついっ! 出来心で……っ! 悪いのはわかっているんですううううう!」
じゅうたんに伏してわめく鳴花を、ほほえましく思ってしまった。
盗撮はたしかに悪いことだが、潔にはとがめる気になれない。
(おれも罪を犯したからな。「出来心」は、よくわかる)
鳴花にも隠された罪があった。だから潔の盗作を責めなかったわけではないが、気持ちをくむことができたのだろう。
パネルの写真は、済まし顔だ。背後にはゲームセンターがあって、調子よく勝てたのがうかがえる。
「いい写真だ。ありがとな」
これほどていねいに飾られたことが、誇らしくもうれしかった。
鳴花は顔を輝かせて、うるんだ瞳で見上げてきた。
「部長っ! ありがとうございます! 一生のお宝にいたしますっ!」
「大げさだなあ。まあいいや。それと、もう「部長」じゃないけど」
パソコン部を退部したから、「部長」の肩書きはなくなった。
もっとも指名されたのも、最年長という理由だけの、つまらない役職だ。
「でもわたしは、「部長」と呼びます。なじんでしまっていますので……。部長が嫌ではなければ、ですが」
鳴花に「部長」と呼ばれるのは、潔の耳にもなじんでいる。
変えてしまうと、関係性も崩れそうな予感がした。
いまの距離でちょうどよかった。
「「部長」でいい。「潔さん」とか「先輩」とか、そういうのはカンベンだ」
違う呼び方をされてしまうと、心臓がおそらくもたなくなる。
鳴花の部屋に、自分の写真が飾られたことでも、心臓がうるさく鳴っているのだ。
部屋の外から足音がした。
「メイー。いまの騒ぎなに?」
いきなりドアが開けられた。鳴花と潔は跳ねあがった。
「ダイブ――」
「あれ? 男の子? しかもすっごくイケメンじゃん! めっちゃかわいい!」
潔が呪文を唱える前に、女の人に見つかった。
初対面の人に、ダイブインは見せられないため、あわてて愛想笑いした。
「ど、どーも。同じ部活の部長っす。あっ、もう退部したか」
「部長って……潔くん? メイが学校で推してる子! うわあ、マジで神ってるーっ!」
派手な金髪の若い女が、潔を見て騒ぎだした。
まるでアイドルに会ったかのように、興奮して舌をまくる。
「私、姉の彩芽です! 妹から話を聞いてますっ! うあー、きれーっ。髪さらさらで、おめめパッチリ、くちびるも薄くて、鼻筋が細くて、ホンモノで見ると神ヤバいわ。こんな子に笑顔で話しかけられたら、お姉さん卒倒しちゃうかもぉー」
(なんかすごい人、来たな……。なるほど、鳴花にそっくりだ)
あの妹に、この姉だ。姉妹は仲がよいのだろう。
彩芽は二十歳くらい見える。人は外見によらないから、念のため潔は聞いておく。
「お姉さんって、歳はいくつですか?」
「きゃああっ、歳を聞かれちゃったわーっ! いくつに見える? ねえ、いくつ?」
「えっと、二十?」
「うわあー、めっちゃ正直な子ーっ! 特別にね、教えてあげるっ。十九よっ」
潔は無意識に地雷を踏んだが、彩芽は「正直な子」と返した。
クラスメイトからは、デリカシーのなさでも評判を落としてしまっているが、彩芽は気にしていないようだ。
「それにしても、いつ来たの? お姉さん気づかなかったなあー」
(ギクッ)
スマホが出入り口だと、口が裂けても言えなかった。
たったいま、来たばかりだ。
「お姉ちゃん、あのっ、お忍びなの! 部長はほら、目立つから、こっそりお話しようと思って! すっっっごく大事なお話なの!」
鳴花がすかさずフォローを入れた。
潔は全力でうなずいた。晩ごはん前に、人目を忍んで訪問するという不審者ぶりを、どうにかごまかそうとした。
潔の肩から、矢印がにゅるっと飛び出した。
『バカだよねー。相手にも家族がいるのにさあ』
(あんたが「会え」って言ったんだろ! たしかに会いたかったけど!)
シルシルをギロリとにらみつけて、反対の手で押しつぶした。
鳴花にも、彩芽にも、シルシルは見えていないようだ。
彩芽はふたりを見比べて、両手をほっぺたへと添えた。
「そっか! そんなに大事なんだねっ。おじゃま虫は退散するね! 失礼しましぃー」
「お姉ちゃんにも協力してほしいの!」
立ち去ろうとしている彩芽を、妹の鳴花が引きとめた。
潔はふしぎそうに眉を上げた。
鳴花が、潔のほうへ向いた。
「新曲のジャケットを作りたいです! こんなに素敵な被写体が、わたしの目の前にいるんですから!」
まじまじと潔の顔を見つめ、鳴花はほおを染めあげた。
彩芽は意図を察したように、元気よく返事をしていった。
「オーケー! そういうことでしたらっ! 潔くんなら美人さんだし、ぜったいにいい絵になるわよね!」
両手の指でカギカッコを作って、窓から目玉をのぞかせた。
満足そうにうなずいて、姉妹は勝手に盛りあがる。
「おいっ、ジャケットってどういうこと……? 被写体って……」
潔は左右に首を振った。血の気がひいた。冗談だと、言ってほしかった。
「いや、無理。モデルはやったことあるけど、スタッフにボロクソ言われたし。そもそもネットに顔が出るって、リスクしかありえねえし。おれなんか新曲の顔になったら、【花鳥】のファンに怒られるし」
思いつくかぎりの言いわけを並べて、どうにか断ろうとする。
(無理だから! 花鳥のジャケットとか無理だからっ!)
ところが姉妹は引きさがらない。彩芽の両目があやしい色にぎらついた。
「だいじょーぶよっ! 潔くんだってわからないように、お姉さんがメイクしてあげるっ」
「じつは今回の新曲は、部長をモチーフにしてるんですっ! だからぜひ、やってください! 恥ずかしいですけど、お願いします!」
彩芽に肩を叩かれて、鳴花に頭を下げられる。
これほど熱心に頼まれたのなら、引き受ける以外にできなかった……。
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