無気力社畜、エルフに無理やりキャンプデビューさせられてみた! (2)

出勤途中の朝、いつも通り無動 倦太むとう けんたは、無表情で会社に向かって歩いていた。眠気を覚ますためにコーヒーを飲んでも、彼の無気力さが変わることはない。日常はただの作業の連続であり、そこには何の刺激も喜びもなかった。


その日もいつものように通り過ぎるだけのはずだった小さな公園。しかし、その時、倦太の目は思わず立ち止まる。視界の端に映ったのは、何か異様な存在感を放つ人物だった。


一人の女性が、公園の中心にある大きな木にそっと触れていた。長い銀髪が風に揺れ、彼女はまるで木と会話をしているかのように見えた。周囲の喧騒を忘れさせるような、不思議な静けさがその場を包んでいる。


「この木が、何かを教えてくれたの」


彼女が静かに呟いたその言葉は、確かに倦太の耳に届いた。驚きと不信感が混ざった表情で彼女を見つめると、その女性は倦太に気づき、穏やかな微笑みを浮かべた。


「あなたも、自然の声を聞いたことがありますか?」


その問いかけに、倦太は戸惑いながらも首を横に振った。自然の声など聞いたことがない。彼の毎日は、コンクリートに囲まれた世界で過ごす日々の繰り返しであり、自然との接点など、ほとんどなかった。


「そう…でも、この街にも自然は生きているんですよ。私たちが気づかないだけで」


女性はまるで当たり前のことを話すように語り続けた。その姿は、どこか浮世離れしているようでありながらも、同時に強い存在感を持っていた。


「私はリシェル。この街に来たばかりなの。異世界から」


リシェルという名前と、異世界から来たという言葉に、倦太は半信半疑のままその話を聞いた。自分が関わるべきではないと思いながらも、彼女の不思議な魅力に引き寄せられていることに気づいていた。


「なんで、こんなところに?」


倦太は、ついそう尋ねてしまった。心の中では、関わりたくないと思っていたのに、彼女の言葉に反応してしまった自分が信じられなかった。


「人間の世界がどんなところか知りたかったの。自然が少ないと聞いていたけど、あなたたちはどんな風に生きているのか、興味があったの」


リシェルは、そのエメラルドグリーンの瞳でまっすぐに倦太を見つめた。彼女の純粋な好奇心に、倦太は一瞬、心が揺れた。しかし、すぐに無関心を装い、そっけなく答えた。


「ただ、仕事してるだけさ。特に面白いことなんてない」


リシェルは微笑みながらも、その答えに少しだけ悲しげな表情を浮かべた。


「そうなのね…でも、またお会いできると嬉しいわ」


リシェルはそう言って、倦太に別れを告げた。彼女の後ろ姿が公園の木々に溶け込むように消えていくと、倦太は何事もなかったかのように再び歩き出した。



倦太はリシェルに言われるまま、気がつけばキャンプの準備をすることになっていた。彼女の強引さに抗う気力もなく、ただ流されるままに自宅を出た後、二人は近くの商店街に向かっていた。


「まずは食材を揃えましょうか。キャンプでは自分たちで料理を作るのが楽しいんですよ」


リシェルはそう言って、楽しそうにスーパーの中を歩き回る。倦太はカートを押しながら、何をすればいいのかわからずに彼女の後をついていった。彼女はさまざまな食材を手に取り、何やら計画を練っているようだが、倦太はただぼんやりとそれを眺めていた。


「何か食べたいもの、ありますか?」


リシェルが振り返って尋ねてきたが、倦太は特に思いつくこともなく、「なんでもいい」とつぶやいた。それに対して、リシェルは少し困ったように笑いながら、「じゃあ、私が決めますね」と言って再び食材選びを続けた。


スーパーでの買い物を終え、次に訪れたのはアウトドア用品店だった。倦太はキャンプというものにまったく縁がなかったため、何が必要なのかすらわからない。しかし、リシェルは手際よく必要なものを次々とカートに入れていく。テント、寝袋、ランタン、そして調理器具まで。彼女がすべて用意している姿に、倦太は少し驚かされた。


「本当に、キャンプなんて行くのか…」


倦太は半信半疑のまま、リシェルに従うしかなかった。彼女は一見華奢で、キャンプとは縁遠いように見えるが、その動きは迷いなく、自信に満ちていた。


「さあ、準備はこれでほとんど終わりです。あとは、キャンプ場に向かうだけですね」


リシェルは満足そうにカートを押し、会計を済ませた。倦太は、彼女がどうしてここまで熱心にキャンプに誘うのか、理解できなかった。自分には無理だと思っていたが、リシェルの自信に満ちた姿を見ると、何も言えなくなってしまう。


その後、リシェルは大きなリュックサックを軽々と肩に掛け、倦太にもう一つのリュックを渡した。それは自分が持つには重すぎるように見えたが、彼女は「これくらい平気です」とにっこり笑って言う。


「さあ、行きましょう」


リシェルはそう言って、軽快に歩き出した。倦太は少し遅れながらも、彼女の後を追う。街を抜け、自然豊かな山道に差し掛かると、彼女は嬉しそうに周囲の景色を眺め始めた。


「この道、静かで素敵ですね。木々のざわめきが聞こえるでしょう?」


リシェルの声が少しだけ弾んでいた。倦太は無理やりキャンプに連れ出されることに内心で愚痴をこぼしながらも、どこか非日常的なこの状況に少しだけ胸の高鳴りを感じていた。しかし、その感覚を認めることができず、無関心を装って彼女の言葉に頷くだけだった。


彼らが目指すキャンプ場は、まだ少し先だ。倦太はただ、リシェルの背中を見つめながら、これが本当に楽しい経験になるのかどうかを考え続けていた。

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