無気力社畜、ドワーフと飲み歩きに無理やり付き合わされてみた(4)

二人が次々とグラスを傾け、賑やかなバーでの時間が進んでいく中、倦太は気分がだいぶほぐれてきた。グラムとの話は愉快で、仕事のことを忘れて楽しむことができていた。そんな時、グラムが突然立ち上がり、倦太に向かって言った。


「よし、もう一軒行こうぜ!まだ夜はこれからだ!」


倦太は少し驚いたが、グラムの勢いに引きずられるまま、また次の店に行くことになるのかと考えながらも立ち上がった。


「いや、もう十分だろ?さすがに…俺はそろそろ帰りたいんだけど…」


倦太は何とか帰ろうとするが、グラムは笑って肩を叩き、「大丈夫だって!もう少し付き合えよ!」と強引に連れ出そうとした。そんな時だった。


「おい、ちょっと待て!」


突然、店の入り口近くにいた酔っ払った若い男が、グラムに絡んできた。彼は友達と飲んでいたらしく、明らかに飲みすぎていた。彼の目は酔いで充血し、足元もふらついている。


「お前、今俺たちをぶつかっただろ!謝れよ!」


グラムは眉をひそめて、若い男を見下ろした。倦太はその様子を見て、緊張感が走った。グラムが小柄とはいえ、屈強な体格を持つドワーフ相手に、こんな酔っ払いが絡むのは無謀だと感じた。


「ぶつかったか?すまん、気づかなかったな」


グラムは冷静に答えたが、若い男は引き下がらず、さらにしつこく食い下がった。


「謝ったって済まないんだよ!もっとちゃんと謝れって言ってんだ!」


酔いで正気を失っている男に、グラムは少しだけ眉をひそめ、静かに返答した。


「そんなに謝ってほしいなら、もう一度言うよ。すまなかったな。でも、もういいだろう?」


その穏やかな口調にも関わらず、酔っ払いは納得しない様子だった。友達も彼を止めようとせず、むしろ面白がっているようだ。倦太はどうするべきかと焦りながらも、グラムの冷静さに驚いていた。


その時、酔っ払いが突然グラムに手を出し、胸を突こうとした。しかし、グラムは一瞬でその手を軽く押し返し、男の動きを止めた。ドワーフ特有の頑強な力が働いているのは明らかだった。


「おい、やめとけよ。これ以上やると、あんたが後悔することになるぞ」


グラムの声は低く、しかし威圧的ではなかった。彼の目には怒りではなく、冷静な判断が宿っていた。若い男はその迫力に圧倒されたのか、手を引き下げたが、まだ言いがかりをつけようと口を開いた。


「くそっ、何なんだよ…!」


その瞬間、グラムは突然大きな声で笑い出した。


「ははは!なんだ、お前、飲みすぎて訳が分からなくなってるだけだろ!俺も若い頃はそうだった。よし、今日は俺が一杯おごってやるから、それでチャラにしようぜ!」


周囲が一瞬驚き、酔っ払いも戸惑ったようにグラムを見つめた。しかし、グラムの豪快な笑いとその場を和ませる軽快な言葉が、場の空気を一気に変えた。


「な…なんだよ、それ…」


「いいから、ほら!酒で仲直りだ。お前も俺も、酒を楽しむためにここに来てるんだろ?」


グラムは笑いながら、若い男に手を差し出した。酔っ払いは一瞬困惑したようだったが、次第にその手を受け入れ、少し笑みを浮かべながら頷いた。


「まあ、そうだな…悪かったよ」


結局、彼はグラムに促されて店に戻り、友達と一緒にまた飲み始めた。倦太はその場面を呆然と見つめていたが、グラムの巧みな対応と豪快な笑いに感心していた。


「お前、すごいな…」


倦太がそう言うと、グラムは大きく肩をすくめて笑った。


「はは!酒飲み同士、喧嘩しても意味がないだろ?俺たちは楽しく飲むためにここにいるんだからな」


その言葉に、倦太は改めてグラムの器の大きさを感じた。普段ならこんな場面では緊張してしまうだろうが、グラムは一切動じず、場をうまく収めていた。


「まあ、俺がいうのもなんだが、トラブルは酒で解決することもあるんだよ」


グラムはそう言って、再び笑い声を上げた。倦太はその言葉に思わず笑みを浮かべ、「確かにな」と同意した。


トラブルが無事に収まり、グラムと倦太はバーを後にした。外に出ると、夜風が心地よく吹き抜け、二人の頬を冷やした。グラムは上機嫌な様子で、満足げに息を吐き出した。


「やっぱり、飲み歩きは最高だな!」


倦太は、グラムの言葉に苦笑しながらも、どこか共感している自分に気づいた。彼にとっては普段なら考えられないような夜だったが、今日は何となく心地よかった。


「そうだな…」


倦太は静かに呟き、グラムの隣を歩く。いつもなら仕事のストレスを抱えながら、ただ家に帰って寝るだけの金曜日。しかし、今日は全く違う時間を過ごしていることに気づいた。


「お前、今日はだいぶリラックスできたんじゃないか?」


グラムがにやりと笑って尋ねると、倦太は少し頷いた。


「ああ、最初はどうなることかと思ったけど…お前と飲むのも悪くないな」


その言葉に、グラムは満足そうに大きく頷き、軽く倦太の肩を叩いた。


「それでいいんだよ。お前みたいに仕事ばかりのやつは、たまにはこうして自分を解放するのが必要なんだ。仕事は逃げないけど、楽しむことは自分で見つけないといけないんだからな!」


グラムの言葉は、いつもより真剣だった。倦太はその言葉に、じんわりとした感謝の気持ちを覚えた。普段、あまり深く考えずに過ごしていた日々だったが、グラムと出会って、自分が少しずつ変わり始めていることに気づいた。


「お前、意外といいやつだな」


倦太が冗談めかして言うと、グラムは声を上げて笑った。


「当たり前だろ!俺は最高の飲み仲間だからな!」


二人はしばらく歩き続け、街角の屋台に立ち寄った。グラムは倦太を誘い、最後にもう一杯軽く飲むことにした。屋台の焼き鳥をつまみながら、二人は再び乾杯した。


「さあ、これで締めだ。今日はたっぷり飲んだから、明日はゆっくり休めよ」


グラムはビールを一口飲みながら、にやりと笑う。倦太はその言葉に軽く頷いたが、どこか惜しい気持ちも感じていた。もっと話していたい、そんな気分だった。


「お前のおかげで、今日は楽しかったよ」


倦太が静かに感謝の言葉を口にすると、グラムは真剣な表情で頷いた。


「俺もだ。お前みたいな奴と飲むのは面白い。またいつでも飲みに行こうぜ!」


そう言って、グラムは立ち上がり、大きく伸びをした。倦太もそれに続いて立ち上がり、夜の街を見渡した。風が心地よく、体の中からスッキリとした気分が広がっていた。


「じゃあ、またな。今度はお前の行きつけの店にでも行くか?」


グラムが軽く笑いながら言うと、倦太は少し考え込んでから笑った。


「俺の行きつけなんてないけど…まあ、またどこかで飲もう」


二人は笑い合い、別れの挨拶を交わす。グラムは豪快に手を振りながら、夜の闇に消えていった。その姿を見送りながら、倦太は心の中で穏やかな満足感を感じていた。


「悪くないか…、こんな夜も」


倦太はふと呟き、再び歩き出した。次に会う時は、またどんな話をするのか。そんな期待感を胸に、倦太はいつもの自宅へと足を運んだ。しかし、その心には、仕事に追われるだけの日常ではない、新しい何かが芽生えているような気がしていた。


彼の無気力な日常に、一筋の光が差し込んだような気分だった。

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異世界からの訪問者たちと過ごす、無気力社畜の日常 てぃらみす @dokudoku777

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