6 強がりの仮面
「えっと、あの。この場所って。わたしがいてもよいのでしょうか?」
鳴花は肩を縮こませながら、視線だけを動かした。
テーブルを挟んだ正面には、カードの束を持った潔。鮮やかな手つきで、ファローシャッフルをやっている。
ここは、トレーディングカードゲームの専門店のデュエルスペースだ。
潔の遊び場のひとつである。
この時間帯は、大会のイベントはないらしく、自由に対戦できる場所となっている。
もっとも鳴花は自分のデッキを持っていないため、潔がパフォーマンスとして、持ってきたデッキをいじっている。
ふたりきりで話をするなら、最適な場所だと、潔は思った。
周りは知らない大人ばかりだ。親子連れがいても、学校の知りあいに会うことはほとんどないだろう。
公園を避けたのは、そのためだ。これからの話は、誰にも聞かれてはならないことだ。
「鳴花は見ているだけでいい。おれのデッキ構築の話し相手って設定だ」
「はっ、はい」
潔はカードを一枚ずつ、テーブルへと置いていった。
鳴花は興味深そうに見た。
潔と、トレーディングカードゲーム。
「部長ってデジタルだけでなく、アナログのほうもできるのですね」
「ん。まあ……。軽くたしなむ程度には」
半分ほど、嘘をつく。一度は本気で勝ちたいと思い、大型大会に出たことがあった。
結果は惨敗で、熱がさめた。いまは本気で戦わず、ゆるく楽しむことにしている。
(おれなんかが努力をしたって、天才には負けるんだよ。世の中はそうやってできている)
潔はカードを並び終えた。心の中で舌打ちした。
(なんで今日。よりにもよって)
去年の大型大会で、惨敗していたデッキだった。
鳴花にそのことをさとられないため、潔は本題へと入った。
「すまない、鳴花。あんたのスマホの中身を見た。そんなつもりじゃ、なかったけど」
潔は重い口を開き、【シルシル】について話りはじめた。
コンピューターウイルスに感染し、インターネットへ入りこめる体【ダイバー】になったこと。
シルシルの力で、どの端末にも移動できるようになったこと。
セキュリティをも、破れること――。
「おれは、さ……」
話す勇気がでなかった。廉のこと。
自分の弱さを見せるには、覚悟がまだ足りなかった。
ゲームのアイデアを盗んだこと――。
(鳴花には、言わないと。このままじゃ廉は救われない)
打ちあけるべきとも、潔は思った。
鳴花はパソコン部の部員だ。しかも廉と同じように、才能のある人間だ。
鳴花なら、廉の気持ちを代弁してくれるかもしれない。
ドクン。ドクン。
潔は息を大きく吸った。
冷たい目をした部員たちが、頭の中にちらついた。
両親に怒られる姿も、見えた。
もし、話してしまったら……。
潔は強く目をつむった。
「見て……しまったんですね……」
鳴花が先に話しはじめた。息をとめた。言葉を飲んだ。
話すことが、できなかった。
「わたしは、あれくらいだいじょうぶです。部長は気にしないでください」
「!」
頭が揺さぶられた。
潔は自分の小ささに、あらためて、気づかされた。
鳴花は強い。それに比べて……。
「よくないだろ。おれもあいつらと同じなんだぞ。最低なことをしたんだぞ?」
潔が知ってしまったこと。ダイブインをしたときに、通りかかって見てしまった。
鳴花のスマホのメッセージ履歴を――。
『鳴花ちゃんってさー、いい気にならないほうがいいよ?』
『リズムゲームを作るって? 曲のアピールとかやめておけよ。うざいって』
『宣伝しなきゃ、再生回数落ちるもんねー。大変よねー。好みじゃないから聞かないけど』
『それ、わかる。歌詞とか曲とか気取ってるし。くっさ、くさ』
『うんこのにおい?』
『鳴花に近づくと、においが移るぞ! うわー、逃げろー』
四年生のクラスメイトからの、数々の暴言が書かれていた。
その中には、同じ部員の博光の名前も含まれていた。
部室から笑い声が聞こえたのは、おそらくこのせいだった。
『部長にも避けられているよねー。嫌われてるってわかんないの?』
潔の手が大きく震えた。そんなことを言われていたとは、思いもよらなかったのだ。
それなのに鳴花は「気にするな」と、笑顔を作りながら言った。
強がっていた。
虚勢を張るときの仮面。
潔とは、意味が違った。
「おれも、こいつらと同じように、鳴花や廉をねたんでいた。ダサいよな。すごいものを作れるヤツは、努力だってしてるのに」
打ちあけるなら、いましかない。
醜い心をさらけだして、この子から裁きを受けるべきだ。
「おれは廉からゲームを盗んだ。コンクールで賞を取った」
鳴花の目が見開かれた。
潔は小物ケースから、六面ダイスを取り出した。
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