8 退部
潔は退部をしなかった。鳴花が心配だったからだ。
博光を含め、四年生の部員は警戒する必要があった。
顧問の大滝先生も、頼りにはできなかった。鳴花への態度は、なぜか厳しかったからだ。
「とうぜんですよね。何回も遅刻してますし……」
あのときの帰りに、そう言われた。遅刻だけではない気がした。潔がパソコン部から抜けたら、孤立することになるだろう。
(おれは自分のことばかりで、周りが見えてなかったんだ)
ときどき聞こえる笑い声に、背筋がゾッと凍りついた。
博光が、人なつっこく寄ってきた。
「ねえ、部長。アドバイスがほしいんだけど」
笑顔だった。まさか裏では、あのようなメッセージを送ったとは思わなかった。
――『部長にも避けられているよねー。嫌われてるってわかんないの?』
潔はツバを飲みこんだ。鳴花への冷ややかな態度は、博光たちに利用されていた。
いい気分がしないのと同時に、胸の内が痛くなった。鳴花は最悪な環境の中で、弱音を吐かずに耐えたのだ。
(おれが鳴花を守らねえと)
視線を移すと、鳴花はタブレットPCを開いて、プログラミングをしているようだ。頭を抱えて悩んでいるようだが、とつぜん首がこちらに向いた。
目があった。鳴花がにこっと笑いかけた。
潔のほおが熱くなった。心臓が、鳴り響いた。
「ぶちょーおー。ちゃんと聞いてよー」
博光の声で引き戻される。
潔は鳴花から目をそらし、タブレットPCへ向きなおった。
ほおがまだ熱かった。風邪でもひいたかと疑った。
「メイのこと、狙ってる?」
「えっ」
「なんでもない。部長って顔がいいからさ、女子には苦労しそうだなって」
「……まあ、そうだな」
急に言われてドキッとしたが、たいした話題ではないようだ。
夏休み明けに振られてからは、誰ともつきあうことはなく、つきあう気にもなれなかった。
「それよりも。博光、大事な話がある」
潔は声のトーンを落とした。他の誰にも聞かれないように。
「おまえたち四年が、鳴花のことを嫌がらせしてるって本当か? そういうのやめてほしいんだが」
すると、博光の肩が震える。顔を伏せて、上下させる。
「おっ、おい。どうしたんだ?」
「…………うん。なんでもない。だいじょうぶだよ」
顔を上げて、メガネの位置を調整する。レンズが電灯に反射した。
「……部長。知っていたんだね。相談された?」
「そこは答える義理ないな」
認めたようだ。さらに探りを入れてきたため、質問には答えなかった。
「反省するよ。もうしないから、安心して」
意外と素直に謝ってくれた。
これでひとまず解決だ。潔は肩の力を抜いた。
☆
翌日、職員室に呼ばれた。
潔が左端のテーブルに行くと、母親がチェアに座っていた。大滝先生も向かいの席に座っていた。
大滝は潔に命令した。
「座りたまえ」
言われたとおりに、母親のとなりに腰をおろした。
おだやかではない空気だった。
「謝るのよ」
後頭部を押され、前に倒れた。ひたいがテーブルにぶつかった。
母親の声が、かぶさった。
「潔がご迷惑をおかけしました。この子は本当にダメな子で……。ほら、あなたも謝りなさい。母さんは、知ってるの」
「君は退部だ! ったく、恥をかかせやがって。吹奏楽部は金賞なのに」
(……っ!)
ふたりは潔の罪を知っているような口ぶりだ。
廉のゲームのアイデアを盗み、賞を取ったことを知られたのだ。
(ここまでか……)
観念するしかなさそうだ。
「ごめんなさい。おれは、ゲームを盗みました……」
『シルシルのことは、黙ってよおー?』
潔の耳に、こそっと話しかけられた。
この声は、ダイバーにしか聞こえない。
霊能力者が幽霊に話しかけられるようなものだ。
潔は顔を上げていく。大滝のほおがこわばった。にらんでいた。憎しみをぶつけているかのように。
「そうか。私はコイツのせいで……」
「やっぱりね。おかしいとは思ってたの。あなたは廉じゃないんだから」
母親は冷たく言い放った。ゴミを見るような目つきだった。
「なんであなたが健康で、廉が病気なのかしら。反対だったらよかったのに」
ため息まじりに出た毒は、潔の心を蝕んだ。
親からは愛されていなかった。廉ばかり、かわいがられていた。
しかたがないともあきらめていたし、気を紛らわすこともできた。
だけど直接言われてしまうと、涙を流すしかなかった。
(おれが悪いってわかってる……。わかってる……っ)
とうぜんの罰だと受けとめつつも、あまりにも言い方がひどかった。
少年の心を打ち砕くには、じゅうぶんすぎる言葉だった。
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