2 ゲーム制作コンクール
潔は博光が作ったゲームを、テストプレイすることになった。
キーボードへと手を置いたとき、顧問の大滝がそろりと寄った。もやしのようの体格の五十代の男性だ。
「博光くん。私がゲームをやってみようか?」
「結構です。部長のほうが上手なので」
「…………」
博光にきっぱりと断られ、背中を丸めて引き戻る。
潔は大滝に同情した。
(しょうがないよな。元吹奏楽部の顧問だからなあ)
大滝が詳しいのは音楽で、ビデオゲームはわからなかった。そのため影が薄かった。
デジタル教育は名前ばかりで、実際はこんなものだった。
「ぶちょー、早くゲームをやってよー」
「わ、わかった」
博光に急かされてしまった潔は、乗り気でなくてもやることになった。
博光のタブレットPCを見た。【トラップ☆スター】というタイトルで、敵の攻撃を避けるゲームだ。
基本は避けてばかりだが、星の形のアイテムを取ると、トラップを設置できるようになって、敵を倒せるシステムだ。
(星の色で、トラップの種類も変わるのか。攻略の幅も広がるな)
潔はつい夢中になった。絵は手描きで、ポップな世界観だった。効果音はあるが、音楽はついていなかった。博光は作曲はできないので、フリー素材をこれからつけていくのだろう。
「すごい! 二十体も倒してる!」
博光は興奮気味に言った。潔自身はアクションゲームは中級者レベルだと思っているが、博光の目には上級者に映っているようだった。
「画面に変化が欲しいなあ。ボスは出てこないのか?」
敵の攻撃が単調なため、潔はふと聞いてみた。
博光の眉のシワが寄った。苦笑した。
「まだ作ってないんだよね……。そうだね、ボスはいたほうがいい。さすが部長っ、顔とゲームの腕前だけは、ぼくたちよりもいいですよね」
(…………?)
引っかかる言い方だったが、潔は聞き流すことにした。悪気はないのかもしれない。
博光は、元いた席へと戻っていった。
潔はタブレットを重く開けた。
(さて、おれもやらなきゃな……)
モニターには、制作ソフトの枠だけが映っていた。
中身は書かれていなかった。プログラムも、グラフィックも。
(思いつかねえ。期限はもう迫ってんのに)
作ってさえもいなかった。いいアイデアが思い浮かばず、残り十日となってしまった。
潔は焦るばかりだった。クラスメイトとつきあっていたのは、アイデアを求めてか、気分転換か、現実逃避か、そういう意図も含まれていたが、なにも得られずに終わってしまった。
あるのはなんの取り柄もない、空っぽな自分だけだった。
容姿は取り柄とはいえなかった。潔にとっては。
ドアが開く。
「遅くなってすみませんっ。あのっ、用事が終わらなくて……」
「また君か。何回遅刻してるんだ!」
大滝が、入ってきた女子にどなりつけた。部員の笑い声がした。
潔はその女子を見て、整った顔をしかめていった。
桐野鳴花。四年生。AIシンガーの音楽家で【花鳥】と名乗って配信している。流麗で繊細な曲調は、若者のファンに大人気だ。
ゲーム制作コンクールでは【花鳥】の曲のリズムゲームを出すそうだ。
「あのっ……、部長!」
「いそがしい。あとしてくれ」
潔は鳴花から目をそらした。第二の才能は見たくなかった。
空白の画面をにらみつけながら、潔は頭を抱えていく。部室の空気が落ち着きのない、談笑に変わったせいもある。
(あれも、これも、それも、ダメだ。どうして思いつかないんだよ!)
時間だけが、むなしく過ぎる。
鳴花が心配そうにして、顔をのぞきこんできた。
「……部長っ、……疲れているのですか?」
大きな瞳が揺らめいた。
潔はあわてて、タブレットPCを引き寄せた。画面を見られないように覆う。
「なっ……、いきなりなんなんだよ。盗作でもするつもりか?」
「いえっ、わたしはそんなつもりじゃっ……。美しいお顔に元気がなさそうでしたから、気になってしまいまして……」
「余計なお世話だ! あっち行け!」
鳴花を手で追い払った。ずっと顔を見られていたのが、気持ち悪く思ってしまった。
(結局、こいつも同じかよ)
鳴花も女子だ。部活動をしている合間に、鑑賞されたのかもしれない。
花を見るのと、同じように。つきあっていた女子も、取り巻きの女子も、そうやって顔を見つめていた。
鳴花に強く当たるのは、女子だからという理由もあった。
潔はタブレットを閉じた。ここで頭をひねっていても、制作は進みそうになかった。
「先に帰る。廉のお見舞いのこともあるし」
弟を帰る口実に使い、潔はその場から逃げだした。
鳴花の憂いた表情が、頭の中から離れなかった。
(おれは何も悪くない)
自分自身に言い聞かせ、だけど胸が苦しかった。
心がぐちゃぐちゃになっていた。家に着くとランドセルを置いて、イヤホンを耳へとねじこんだ。自分の部屋で横になった。こういうときは音楽を聞いて、落ち着かせるのが一番だ。
プレイリストをシャッフルした。
ところが最初に流れてきたのは、【花鳥】が作ったAIシンガーの歌だった。
よりにもよって。
(なんであいつが【花鳥】なんだよ)
部活動で、鳴花の曲を耳にしたとき、潔は絶望に襲われた。
あの複雑な旋律を、年下の小学生が作っていたというのだから。
世の中には、才能あふれる優れた子どもたちがいる。
鳴花や廉が特別だった。博光もまた優秀であるが、荒削りなところがあるため、まだかわいいほうだった。
潔はなにも持ってなかった。
ルックスだけ。
(ちっ!)
曲をスキップした。次もAIシンガーだ。【ナイアガラ】というアーティストで、人気急上昇中だ。高音域の速い旋律が特徴らしい。話題になっているからとりあえず入れたが、潔にはしっくりこなかった。
(はあ。気分が乗らねえな)
スマホに通知音が鳴った。廉からだ。メッセージが届いている。
『もうすぐゲームが完成するよ。お兄ちゃんなら、ぜったいにハマると思うんだ。待っててね!』
文面から自信があふれている。よほど良作になったのだろう。
廉はいつも病室のベッドで、タブレットPCを開いている。学校に登校できなくて、授業はリモートで参加らしいが、空いている時間はゲーム作りにつぎこんでいるようだった。
病弱な弟に、趣味ができるのはうれしかったが、才能を伸ばしはじめていて、うらやましくも思っている。
潔のタブレットPCには、一行も書かれていなかった。
コンクールの期日は迫っていた。
☆
「最優秀賞は、本堂潔くん! おめでとうございます!」
イベントホールのステージで、トロフィーと賞状を受け取った。
潔は拍手に包まれた。
小学生のゲーム制作コンクールで、最優秀賞に選ばれたのだ。
二ヶ月前まで、考えられないことだった。
白紙だったプログラムを、たった十日で完成させることができた。
奇跡としか言いようがない。
ただ奇跡の使い道を、潔は間違えてしまっていた。
本人にも自覚はあった。
悪いことだと知っていながら、手を伸ばさずにはいられなかった。
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