ダイブイン!
皆かしこ
1 ルックス以外は平均以下
夏休みが明けて、すぐのこと。窓から入る紫外線は、教室を暑く蒸らしていた。
「ごめんなさい。別れてくださいっ」
本堂潔は戸惑った。つきあっていた女の子から、別れ話をされたのだ。
五年二組の生徒たちは、帰る準備で騒がしかった。
ふたりを見ている生徒もいた。
潔が口を開きかける前に、女子生徒は舌をまわす。
「あのねっ、潔くんとつきあってみたけど、うまくいってなかったよね? このままいてもダメかなって。別れていい?」
つきあってから、一ヶ月半。夏休み前に告白され、八月はふたりでデートに行った。そして九月。彼女から別れ話をされた。
潔のほうは、ひとりで遊んでいるのと変わらず、「こんなものか」と思っただけだ。
告白されてつきあってみたけど、恋人とかよくわからなかった。
小学生には、早すぎたのかもしれなかった。
「そうしようか」
「やった、バイバイ」
ポニーテールの元彼女は、女子たちの集まりに走っていった。
潔は教室に取り残された。腹の底から噴きでるマグマを、どうにかしずめようとした。
(「やった」って。そんなにおれが嫌なのかよ)
夏休みは、失敗した。
潔には理由が思い当たらず、ふつうに振る舞ったつもりだった。
ところが女子は、その「ふつう」を求めてなどいなかった。
期待値が高すぎてしまったのだ。
なぜならルックスがよかったから。くっきりとした二重まぶた、細い鼻筋、薄いくちびる。脚が長くて、服もおしゃれ。歩く芸術のような彼は、校内一のイケメンだと、女子たちのあいだで騒がれていた。
本人はルックスを自覚しつつも、気にしていないそぶりをした。
周りが外見でどう評価しようと、自分は自分だと思いたかった。
無理して努力して取りつくろうのは、本当の自分でない気がした。
だから、成績は中の下で、運動神経も中の下だ。
趣味はゲーム。特技はこれといってなし。
顔以外は、平均以下。
(はあ。つきあうんじゃなかったな……)
結局、何も得られなかった。時間を無駄にしてしまった。
つきあってみたきっかけは、あることが関係していたのだが、目的は達成できなかった。
デートといっても海へ行けば、パラソルの下で携帯ゲーム機ばかりした。潔が泳げなかったためだ。
お祭りでのデートは、射的に夢中になったばかりに、花火の音を聞き逃した。
恋人にとっては、つまらない彼氏に見えただろう。
自業自得といえばそうだが、潔は納得いかなかった。
(おれの趣味を理解しないで、告白してきたのかよ)
これに尽きる。中身が外見に伴っていないと、言われた気がして腹が立った。
クラスメイトの大柄な男子が、潔に声をかけてきた。
「よお、潔。振られたって?」
ふだんはあまり話をしないが、こういうときだけ寄ってくる。
他人の恋バナはおもしろいのだ。特に、トラブルがある話は。
「振られたんじゃなくて、別れたんだよ」
「いっしょだろ? おまえは顔だけだからなー」
言われて、一番嫌な言葉。
潔にはそう、特技がない。
目の前の男子はかけっこが速くて、運動会でもリレー選手。
別れた彼女はピアノが得意で、合唱コンクールのときに、伴奏を任されたことがあった。
「そうやって女子は、騙されていたことに気づくんだよ。男は見た目じゃなくってよ、中身のほうが重要だって」
「うるさいな。おれがダメだって言うのかよっ」
「ダメだから振られたんだろうが。そんなこともわかんねえーって、おまえマジで終わってるわ」
「てめえ!」
潔はこぶしを振りあげた。男子はとっさに、叫びあげた。
「暴力はんたーいっ! こっわーい!」
周囲の注目を集めさせた。
(くっ、こいつ!)
潔の動きが固まった。この状況で男子を殴れば、ますます評価を落とされる。
「……っ」
こぶしを引っこめた。
ランドセルを背負い、教室を出た。これ以上、関わりたくなかった。
(最悪だ)
頭に血をのぼせたまま、三階の空き教室へ向かう。
(そうだ、構ってるヒマなんかねえ。おれにはやるべきことがあるんだ!)
放課後は部活動がある。潔はパソコン部の部長で、コンクール向けにゲームを作らなければならない。
締め切りは、十日後だ。
ドアを開けて、入室した。
「あっ、部長!」
四年生が五人と、顧問の大滝先生がいた。部員はあとひとりいるが、まだ来ていないようだった。
(あいつはいつも遅刻だよな。やる気あんのか?)
潔が部長をやっているのは、部では最年長だからだ。六年生の部員はいない。五年生は潔ひとり。部員の中で、プログラミングができるというわけではない。
パソコン部。小学校ではめずらしいが、潔の住んでいる雲海市では、積極的にデジタル教育を推し進めている。
潔はタブレットPCを、ランドセルから取り出した。
いざモニターに向かおうとしたとき、四年生のひとりが声をかけた。
伊田博光という少年だ。メガネをキラリと光らせている。
「ねえ、部長。ここの動き、やっとうまくできたんだよ!」
持ってきたタブレットPCを、潔の目の前に置いた。
コンクール向けに作っているゲームの内容のことだった。
生き生きと語る博光は、潔の弟を思い起こした。
(廉もあと一年経ったら、こいつらと仲よくやれそうだな。パソコン部なら、リモートでも活動できる)
廉は小学生三年生で、入部は四年生からだ。重い病気で入院していて、タブレットPCを通してしか、授業に参加していない。
(廉だって、おもしろいゲームを作れるんだ。あいつはさ、天才だ)
年齢制限がもしなければ、コンクールに参加できただろう。
廉のゲーム。アイデアがあって、絵もきれいで、何よりも動かして楽しいのだ。
部員にも見せたことがあり、博光は特に刺激を受けて、ゲーム制作に張りきっていた。
一方で潔は、自分のタブレットPCを横目に、顔をくもらせるばかりだった。
「部長! テストプレイをお願いします!」
「ああ。……うん」
うなずいた。自分のタブレットを閉じた。
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