無気力社畜、ダークエルフの“お礼”に付き合わされてみた(1)

珍しく、仕事が早く終わった夕方。無動 倦太は、少しだけ気分を良くして駅へ向かって歩いていた。普段なら遅くまで残業している時間だが、今日はなぜかすんなりと仕事が片付いた。これでいつもより早く家に帰り、ダラダラと過ごせる時間が増える。そんなことを考えながら歩いていると、ふと視界の端に違和感を覚えた。


街中に明らかに浮いた存在がいたのだ。


倦太が目を向けると、そこには奇妙な雰囲気を漂わせた女性が立っていた。彼女は異様なファッションと独特の雰囲気を持ち、まるで異世界から迷い込んだかのような姿だった。褐色の肌と、明るいピンクや金髪に染めた長い髪が特徴的で、さらに尖ったエルフ特有の耳も目立っている。周りの人々は彼女を不思議そうに見ているが、誰も声をかけようとはしない。


「なにあれ…?」


倦太は思わず立ち止まった。彼女の見た目は明らかに人間界に馴染んでいない。周りの人たちもちらちらと彼女を見ているが、誰も声をかけようとはしない。


「まさか、また異世界からの…」


倦太は一瞬、ため息をついたが、そのまま放っておくこともできず、足を向けた。彼の中ではすでに、この異様な状況が、前に出会ったエルフのリシェルと重なっていた。


「何かあったのか?」


倦太が無表情のまま話しかけると、女性は驚いたように顔を上げた。彼女は少し戸惑いながらも、すぐに表情を明るくして答えた。


「ええ、助けてくれるの?私、ナーヤっていうんだ。スマホの地図アプリを見てたんだけど、ちょっと迷っちゃって…」


その軽い口調と明るい態度に、倦太は思わず肩の力が抜けた。彼女の見た目とは裏腹に、どこか人懐っこさを感じる。


「そうか。どこに行きたいんだ?」


「えっと、このカフェに行きたいんだけど…」


ナーヤはスマホを倦太に差し出し、地図アプリを見せた。そこには近くのカフェが表示されているが、彼女はそれを見てもさっぱり理解できない様子だ。倦太は心の中でまたため息をつきながら、仕方なく道案内をすることにした。


「まあ、そっちの方向だよ。ついて来い」


「ありがとう、アンタ優しいじゃん!」


ナーヤは明るい笑顔を浮かべ、倦太の後ろについてきた。彼女のテンションについていけないと感じながらも、倦太は道を教えることに集中した。カフェまでの道はそれほど遠くはなかったが、ナーヤはまるで観光客のように周りを見渡し、いちいち反応していた。


「ここって、人間の世界では人気の場所なの?」


「別に普通だと思うけど…」


「へえ、面白い!」


ナーヤの明るさに少し戸惑いながらも、倦太はカフェまで彼女を案内した。無事に到着すると、ナーヤは感謝の言葉を投げかけた。


「本当にありがとう!助かったよ、アンタのおかげで迷わずに済んだ!」


倦太は少しだけ安堵し、いつもの無表情で「まあ、気にするな」と返した。その場はそれで終わり、二人は簡単に別れた。


その時は、それで本当に終わったかに思えた――少なくとも、倦太はそう信じていた。


数日後の休日の朝。倦太は普段通り、いつものソファに腰を下ろして、スマホをいじりながらぼんやりと過ごしていた。何の予定もない、ただの退屈な一日が始まるはずだった。ところが、突然ドアベルが鳴り響いた。


「ピンポーン…ピンポーン…」


しつこく繰り返される音に、倦太は眉をひそめた。誰だろう?と一瞬思ったが、すぐに嫌な予感が胸に広がる。普段なら、こんな時間に訪ねてくる人なんていないはずだ。無視してやり過ごそうかと考えたが、ドアベルは止む気配がない。むしろ、さらに勢いを増して鳴り続けている。


「…うるさいな」


さすがに無視しきれなくなった倦太は、渋々立ち上がり、玄関に向かった。ドアを開けると、そこには目を輝かせたナーヤが立っていた。


「やっほー!おはよう、えっと...名前聞いてなかったや、名前なんてーの?」


突然の言葉に、倦太は面食らい、「倦太…無動 倦太」と、少し戸惑いながら答えた。


「倦太か!OK、覚えたよ。今日は道案内のお礼がしたくて、アンタを連れ出しに来たんだ!」


ナーヤはまるで親しい友人のように、無邪気に笑いかける。倦太は驚きと戸惑いが交錯する中、彼女の勢いに押されて言葉を失った。こんな朝早くに、しかも自分の家を訪ねてくるなんて予想外だった。


「な、なんでお前がここに…?」


「何でって、道案内のお礼がしたくて、今日はアンタを連れ出しに来たんだよ!」


「じゃなくて、なんで俺の家を知ってるんだよ!?」


倦太が困惑しながら突っ込むと、ナーヤはケラケラと笑いながら答えた。


「あー、それ?魔法でちょちょいっとね!簡単にわかっちゃうの」


まるで当然のように言い放つナーヤに、倦太は一瞬唖然とし、次に困惑の表情を浮かべた。


「いや、別にお礼なんていらないんだけど…」


「何言ってんの!せっかく助けてくれたんだから、私もお返ししたいんだってば。さあ、準備して!」


ナーヤは倦太の言葉を一切聞き入れず、勝手に家の中に入ってこようとする。倦太は慌てて彼女を止めようとしたが、ナーヤの勢いに押されて、結局彼女のペースに巻き込まれてしまった。


「今日は何も予定がけど…」


倦太がぼそりとつぶやくと、ナーヤはにやりと笑って「ちょうどいいじゃん!さあ、外に出よう!」と強引に誘い出す。彼女の明るさに抗う気力を失った倦太は、しぶしぶ準備を始めることにした。


やがて、倦太が着替えて玄関に戻ると、ナーヤは彼の姿を見て眉をひそめた。


「…ちょっと、それ何?」


「何って、普通の服だけど…」


倦太が答えると、ナーヤはため息をつきながら首を横に振った。


「ダサッ、その服装で私の横を歩かないでほしいんだけど...」


その一言に、倦太はまたしても言葉を失った。彼にとっては、普段と変わらない普通の服装だが、ナーヤにとっては「ダサい」の一言で片付けられてしまった。


「まずは新しい服を選んでからだね。さあ、行こう!」


ナーヤは倦太を引き連れて、ファッション店へと向かうことを決めた。彼女の強引さに呆れながらも、倦太は再び彼女のペースに引き込まれていくのだった。

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