無気力社畜、ドワーフと飲み歩きに無理やり付き合わされてみた(1)

金曜日の夕方、無動倦太はいつも通り疲れ果てた体を引きずりながら、会社を後にした。週末がやってくるとはいえ、倦太には特に楽しみにしていることもなく、ただ家に帰って眠ることだけを考えていた。


「もう疲れたな…早く帰って休みたい」


そんなことを考えながら駅へと向かっていると、目の前に見慣れない小柄で屈強な男が立っていた。茶色の短髪に立派なひげ、そしてがっしりとした体格の彼は、驚くほど低い身長ながらも強烈な存在感を放っている。


男は、豪快な笑顔を浮かべながら倦太に近づき、突然声をかけてきた。


「おい、お前!今日は金曜日だぞ!一緒に飲みに行こうぜ!」


倦太は驚きのあまり足を止め、見知らぬ男を見つめ返す。金曜日の夜に、突然誘ってくるなんて一体何者だろうか?


「…えっと、俺に話しかけてるのか?」


倦太は半信半疑で尋ねるが、男はすでに肩をがっしりと掴んでいる。


「ああ、そうだとも!俺はグラム。見ての通り、ちょっとした鍛冶職人だ。あんたも仕事帰りだろ?飲まなきゃ損だぞ!いい酒場を知ってるんだ、付き合ってくれよ!」


倦太はさらに混乱しながらも、どうしてこんな突然の誘いを受けているのか理解できない。だが、グラムの勢いに圧倒され、断る言葉が出てこなかった。


「いや、俺は今日は…ただ家に帰るだけで…」


「そんなつまらんこと言うなって!金曜の夜だぞ?ストレス発散のために飲むのが一番だ。お前も顔色が悪いし、ちょっと飲んで元気出した方がいいって!」


グラムは豪快に笑いながら、倦太の腕を引っ張り、すでに歩き始めていた。倦太は流されるように歩きつつ、内心では「一体何なんだ…」と困惑していたが、どうやらこのドワーフとの飲みが避けられないことを悟った。


「しょうがないな…ちょっとだけなら…」


倦太はしぶしぶ受け入れ、グラムの後に続いて足を進める。こうして、無気力社畜の倦太は、突如現れたドワーフのグラムと共に、予期せぬ飲み歩きの夜を迎えることになるのだった。


倦太は、グラムに連れられて歩くこと数分、細い路地の奥にある小さな居酒屋にたどり着いた。木製の古びた看板には「酒処 石蔵」と書かれており、まるで時間が止まったかのような風情が漂っている。外からは店内の賑やかな声が漏れてきて、常連客が集まる隠れ家的な雰囲気を感じさせる。


「ここが俺の行きつけの店、『石蔵』だ。いい店だろう?」


グラムは誇らしげに胸を張って言い、勢いよく暖簾をくぐって店内に入っていった。倦太は、その勢いにやや気圧されつつも、仕方なく後を追う。


中に入ると、古めかしい木製のカウンターとテーブル席が並んでおり、ほとんどの席はすでに埋まっていた。店内は煙草の煙と焼き鳥の香ばしい匂いが混じり合い、どこか懐かしい居心地の良さが漂っている。


「おう、グラムじゃねえか!また来たのかよ!」


カウンター越しに店主が陽気に声をかける。どうやらグラムはこの店の常連らしく、店主とも顔馴染みのようだ。グラムは大きな手を振りながら応えた。


「ああ、もちろんだ!今日はこいつを連れてきたんだよ。初めてだからな、ここの酒を味わわせてやりたくてな!」


そう言って、グラムは倦太の肩をポンと叩いた。倦太は軽く会釈しながら、カウンターの端の席に座る。居酒屋という場所自体は珍しくないが、この雰囲気には少し圧倒されていた。


「まあ、落ち着けよ!まずはビールだな」


グラムはすでに注文を済ませ、店主が大きなジョッキに注いだ冷たいビールを受け取ると、倦太にも一杯手渡した。


「お前、仕事終わりにこんな店に来ることなんてないだろう?今日はゆっくり飲んで、仕事の疲れを吹っ飛ばせ!」


グラムはそう言うと、自分のジョッキを掲げ、勢いよくビールを一気に飲み干した。倦太はその豪快さに少し引きつつも、無言でジョッキを持ち上げ、一口飲んだ。


「…うまい」


冷たいビールが喉を通り過ぎる感覚は心地よく、思わず倦太の口から漏れた言葉にグラムは満足そうに笑った。


「だろ?ここのビールは格別なんだ!ほら、もっと飲めよ!」


グラムは次々と注文を重ね、つまみには焼き鳥や枝豆、そして煮込み料理が次々とテーブルに並べられた。倦太は最初は戸惑っていたものの、次第にその料理の美味しさに引き込まれ、ビールも進んでいく。


「ところで、お前の仕事は何だ?相当疲れてるようだが…」


グラムが焼き鳥をかじりながら尋ねた。倦太はビールを一口飲んでから、少し躊躇しつつも答えた。


「まあ、普通の会社員さ。毎日残業ばかりで、もうヘトヘトだよ。今日だって、家に帰って寝るだけのつもりだったんだけどな」


「ははは、それじゃあストレスも溜まるだろう!もっとこうして外に出て、うまい酒と料理を楽しむべきだ!」


グラムの声は大きく、その笑顔にはどこか安心感があった。普段、仕事の愚痴を言うことのない倦太だったが、グラムの豪快な性格にほだされて、つい口を開く。


「まあ、そうかもな。いつもは帰って、ただだらだらと過ごしてるだけだし…」


「それじゃダメだ。こうして飲んで、気晴らしすることも大事なんだよ!さあ、もっと飲め!」


グラムは再び倦太にビールを勧め、倦太はそれに応じてジョッキを掲げた。次第に、倦太の心の中にあった緊張や疲れが少しずつ溶けていき、彼自身も楽しむようになってきていることに気づいた。


「不思議なもんだな…こんな場所で、こんなに落ち着くとは思わなかった」


倦太は小さく呟き、グラムに微笑んでみせた。

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