5 窃盗犯を捕まえろ!

(パソコン部は、退部しよう。おれにはいる資格はない……)

 潔は決めた。日曜の朝のことだった。

 学校は休みなので、週明けに話すつもりだった。

(散歩するか)

 宿題を終えて、やることもないので、小銭を持って外へ出た。

 十一月。吹きつける風は冷たかった。もうすぐ冬の訪れだ。

 向かった先は、ゲームセンター。駅前の裏通りの建物で、クレーンゲームやメダルゲーム、アーケードゲームなど、幅広いジャンルがそろっている。

 今日はアーケードの気分ではないので、他のゲームを見て回った。

 リズムゲームに目がとまった。見覚えのある後ろ姿を見かけたのだ。

 ハーフアップに髪を結った、小学四年生の女子。

(桐野鳴花! なぜここに?)

 考えれば、答えは出た。鳴花もゲームが好きだからだ。音を使ったゲームは、特に。

(そういえば鳴花は、リズムゲームを作ってたな)

 作曲ができる強みだった。鳴花はAIシンガーの音楽プロデューサー【花鳥】なのだ。

 潔は近くの筐体に隠れて、鳴花のようすをのぞき見た。

「えいえいえいえいえいっ!」

 センサーに両手を叩いている。楽しそうだ。

(しかし、ちょっと無防備だな。ひとりでここへ来てるのか?)

 潔はふと気になった。ひとりといえば潔もだが、小五男子と小四女子では周りの印象も大きく変わる。

 危険に遭いやすいのは、鳴花のほうだ。油断をしている小動物は、狼にとっての格好のエサだ。

(あいつのスマホ。あんなところに)

 センサーの横に置かれていた。手帳型ケースのスマートフォン。そこからひもが伸びている。ストラップかと思ったが、ひもの先が広がっていて、切れた跡のようだった。

(首かけのひもが切れたのか。だからって、置いておいたら)

 鳴花の後ろを影が通った。ニット帽をかぶった男。通り過ぎたころには、変化があった。

 スマホがない。リズムゲームのセンサーの横に、鳴花のスマホがあったはずだ。

「どろぼうだ!」

「えっ、部長?」

 潔は叫び、追いかける。鳴花は目を白黒させる。

 まさか潔がここにいるとは、思いもよらなかっただろう。

 犯人は外へと走っていった。速かった。潔の足では、とても追いつけそうになかった。

(逃げられる! ちっきしょう!)

 運動神経は平均以下。もっと足が速ければ、捕まえられたかもしれなかった。

 声が聞こえた。

『ダイブインすれば、追いつけるよっ』

 潔の腕から矢印が生えた。シルシルだ。

 クレーンゲームの景品のような、ゆるくてかわいいマスコット顔。

 見たくなかったウイルスだ。

(おれはもう、ダイブインは……)

「返してください! お願いですっ!」

 鳴花が後ろから走ってきた。息を切らせて、犯人へと呼びかけた。

 しかし犯人は振り向きもせずに、ゲームセンターを出ていった。

 鳴花はそれでも走り続けた。スマートフォンは大切なもの。連絡帳には家族や知り合いの電話番号、アプリには持ち主の人格や思い出までもが詰まっている。

 その情報を犯人は奪う。ろくでもない使い方で、儲けようとするのだろう。

(犯人は、おれと同じだ)

 自分のために盗みをする。傷つける。

 決して許されないことだ。

 潔は自身を憎んでいた。

 誰も傷つけたくなかった。

 そのためには。

「ダイブイン!」

 首にかかった自分のスマホを、つかみ上げた。

(盗むためじゃない! 取り返すためだ!)

 潔は近くにいた鳴花に、自分のスマホを握らせた。

「取り返すから、持っててくれ」

「部長っ、えっ? 消えかけて……」

 潔の体は光となって、鳴花の手元へ吸いこまれた。

 宇宙のような背景が、潔の目の前に広がった。

 シルシルが胴体をくねらせていた。ダイブした潔を歓迎した。

『行きたい場所につれてってあげる! どこへでもっ!』

「行き先は鳴花のスマホの中! 着いたらすぐにダイブアウトだ!」

『りょーかいっ』

 シルシルは潔の背中にくっつき、矢印を大きく広げていった。まるで翼のようだった。

 上昇すると、島から離れた。端末は島のようになっていて、虹の橋が何本もある。

 ネットワーク回線だ。トラックが積み荷を運んでいる。

 橋の上を、潔は飛んだ。シルシルに導かれるままに。

 オーロラのような壁が見えた。

「セキュリティを突破するよっ」

「……かまわない」

 シルシルなら突破できる。個人情報に入りこめる。

 取り返すためには、仕方のないことだ。

 壁を割った。鳴花のスマートフォンに入った。

「こ、れは……っ」

 見てしまった。潔はその場に固まった。

(それよりも!)

 気を取り直して、首を振った。

 いまは、鳴花のスマートフォンを取り返すのが先決だ。

「ダイブアウト!」

 光となって、外へ出た。

 潔は空中を舞っていた。

 すぐ下には、ニット帽をかぶった男性。

 鳴花のスマホを奪った犯人。

 まさか急に少年が現れるとは思わないだろう。

「スマホを返せ!」

 全体重で、のしかかった。

 犯人は後ろに倒れていった。鳴花のスマホを素早く取った。

「おまわりさーん! どろぼうです!」

「このぉ、ガキ!」

 起きあがろうとする犯人を、潔は思っきり踏みつけた。

「ぐえっ」

 人が集まってきた。大人たちが加勢した。これでもう安心だ。

(警察が来る前に、とんずらするか)

 潔は人混みをするりと抜けて、ゲームセンターのほうへ戻る。

 途中の道で、鳴花がいた。潔を見つけて、走ってきた。

「部長! えっ? どうしてここに? お体は……?」

 驚いているようすの鳴花に、潔はスマホを掲げて見せた。

 鳴花のスマートフォンだった。

「取り返したぜ。あっ、このことはナイショでな」

「あっ、ありがとうございます!」

 あずかっていた潔のスマホと、鳴花のスマホを交換した。

 首かけひもに、潔は頭を通してさげた。

「……」

 鳴花はスマホをさげられなかった。なぜなら、ひもは切れていた。

「謝っておく。あんたに冷たくしたことを」

「えっ」

 潔は手首をつかみ、場所を移動することにした。

 犯人を捕まえた方面が、やたらと騒がしかったからだ。

 事情聴取は避けたかった。警察には、シルシルのことは話せなかった。

(鳴花には、いいかもな)

 もう目撃されている。ダイブインをしたところを。

(それに……)

 気になることがあった。

 いろんな意味で鳴花には、謝らなければいけなかった。

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