無気力社畜、エルフに無理やりキャンプデビューさせられてみた! (4)
夜が更け、空が濃紺に染まる頃、キャンプファイヤーがあたたかな光を放ち、二人を包み込んでいた。火がパチパチと弾ける音が静寂の中に響き渡り、その音に混じって遠くの森からは、かすかな風の音が聞こえる。倦太は焚き火の前に座り、リシェルが手際よく作った食事を静かに食べていた。彼女が作ったシンプルな野菜のスープと焼き魚は、どこか懐かしさを感じさせる味がした。
「どうですか?味は」
リシェルが笑顔で尋ねてくる。倦太はスプーンを口に運びながら、ゆっくりと頷いた。
「悪くない…というか、うまいよ。こんなの、しばらく食べたことなかったな」
彼は正直に答えた。会社帰りに食べるコンビニ弁当とは全く違う、丁寧に作られた食事。自然の中で食べると、さらに美味しく感じることに倦太は気づいた。
「それはよかった。自然の中で食べると、食材の味がより引き立ちますからね」
リシェルは嬉しそうに微笑み、焚き火の炎を見つめた。しばらくの間、二人の間に静かな時間が流れた。火の明かりに照らされたリシェルの横顔は、どこか神秘的で、倦太はその姿に目を奪われていた。
「あなたは、いつもこんな風にキャンプしているのか?」
倦太はふと気になって、リシェルに尋ねた。彼女は少し考え込んでから、ゆっくりと首を振った。
「いえ、実はこれが初めてなんです。人間の世界でのキャンプは」
その答えに倦太は驚いた。彼女の手際の良さから、何度もキャンプを経験しているのかと思っていたからだ。
「初めてって…それにしては手慣れてるな」
倦太がそう言うと、リシェルは照れたように笑った。
「私たちエルフは、自然の中で生きることが普通なんです。森の中で過ごすのは当たり前のことなので、特別なこととは思っていませんでした。でも、人間の世界ではこうして自然を感じることが貴重な時間になるんですね」
その言葉に、倦太は少し考え込んだ。彼にとって自然は、身近なものではなく、いつの間にか遠ざかっていた存在だった。都会の生活に追われ、自然と触れ合うことなど考えたこともなかった。
「自然か…俺にはあまり縁がないな」
倦太はつぶやくように言った。その言葉には、どこか寂しさが混じっていた。リシェルは焚き火を見つめながら、静かに語りかけた。
「でも、こうして自然の中に身を置くと、少し違った気持ちになりませんか?忙しい日常から離れて、ただこの瞬間を感じることができるんです」
倦太は彼女の言葉を聞きながら、焚き火の炎をじっと見つめた。確かに、この静けさと穏やかな時間は、日常の喧騒とは全く違っていた。何も考えず、ただこの場にいることが心地よく感じられる。
「お前は、なんでこんなことをしてるんだ?」
倦太は唐突に尋ねた。リシェルが人間の世界に来て、自分に関心を持ち、こうしてキャンプに連れ出す理由が気になっていた。リシェルは少しの間考えた後、真剣な表情で答えた。
「私は、人間の世界に興味があったんです。あなたたちがどんな風に生きているのか、どんなことを感じているのか知りたくて。でも、あなたと会って、もっと知りたくなったんです」
彼女の瞳が倦太を見つめる。その瞳には、嘘偽りのない純粋な好奇心と、優しさが宿っていた。
「私があなたに何を伝えられるかわからないけど、少しでもあなたが自然を感じ、日常の中で何かを見つけられるなら、それでいいんです」
倦太は、その言葉を聞いて心が少しだけ温かくなるのを感じた。彼女はただのエルフではなく、自分にとって特別な存在になりつつあることに気づいた。
「…ありがとう、リシェル。なんか、少しだけだけど、そういうのも悪くないって思うよ」
倦太は照れくさそうにそう言った。リシェルはその言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
夜空には無数の星が輝いていた。その星たちが、まるで二人を見守るかのように、静かに瞬いている。焚き火の暖かさと、リシェルの存在が、倦太の心に少しずつ新たな感覚をもたらしていた。
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