3 ダイブイン
コンクールの応募締め切りまで、残り十日を迎えていた。
弟からのメッセージを読んで、潔は頭をかきむしった。
(廉もゲームを作っている!)
応募資格は小四からで、廉は参加できなかった。それでも趣味で作っていて、完成まであと少しだ。
潔はベッドから体を起こして、スマートフォンを操作する。
ゲームのアイデアをさがすために。
人気のパズルゲームをやってみたり、ゲーム記事やレビューを読んだり。
このまま、なにもできなかったら、本当に中身が空っぽだ。
部長としてのメンツは潰され、下級生たちに見下される。
そんな焦りで手がすべって、広告画像を押してしまった。
(あっ、やべえ)
広告はむやみに押さないようにと、親から厳しく言われていた。コンピューターウイルスが、仕込まれている可能性があるからだ。
急いでウィンドウを閉じようとするが、画面からは虹色の光が発せられた。
潔はまぶしさに目をつむった。次に目を開けたときには、腕からキノコが生えていた。
――キノコのような、なにかである。平たくて、傘が矢印にとんがっていて、その下に両目と口があった。
「なんだ、これっ!」
目をこするけど、同じだった。変な矢印が生えている。その矢印は透けていた。
(これは夢か? 幻か? それとも怪奇現象か?)
広告へと目を向けた。光は薄く、直視できるようになった。
『「ダイブイン」って言ってごらん。キミの望みが叶うから』
どこからともなく声が聞こえた。
「ダイブ……イン?」
疑う前に、声が漏れた。
潔の体は光に包まれ、スマートフォンへと吸いこまれた。
(な、なんだっ!)
悲鳴をあげる間もなかった。
宇宙のような景色に、放りこまれていった。
潔の腕から矢印が伸びて、盛大に褒めたたえた。
『おめでとう! これでキミも【ダイバー】さっ。インターネットの情報の海を、自由自在に渡れるんだよっ』
(ああ、夢だ……。疲れてるな……)
潔は床に寝転がった。宇宙空間のような場所だが、電子基盤の床があった。
目を閉じようとしたけれど、眠ることができなかった。
『ボクは【シルシル】。ウイルスだよ。よろしくね!』
「ウイルスだとぉ!」
聞き捨てならない言葉を耳にし、潔はすぐに飛び起きた。
やはりあの広告には、コンピューターウイルスが仕込まれていた。
「おれのスマホ、どうなるんだよ!」
『どうもなんないよ。感染したのはキミだから』
「はあっ? おれ?」
腕を見た。矢印がにゅるっと伸びている。
少なくとも、ふつうではない。
『ウイルスといっても魔法だよ。キミに力を与えたの。インターネットの世界では、なんでもできる力だよっ』
シルシルはそう言い残して、腕の中へと縮んでいった。
潔は腕をこすりつけた。痛くはないし、かゆくもなかった。
けれど、心に稲妻に走った。
(なんでもできる力だと……?)
甘い言葉に、鳥肌が立った。
なんでもできる。
ゲームも作れる。
(本当か?)
先ほどプレイしたパズルゲームを、思い浮かべようとした。
『おっと、ボクの出番だねっ』
シルシルがまた生えてきた。槍のようなかたちになって、潔の右手におさまった。
『描いてみなよ。シルシルは筆にもなれるんだよっ』
「わ、わかった」
潔は絵心がないなりに、画面イメージを組んでみた。思った以上に、本物に近いグラフィックができあがった。
次に槍の先端を回して、鉛筆代わりにコードを書く。プログラムだ。
ふつうは何日もかかるものを、あっという間に仕上げてしまった。
(これが、なんでもできる力……)
テストプレイをしても、バグはなかった。
あの人気のパズルゲームを、自分の手で完成させた。
『おめでとう! 満足した?』
シルシルはひゅるっと引っこんだ。
潔は力を実感した。
(すげえ。これさえあれば、おれも……!)
コンクール向けに、ゲームを作れる。
いまからでも、完成できる。
アイデアがあれば。ひらめけば。
廉からのメッセージを思い出した。
「なあ、シルシル。おれはどこへでも行けるのか? たとえば他の端末とか」
シルシルが頭から生えてきた。矢印をカクンと折り曲げて、顔の前へとぶらさがった。
『うわぁー、よく見るとすごいイケメンっ』
「質問に答えろ、矢印キノコ」
『はいはーいっ。行きたい場所、あるのかな? セキュリティを突破しちゃうけどっ』
「…………」
潔は少しためらった。
勝手に他人の端末に、侵入するのは、悪いことだ。
けれど、ターゲットは弟だ。きっと許してくれるだろう……。
それが甘い判断だったと、潔は気づいていなかった。
「かまわない。廉のタブレットPCの中に、おれを連れていってほしいんだ」
☆
シルシルは、ウイルスといってもデメリットは感じなかった。
せいぜい体に取り憑いて、うるさく話しかけられるだけだ。
「ダイブアウト!」
現実世界に戻れる呪文も教えてくれる。
潔はシルシルを取りこんだことで、インターネットと現実世界を自由に行き来できるようになった。
しかもインターネットでは、シルシルの万能プログラムによって、思いどおりにできるという――。
「よしっ! ゲームは完成した!」
自分の部屋へと出られた潔は、机のタブレットPCを見やる。
この中には、廉からアイデアをもらい受けた一本のゲームが入っている。
期日までに、間にあった。
コンクールへと提出した。
――二ヶ月後。最優秀賞。
部員のみんなは、たたえてくれた。
大滝先生も博光も、笑顔で拍手してくれた。
「部長っ、おめでとうございます!」
鳴花も、潔を祝ってくれた。
小さなプライドは保たれた。
潔は表情に出ないように、心の痛みを抑えこんだ。
(廉には悪いことをしたけど、来年がんばればいいんだよ。どのみち参加できなかったんだ)
廉はまだ三年生で、参加資格に満たなかった。
日の当たらない作品は、宝の持ち腐れだと思っていた。
(おれが代わりに発表した! おもしろさを証明できた! それでいいよな……、なあ、廉?)
表彰式のステージに立って、トロフィーと賞状を受け取った。目線をカメラマンへ向けた。
潔の整った顔立ちは、写真映えするものだろう。
ほんのひとときの心地よさを、母親の声が打ち破った。
「廉の病気が悪化したって……! 潔、すぐに向かうわよ!」
「なんだって!」
病院から連絡があったらしく、母親はスマホを手にしていた。
青ざめた顔で、震えていた。
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