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フウヤとガーベラ、女神の地平
「うわっ!?」
――終わった。
そう思ったのは、逃げて逃げて逃げ続けた結果で疲れきった足がもつれて全身で転がった時だった。すぐ後ろからはオレを追いかけてきた見るからに強そうな狼型のモンスターの群れが迫ってくる。
逃げ場はない。
どうしてこんなことになったのか。
自分が何かしたか? 最新全没入型オンラインゲームをプレイした直後に訳の分からない状態でヤられても仕方ないと思えるほどの何かをしたというのか?
むしろこんな目に遭うならオレをひどい目に遭わせた奴らが鳴るべきじゃないのか? なんで、なんで、なんで――――。
必死に生き残ろうとする方法とは別に怨み辛みが出てきて止まらない。
結局そんなヤツが出来たことといえば、情けなく這いずってから体を起こすところまでだ。目の前には飛びかかってきたモンスターの牙と爪が迫っており、この体勢では避けられない。
悲しさと悔しさでいっぱいになりながら、己のアバターがバラバラに砕け散る瞬間が見えた気がした。
けど、それは勘違いだったのだ。
「え……」
一閃で真っ二つ。
無数の光の粒子として砕け散ったのは、飛びかかってきた狼の方。
どこから現れたのか、ややぬかるんだ柔らかい森の地面に着地する音がする。そして、オレを庇うようにレア装備であろう重厚な蒼い鎧の騎士が立っていた。
「……これを」
ヘルムで顔が見えない騎士がこっちを一瞥したあと、いくつかの回復薬を投げ渡してきた。どれも初心者のオレには手が届くはずもないハイレベルな物で、受け取る際には絶対に落としてなるものかと大慌てだ。
「あ、ありが――」
お礼を言い終わる前に、既に騎士はモンスターの群れへと駆けだしていた。
めちゃくちゃ重そうな鎧を装備してるくせに決して遅いとは感じさせない動きに、
オレは見惚れていた。
今プレイしている完全没入型オンラインゲームにおいて、プレイヤーが自身の分身たるキャラクターを現実の身体と同じような感覚で動かせるのは常識ではある。しかし、誰もが現実離れした動きが可能かと言えば――レベルと能力値も関係するが――可能だとは言い切れない。
何より必要なのは本人の経験値と熟練度なのだ。どんなゲームであろうが上手いプレイヤーの動かし方は素人目にも美しく、力強く、ギャラリーを魅了する。
「ハアッ!」
掛け声と同時に一瞬で複数体のモンスターを切り裂いた騎士の動きは、間違いなくハイレベルプレイヤーのソレだった。多少はゲームに慣れ親しんでいるオレではあるが、こんなに動ける人は見たことがない。
きっと、余程やりこんでいるのだろう。
オレでは歯が立たない高レベルモンスターの群れはあっという間に殲滅され、煌めく粒子に変化していた。
「……すごい」
無意識の称賛が口から零れると、オレを助けてくれた騎士がゆっくりと近づいてくる。じっと目をこらすと、文字列がが見えてきた。
“ガーベラ”。
それが、蒼き鎧を纏ったその騎士の名前。
「HPは大丈夫か?」
「は、はい! あの、改めて助けてくれてありがとうございます!」
「そうか、大丈夫ならいい。一発叩かせろ」
は???
そう訊き返す前に、これまたレア装備らしい手甲を纏った拳がオレの頬に炸裂した。より正確に言えばぶん殴られたわけだが、殴られたことに気が付いたのはオレのキャラクターが森の中を数メートルはぶっ飛んで転がった後のことだ。
「い、いったあああああ!!?」
なんで殴られたのかわからず、反射的に頬を抑える。
え、オレ何かした? というかさっき一発叩かせろって言ったよね? 叩くと殴るじゃ全然意味が違うじゃないか。いやいやそもそもなんで殴られたんだって話で。
「何すんだよ!!」
「ちゃんと宣言はしたぞ」
「そういう問題じゃない! どうしてモンスターから助けてくれた人に殴られなきゃいけないんだ!!」
がしゃんがしゃんと、昔に観た映画に登場した未来の殺人ロボットのようにゆっくり歩み寄ってくる騎士は、もう救いのヒーローから殺しの悪魔にしか見えない。
もし冷静だったのなら、この騎士が本気でヤる気なら既にオレはヤられていると分かるはずだがそんな余裕なんてなかった。
至近距離まできた騎士が、ややこもり気味な低い声でこう言ったのだ。
「命を粗末にするヤツは嫌いだ」
「なんだそれ!?」
これがオレ――ニュービーであるフウヤの始まり。
大切なガーベラとの出会いというビッグイベント。
そして、
「お約束として言っておこう。……ようこそ、女神の地平(ビーナス・ホライゾン)へ」
二度と忘れることのできない、新たな世界が拓けた瞬間となった。
/1
「はぐらかさなくていい。本当の事を話せ」
夜の森でたき火を囲んでいる中で、蒼い鎧の騎士が硬い声音で言ってくる。
ガーベラのアイテムで作ったモンスターの出現しない安全ポイントには森の静寂しかないため、その声はよく聞こえるようだった。
「本当だって。気づいたらこの森にいたんだ」
「女神の地平をスタートした直後のニュービーが、一撃でも喰らえば即死必死の高レベルエリアにいる理由が“気づいたら”だと?」
「……ココってそんなにヤバイ場所だったんだ」
どおりで強そうなモンスターにばっか遭遇したわけだ。
レベルもすんごい高かったし、正直負けイベントかと思ってたくらいだ。
そんなオレの思考が読んだかのように、騎士様はやれやれと言いたげに首を振る。その動作には呆れと運が悪い人に向けられる同情が混じっていた。
「ツイてなかったな。いきなり罠みたいな仕様にやられたんだ」
「知ってるの?」
「女神の地平の世界に初めてきたプレイヤーは、世界のどこかに飛ばされる。この時、拠点となる村や町の近くに転送されるんだが……その先でいきなりモンスターに出会う可能性はゼロじゃない」
「なんだそのクソ仕様!」
それが本当ならオレはただ単に運が悪いだけで、助けられなかったらログイン後即終了のコンボを喰らってたわけだ。クソゲー感がすごい。
「少なくとも私が知っている中でも一・二を争うほどに運がなかったんだな。いきなりモンスターの群れに囲まれて、より危険な森の中へ行くハメになるとは」
「正確にはスタート直後にPKされそうになって、慌てて逃げたらモンスターに出会って、そいつらが群れになったせいで絶体絶命だったんだけど」
「……お前、御祓いに行った方がいいんじゃないか」
「まあ……あんたに助けてもらった分だけマシだったよ」
「それもそうか」
たき火で焼いていた串焼きが良い塩梅に焼けたようで、ガーベラはその内の一本をオレに譲ってくれた。牛肉っぽい串焼きはアツアツで、適度に振られた塩と胡椒によって抜群に美味い。
「美味っ!? これほんとにゲームの中なんだよな! 現実で喰ってるみたいだ」
「どんなゲームよりも現実に近いゲーム。それが女神の地平の売りのひとつだからね」
「おお~、やっぱ遊びたくても遊べないゲームは一味違うんだな」
「……お前は本当にニュービーなんだな。あんな森の中にいたから新手のイベントNPCか何かかと思ったんだが」
「ご期待に沿えなくてごめんだけど、オレは初心者プレイヤーだよ」
「頭にとても運が悪いと付くぐらいのな」
好きで悪くなったんじゃないやい。
「しかし不思議だ。ブラックウルフの群れからどうやって逃げ続けたんだ? お前のレベルじゃすぐに追いつかれただろ」
「どうやっても何も、必死に攻撃を避け続けて逃げ回っただけだよ」
ガーベラの頭の上に「!」が出現する。
「ニュービーがブラックウルフの攻撃を避け続けて、逃げ回っただと?」
「うん」
「冗談はよせ」
「冗談でも嘘でもないって」
「先に会ったPK連中がいたから、モンスターのタゲがそっちにいったのでは? そういえば、私がお前を見つける前に邪魔してきたやつらがいたな」
「いやいや、そのPK達はすぐにオレを諦めたよ。でもモンスターに遭遇したから森から出れなくてさ。しばらく追い回されて、もー参った参った」
今度は「!!」と増えたアイコンが出た。
ガーベラはそうやって感情表現をするタイプらしい。
「……しばらくとは、どれくらいだ」
「時計を見たわけじゃないからなぁ。体感で三十分以上?」
「一撃喰らったらアウトのブラックウルフの群れから三十分も……」
何やら考え込むガーベラが口を開いたのは串焼きを食べ終わった頃だった。
「お前――いや、フウヤ」
「なんだよ改まって」
ややかしこまった態度のガーベラに名前を呼ばれて、嬉しいのは内緒だ。既にオレは半ばこの騎士のファンになっており、あれだけ強い人に名前を憶えてもらえるのはちょっとした喜びだった。
「休憩を終えたら安全な場所まで送ろう」
「あ、ああ。助かるよ」
「だが、その前に私の話を聞いてほしい」
わずかな逡巡の間を置きつつも、ガーベラの話はとても予想できない物で。
「話を聞くぐらい全然いいさ。それで、どんな話?」
同時に非常にぶっとんでいるものだった。
「私と一緒にレジェンダリー・クエストを攻略してくれないか」
もしこのゲームがギャグっぽいセンスにあふれた仕様だったのなら、オレは座った体勢のままバネにでも乗っかったようにビヨヨーンと上空高く跳ね上がったに違いない。
/2
休憩を終えて疲労度が回復したあとの道中。
オレはガーベラという頼れる騎士に守られながら、少しでも疑問を晴らすために何度も質問をしていた。
「どうしてニュービーのオレを最高難易度のクエスト攻略に?」
「クエストクリアにお前の協力が必要だと思ったからだ」
「待って待って。ガーベラが何レベルか知らないけど、どう考えたってオレよりずっと強いじゃん。パーティを組むならもっとふさわしい仲間が他にいるでしょ」
「いない」
「なんで」
「理由はいくつもあるが、第一に私は基本的にソロプレイヤーだ。これまでは余程の事がなければそれでなんとかしてきた」
「……やっぱりガーベラはとんでもない人だね」
VRオンラインゲームにおいて、他のプレイヤーと協力しあうためにパーティを組むのは常識といっていい。勿論ソロ――一人で遊ぶのも不可能ではないが、大概のゲームはパーティ前提のバランスで設定されているためデメリットの方が勝るもの。
それでも一人プレイをするのならば、変人か狂人か。あるいは配信絡み? あえて常人が選ばないプレイスタイルによって人を惹きつける手はあるらしいけど。
「フシャア!?」
木の影から飛び出してきた蛇のモンスターが、ガーベラの大剣で両断されてダメージボイスをあげる。……あっさりやってるけど、今のも一撃だよね。オレを助けてくれた狼のモンスターもほとんど一撃だったので、この騎士にとってはオレが一発で即死する高レベル帯エリアですら雑魚って事になる。
女神の地平のゲームバランスはまだ分からないが、ガーベラがこのゲーム内におけるハイレベルプレイヤーなのは間違いないのではないか。
「大丈夫か?」
「おかげさまで!」
「今の戦闘でレベルはいくつ上がった?」
「えーと、3レベルかな」
何もせずにメーターが数回MAXに到達することに恐縮しつつ、ステータス画面を確認する。女神の地平ではパーティを組んでいる相手とは経験値が分配されるようで、行動によって割合は変わるのだとしてもオレみたいな初心者なら一瞬で数レベル上がっていくようだ。
いわゆるパワーレベリングというテクニックではあるが、今回ソレを提案したのはオレじゃなくガーベラの方だった。
「いいの? これって寄生じゃない?」
「いい。私に協力してもらうために必要な事だ。ただ、さっきも言ったが――」
「スキルと能力値割り振りはしないこと、だね」
「ああ。もちろん私の話しを断るのであれば別に気にしなくていい」
ある意味至れり尽くせりだ。
今の時点で既に、オレは本来必要とする長いプレイ時間を大幅に短縮できているのだから。
「じゃあ、一番気になってることを訊くよ。ソロでやってるはずのガーベラがオレみたいなのを誘ってまで目的のクエストをクリアしたいのは何故?」
「一言で説明すると、叶えたい願いがある」
「叶えたい願い?」
これまたファンタジーな回答だったけれど、ガーベラの口調は至って真面目なもので茶化してるようじゃない。
「女神の地平の謳い文句は知っているか? 話している感じだとフウヤはそれなりのゲーマーのようだから、聞いたことぐらいはあるだろう」
「謳い文句って……“女神を救えば、キミの願いが叶う”“この世界を滅びから守るあなたを、私達は待っています”って宣伝のこと?」
それはファンタジー系のゲームにはよくある王道系統のフレーズだった。
知り合いはありきたりと感じていたようだが、オレは嫌いじゃなかった。いや、むしろ好きだといってもいい。
何故なら、その謳い文句には奇妙な都市伝説が付いて回っていたから。曰く、あのメッセージに嘘はなく、女神の地平には願を叶えるナニカがある、と。
「アレは本当だ」
「え?」
「女神を救えば願いが叶うのは、真実だと言っている」
「…………ほんとに!?」
「変わってるなフウヤは。普通は嘘だの冗談だのと疑うとこだぞ」
「そりゃあ、だって、ほら! オレがこのゲームをプレイする目的は、あの噂話を確かめるためっていうのがあったから!!」
興奮が冷めやらない。
こんなにワクワクしたのはいつ以来だろうか。少なくとも現実世界で味わったのはずっと前だったはずだ。
「どど、どうすればいいの? 願いを叶えるためには女神を救い出さなきゃいけないとかそういう話し!? ガーベラはその方法を知ってるんだよね!!」
「……さっきから感じていたが、それがお前の素か? ひとまず落ち着け」
「ご、ごめんなさい……」
「謝る必要はない。警戒してつっけんどんにされるよりずっといいし、大分可愛いく見えるぞ」
「その、さっきまでの話し方は初対面の相手に舐められないようにするためでさ。いつも子供っぽいって馬鹿にされるから……」
「ロールプレイするかは人それぞれだ。仮にフウヤの現実(リアル)がとても可愛らしい女の子で、それを隠すために男口調にしていても気にしないし詮索もしない。現実(リアル)の話題はマナー違反だからな」
そういうガーベラは、オレからすると強くて格好いいイケメンにしか見えない。
いや多分そうだ。凄い人というのは、現実でも凄かったりするのだから。
「話しを戻そう。このゲームにおいて条件を達成すれば願いが叶うのは事実だ。そして、その事実を知る者は願いを叶えるために行動している」
「願いが叶うって……具体的に何をどうすればいいの? 条件を達成する方法は? あ、いや待って! 今のは無し! きっととても大事な情報だろうから、オレなんかに伝えたらマズイ――」
「いい。フウヤに協力してもらうためには必要な情報だろう」
信頼。
その二文字を向けられたようで心が躍る。
オレは、もしかしなくてもとんでもない人から期待されているのかもしれないと。
「願いを叶えるためには女神を救わなければならない。コレはに関しては一定数のプレイヤーが共有している周知の事実だ。問題は、どうすれば女神を救えるのか? その方法や手段が謎だったこと。……少し前まではな」
「じゃあ今は……」
「判明している。正確には私は突き止めたというべきか」
「すごい!」
「その答えが最高難易度のクエスト――レジェンダリー・クエストのクリアだ。クエスト名は『封じられた女神の解放』。言ってしまえばダンジョンの最奥にいるボスを倒せばいいんだが……」
ガーベラが言いよどむ。
それだけの困難が、そのクエストにはあったことは容易に感じられた。
だけどそんな事は、今のオレにとってはどうでもいい。
そう、どうでもよくなるぐらいに、嬉しさが勝っていた。
「ボスを倒すのは私には不可能だったんだ。ボス戦には特殊なギミックが存在して、最低でももう一人パートナーがいないと――――」
「わかった!」
オレが食い気味にOKを出すと、ガーベラの頭にビックリした時のエモートアイコ
ンが浮かぶ。きっとオレの頭上には鼻息を荒くしているアイコンが出てるはずだ。
「今の説明で足りるのか? 伝えねばいけない事はまだ山ほどあるはずだが」
「十分だよ。とにかくアレでしょ。ガーベラはクエストクリアするための仲間が欲しい。オレがその仲間に適してるって話し」
そこに嘘は無いだろう。
でなければ、秘匿すべきクエストの情報を話す理由がない。もしここまで誠意ある態度をしておきながら何らかの罠にハメようとしているなら、それを看破するのは不可能で、そこを気にしたってしょうがない。
何より……オレはもうガーベラのことが気に入っていた。
好き、と言い換えてもいい。ラブじゃなくてライクの方で。
更にモンスターから助けてもらった恩義も上乗せされる事で、断る理由は皆無。むしろ協力できるのなら進んで力を貸してあげたいぐらいだった。
「こっちからもお願いするよ。オレをキミのパートナーにしてほしい!」
「……ありがとう」
ガーベラと硬い握手を交わして、オレ達は相棒の契約を交わした。
開始直後はなんてクソゲーかと思ったけれど、こんな出会いもあるからゲームは面白い。
「じゃあ早速だが、まずはフウヤのレベルを上げるぞ」
「レベリングから始めるんだ。さっきボス戦には特殊なギミックがあるって言ってたけど、それが関係してる?」
「いや、単に今のままだとボスはおろか道中で倒れるだろうから。とりあえず最低限雑魚の攻撃から逃げられる程度にはしておかないといけないんだ」
最高難易度のクエストに挑むのだから、道中のモンスターも当然強力な相手ばかりだろう。ガーベラの提案は何一つおかしくない真っ当なものだ。
「そっかそっか。まあガーベラが一緒なら順序良くレベルを上げるぐらいなんともないよね」
「そうは言っても鍛えるのはお前自身なんだから、そこは肝に命じておいてくれ。女神の地平での戦い方、動き方、考え方も出来る限り覚えておかないと」
「まあ、それぐらいなら」
大変そうではあるが、いずれ身に着けるべき技術と知識なのだ。デメリットは特に感じない程度にはオレもゲーマーだ。
「いずれにせよ一旦町に戻る。そこでフウヤの装備を見繕ってからレベル上げに行こう」
「ありがたいよ。その上でオレのレベルに合ったエリアに行くと」
「いいや? それだと効率が悪すぎるから、最初から経験値がたっぷり入るギリギリの場所でやるぞ。移動も面倒だし、まずはこの黒き森からでいいだろう」
「ちょ」
さらっと言いのけるガーベラに絶句する。
え? つまりオレはこれからレベルを上げるために、一発喰らったらお陀仏のエリアで闘わなきゃいけないと? なんだそのハードモードは。
「待った待った! さすがにそれはやりすぎじゃない? オレが倒れちゃったら元も子もないだろ!」
「大丈夫だ、私が絶対に守る」
ガーベラさん、かっこよすぎか!
「心配か?」
「……まあ、ガーベラが強いのはわかるけど。オレがトチったら嫌だなぁとは思うよ」
「そうか。私は案外イケると思っているがな」
「なんで?」
「それは、私がお前を誘った理由とセットなんだが。まあ、すぐに分かるさ」
「わ、分からなかったら?」
「諦めて死んでくれ」
スパルタすぎる!!
この人、実は他人の生き死にをロクに気にしない人だったり!?
「善は急げ。さっさと拠点に戻って作戦会議をしよう。その後は睡眠が必要になるまで戦うぞ」
「出会って早々にオールナイトする気満々なの?!」
どうやらこの蒼い鎧の騎士さんは、相当なガチゲーマー……もとい廃人のようだ。
オレも似たようなものかもしれないが、意気込みとぶっ飛びぶりでは圧倒的に負けている。
そんな気がした、一日目だった。
/3
「だああああああ!!?」
「シャアア!!」
襲い掛かる大蛇(毒持ち)!
「ひいいいいいい?!」
「ぐるるるる!!」
腹を空かせてる巨大狼!
「あわわわわわわわ!?!」
「ごるぁああああ!」
棍棒をぶん回す四本腕のゴリラ!(?)
そして、
「しっかり避けろよ。避けないとめっちゃ痛いぞー」
必死に逃げまくるオレに対して、メガホンで声を飛ばしてくる鬼畜。
もとい蒼い鎧の騎士ガーベラ。
「痛いとかそういう問題じゃなく、問答無用で死一択でしょこれ!?」
「大丈夫だ」
「どこが!」
「即死級の攻撃を喰らっても、私がなんとかする」
「喰らう前になんとかしてえええええええ!!!!」
殺意満々でオレを狙ってくるモンスターの攻撃を、とにかく避けて避けて、そして逃げる。これのどこがレベリングだというのか! こんなのオレが知ってるレベリングじゃないよ!!
「わあーーーーーーーーーーー!!」
涙をちょちょぎらせながら大声で叫ぶ。
絶賛ピンチなオレの脳裏に、鬼畜なガーベラさんの言葉が蘇る。
『いいか、フウヤ。女神の地平ではモンスターを倒した経験値によるレベルアップする他にも強くなる方法がある』
『同じ分野の行動を繰り返して技能を磨いていくことによって、数字では言い表せない強さが身に付くんだ。隠しパラメーターみたいなものかな』
『フウヤは足が速く、避けるのが上手い。AGI型の能力値も関係はあるが、そもそもお前自身が回避能力に長けている』
『私達がクリアすべきギミックでは、その長所が何よりも必要となる。だから、出来る限りそこを伸ばしていこう』
森の木々にぶつからないよう全力ダッシュをするのは危険が伴う。このゲームにおいては、高所からの落下やオブジェクトへの激突もダメージになるからだ。もちろんソレだけで即死する事は稀だが、モンスターから逃げ回る今の状況では激突時の昏倒だけでもヤバイ。
「が、ガーベラ! ガーベラああああ!! もうそろそろ助けてくれないと、本気で、マズイ気がするんだけどお!?」
「はー、喉が渇いたなっと。ごくごく」
「呑気にお茶飲んでる場合かバカぁーーーーーー!!!」
まさかガチで助ける気がないとか?
いやいや、そんなはずは。
「オレが敬愛するガーベラは、人をモンスター達のエサにして愉悦を感じるような鬼畜愉悦野郎じゃないよねーーーーー?! ぜえ、ぜえ……や、やばい、叫んだら息が……」
「ぐるぁあああああ!!」
「ぎゃーーーー!!?」
迫りくるゴリラ(?)の棍棒。その一振りは余裕で大岩を砕く威力があるため、オレの頭部なんて一発でくしゃりだ。っていうか頭が飛ぶどころか、外国アニメのコミカル表現のようにパンケーキみたいになるだろう。
「そんなのは――ごめんだっての!」
無我夢中で、オレは前方にあった大木に向かってスピードを上げた。
火事場のクソ力というやつかな。人間数人が乗っても折れなさそうな幹がいくつも突き出したその大木の表面に足をぶつける勢いで踏み込む。
「おおおお!!」
走る先は前でも横でもなく、“上”だ。
現実とは異なる世界でなら出来る、っていうかやらないと死待った無し! そんな想いが爆発したのか、オレの小柄な身体はしっかりと大木を両の脚で駆けあがっていた。
「おおおおおおおおっでえい!!」
さすがにいつまでも駆けあがるのは不可能だったため、勢いが落ちて落下する直前に近くの幹へと飛び移る。荒い息を吐きながら見下ろした先には「降りてこいやごらあああ!!」と言いそうな狼とゴリラ(?)が右往左往していた。
「ぜえぜえ、はあはあ……た、助かっ――」
「しゃああ!!」
「ってないーーーーーー!!」
そういえば蛇もいたんだった!
脚が無いこいつにとっては樹上だろうが大して地上と変わんないよね!?
目前で大きく開かれた大蛇の咢が、オレを飲みこみそうな勢いで被りつこうとしたその直後。
ズバババッッ!!
そんな大きな音がして、モンスターが光の粒子に変わった。
おそるおそる地上を確認すると、他のモンスターもまとめて倒したのか。モンスターの残骸の中心で、ガーベラが大剣を振り切った姿勢になっている。
「いいぞフウヤ。その調子だ」
「……な、何がその調子だ、だよ! 危うく死ぬとこだっただろうが!」
「そこは私が助けると言っていただろう」
「助けるならもっと早くして!?」
こんなの残機が何個あっても足りないからね!!
「まあまあ、落ち着け。それよりもやっぱりフウヤはすごいじゃないか、まさかいきなり木を駆け上がるなんて」
「ええ……それのどこがすごいのさ。確かに現実だったらすごいだろうけど、ガーベラだってやろうと思えば出来るだろ」
すごいっていうなら、おそらく範囲攻撃のスキルでモンスターを一網打尽にしたガーベラの方がずっとすごいだろう。そういう認識で口にした言葉に対して、ガーベラは首を振った。
「出来ない」
「出来ない……って、冗談でしょ?」
「冗談なものか。重い鎧と剣を装備している私が、そんな身軽な芸当が出来るはずがないだろう」
「重量の問題ってだけじゃ……」
「違う。それはお前の誇るべき長所だフウヤ」
「長所?」
「少なくともニュービーの時点で木を駆け上がるなんて軽業は、私が知る限りお前しか出来てないよ」
「ほ、ほんとに?」
「ああ。正直驚いてる」
……どうしよう。
なんかストレートに褒められて、とんでもなく嬉しい。
「もしかしなくても、お前なら案外早く出来てしまうかもしれないぞ」
「え、え、出来るって何が」
「それは後のお楽しみだ。ゲーマーなら先が分かっているのは面白くないだろう」
表情こそヘルムで見えないものの、ガーベラは愉し気だ。
もしかしてこの先には余程面白いものが待っているのだろうか。
「よし、それじゃあ適当にモンスターを連れてこよう。次はさっきの倍に数を増やすか? 敵に囲まれた分だけ回避値は落ちるが、まあフウヤならなんとかな――」
「一匹! まずは一匹だけでお願いします!!」
「分かった、じゃあ一匹増やして四匹にしよう」
ちがーーーーう!!
オレが言ったのは一匹増やしてじゃなく、一匹だけにして欲しいだよ!!
慌ててそう告げようとしたが時すでに遅し。
ガーベラはあっという間に新手のモンスターを見つけてきて、オレにけしかけた。
「これってモンスターPKじゃないの!?」
「PKされてないんだから違う」
そんなこんなで無情なレベリングは続き……オレのレベルは爆速で上がっていったのだった。
/4
「今度はダンジョンで闘うのかぁ。それもオーソドックスな地下迷宮タイプ……」
「こういう場所は嫌いか?」
「どっちかってゆーと落ち着くかな。ゲームでは昔からある王道の冒険場所だからね、トラップの類は勘弁してほしいけど」
以前ダンジョン物をプレイしていた際。調子こいてずんずん進んだ結果、持っていたアイテムと装備の大半をロストしたのは軽くトラウマなんだよね……。ほんとあの時のショックときたら、二度と味わいたくないものだ。
「ハッハッハッ、私もトラップにはいい思い出がないな。だがこのダンジョン程度のトラップならどうにでもなる、安心しろ」
ガーベラさんの安心感、半端ないです。
この人って実はなんでもできるスーパーマンか何かなんだろうか。
「具体的にはどうやってトラップの対処を? あ、もしかしてシーフ的なスキルを持ってるとか」
「知恵と経験」
「……それは、簡単には真似できそうにないね」
「フウヤもすぐに出来るさ。ダンジョン内にあるトラップの情報を全部覚えるだけだから」
あっさり言ってのけたが、この人本気か?
トラップの情報を全部覚えるとか頭の良さとは別にどんだけの記憶力が必要なんだって話だ。
「それに今回の目的はダンジョン踏破じゃない。一番の目的はフウヤ用のレア装備、第二に更なるレベリングだ」
「『風羽のブーツ』かぁ。ドロップ率どれくらいなんだろ……」
風羽のブーツ。
それが今回このダンジョンに出向いた最大の理由だ。
ガーベラの説明によれば、AGIや移動速度を上昇させる効果があるこのレア装備はほとんど売買される事は無く、自力で入手するしかない。また入手のためにはクエストクリア報酬ではなく、今いるダンジョンにしか出現しないモンスターのレアドロップしかないのだとか。
オンラインゲーム系のレアドロップは物によって何万分の一なんて入手率も普通にあるため、強い運が必要だ。出なければやる気と根気、あるいは執念と根性と言い換えてもいい。
「ドロップ率なんて気にしなくていいぞ。絶対に手に入るから」
「え? もしかして何か秘密のコツがあったりする?」
「あえて言うなら“出るまでやる”かな」
それコツっていうか、ただの出るまで引くから必ず出るし精神のガチャだよ!
「なに、経験値がとても多いがすぐ逃げる超硬いスライムを仲間にするより楽だ」
「あ、オレもあのゲームは好き」
「フウヤにはあいつみたいに活躍を期待してる。そのためのキャラビルドだろ?」
「逃げ足と回避率が高いのは同じだけども」
防御力と皆無なのはどうしろと?
まあ、以前と違って攻撃力はある程度はある分マシかなぁぐらいでしょ。
なんて不安な部分はあるものの、攻撃力に関してはガーベラがすべてを担ってくれるためオレが気にしてもしょうがない。単純に考えてこの人の攻撃はオレの何倍も強いのだ。
なので、さっきからちょいちょいモンスターと遭遇しても。
「フッ!」
「ぎょはぁ!?」
全部一撃で倒しているのでオレの出番はない。
あれ、オレって役立たずのお荷物じゃないよね? いるだけ足を引っ張るとかパーティを組む意味がなくなってしまう。
「今はそれでいい。フウヤにとって厳しすぎるエリアに連れて行ってるのは私だし、お前にレジェンダリークエストで活躍してもらうためにココにいるんだから」
「な、なるべく早く強くなるから!」
「その意気だ。頼りにするぞ」
そんなこんなで決して広くはない通路を進んでいる内に、ちょっとした開けた場所に到着する。天井に覆われていて空は見えないが、コロッセオのような形状をしたフロアはお目当ての装備を落とすモンスターの出現場所だ。
客席の上の方に相当する入口に出たガーベラが指をさしたのは、中央にあるバトルフィールドである。
「あそこで構えていれば、あちらこちらから勝手にモンスターが出てくる。わざわざこっちから探しに行く必要がなくて楽なんだ」
「効率的だなぁ」
その分、危険も多いはずなんだが。それを口にしたところで「何か問題が?」と返されるのがオチだろう。ガーベラが廃人プレイを息をするようにやってるのは短い間で分かりきってる事だ。
「色んなモンスターが出てくるが、それは気にしなくていい。私が全部倒す」
「どっからくるのその自信」
なお、オレのツッコミは無事スルーされた。
「ただ、フウヤには優先して倒して欲しいモンスターがいる。名前は猫騎士ピアースといって、細剣を装備したネコのような姿をしていて一目でわかるはずだ」
「長靴をはいた猫か何か?」
「そのネタが分かるなら大丈夫だな。ただ、猫騎士ピアースは動きが素早いので攻撃を当てるのが難しい。特に私みたいなのは、な」
「なるほど。じゃあその猫に関しては――」
「ああ、素早いフウヤが積極的に倒してほしい。今のお前なら比較的余裕で倒せるはずだ――攻撃が当たればな」
改まった説明で、オレはしっかりと把握した。
つまりこれから始まる戦闘は、レベリングやレアドロップだけではなくオレの成長度合いを確かめるテストも兼ねているんだ。ここでやれなければレジェンダリークエストクリアなんて出来やしない、と。
緊張で足が震えそうになるが、これまで受けて来た鬼畜のしょぎょ――もといレベリングで得たものが、しっかりとオレを支えてくれる。少なくともやる前から諦めようなんて決して思わない。
「ガーベラに鍛えられた分の成果ぐらいは見せないとね」
「その意気だ。……そうだ、もっとやる気が出る事に期待してちょっとしたボーナスでも設定してみるか」
「ボーナス?」
「もし今日中に風羽のブーツをドロップしたら、何かお願いを聞いてやろう。なんでもいいぞ」
「なんでも!?」
え、聞き間違いじゃなく?
いまなんでもって言ったよね?
「一応言っておくが、あんまり馬鹿なことは考えるなよ?」
「大丈夫だよ、そんなことしないって」
全ての装備を脱いだ状態で一人組体操して欲しいなんて、ぜーんぜん馬鹿なことじゃないことをちょっと想像しただけだよ。もちろん言わないけど。
「んっ、きたぞ」
「よーし! やってやるぞーー!!」
無駄に気合が入ったところで、動物っぽいシルエットをしたモンスター達が通路から飛び出してきた。それに対してオレ達は並びたち、駆けていく。
ガーベラが一気に敵を薙ぎ払う。
薙ぎ払いを持ち前の素早さで回避はしたものの、体勢を崩した猫騎士ピアースを狙うのがオレの役目だ。
「さっさと靴を落とせ猫ぉ!!」
「ニャニャ!?」
こうして。
レアドロップ目指して、オレ達の長い長い戦いが始まった――。
はず、だったんだけど。
「え、えぇ~…………」
今、何日かかってもいいように覚悟を決めていたオレの手元には、翼の紋様が刻まれた緑色の靴が乗っていた。
「……………これは、驚いたな」
廃人ガーベラさんも予想外すぎたのか、ストレートに驚愕しているらしい。
ものの数十分で猫騎士ピアースが落としたコレをGETしたオレの驚きようはその何倍も上だ。
「こ、これがお目当てのレアドロップ……」
「正確には、狙ってたものとは違う」
「え、でも風羽のブーツって猫騎士が落とす緑色の靴なんじゃ?」
「そういう意味では間違ってないんだが……ふふっ、おめでとうフウヤ! どうやらお前は相当な幸運の持ち主のようだ」
手放しに祝福してくれるガーベラがちょっと気持ち悪い。いつもだったら敵の攻撃を紙一重で回避しても「それじゃ遅い、もっと早く避けないと死ぬぞ!」と言うヤツなのに。いやまあいつもじゃないけど、こと戦闘においては蒼い鎧の騎士は大変厳しいのだ。
そんな騎士様がどうしてご機嫌なのかというと。
「一応調べてみるから渡してもらえるか」
「ああ、うん」
「どれどれ…………うん、やはりそうだな。おめでとうフウヤ」
「さっきから凄い嬉しそうだけど、そんなに短時間でドロップしたのが嬉しいの? いや、そりゃあお目当てのレア装備がこんなにあっさり出たんだからオレだって嬉しいけどさ」
「なんだ、あまりの衝撃にこの靴を入手した実感が沸かないのか? お前こそ最も喜ぶべきだと思うのだが」
「???」
「この靴は風羽のブーツに似ているが、もっと良いものだ。名を光風翼(こうふうよく)のブーツと言って、風羽のブーツの上位互換にあたるレアもレアな激レア装備だぞ」
「ええええっ!!?」
レアもレアな激レア装備!!
なにそれ知らないんだけど!!!
「私も実物を手にしたのは初めてだが、間違いない。装備補正値もそうだが、付属の特殊効果が強力だ。ある意味最高級のレア装備だよ」
「ど、どどど、どうする、どうするそれ! 売る!? 売っちゃう!?」
「落ち着け、売るよりもフウヤが装備した方がずっと役に立つ。早速装備して確かめてみるといい」
「お、おお」
言われるがまま、戻ってきた光風翼の靴を装備画面の防具欄にセットする。
するとアバターの脚部に緑を基調に金色の紋様が入った靴が出現して、素早さに関係するステータスが軒並み上昇する。
「うわ! やばいねコレ。何レベルか上げて上昇するステータス分ぐらい補正があるじゃないか」
「そうだろそうだろ。だが、その靴の良いところはソレだけじゃないぞ。付属の特殊スキルを起動してみろ」
「この“光翼の加護”ってヤツ?」
ガーベラに教えられたスキルをONにすると、靴の左右から小さな羽のようなものが生えて身体が軽くなる。まるで地面から浮き上がったかのようにだ。
「おおおおお!?」
「その靴の固有スキルはONとOFFを切替えられるパッシブ型でな。発動中はAGIに関係するパラメータの多くに更なるブーストがかかるんだ」
「わっ、わっ!」
身体の重さや動かす感覚が変わって、手足をばたつかせながらなんとかバランスを取るオレ。傍目から見れば何を遊んでいるんだと怒られそうだが、本人は至って真剣なのだ。
「まあ、制御が難しいらしいから多用は出来ないだろうがな。フウヤだったら多少訓練すればある程度使えると思うが油断は禁物――」
「あ、なんとなく分かったかも」
「はやいな!?」
「ちょっと見ててよ。多分こんな感じに……」
やや前傾姿勢をとりながら、勢いよく足を踏み出す。
スタートした段階から自身のトップスピードに近い加速を味わいながら、オレは闘技場の端から半分ぐらいまでを高速で移動できていた。なんだこれ楽しいぞ!!
「いいねコレ! ブレーキが特に難しいけど、練習すればもっと普段どおりにいけると思うよ!!」
「…………ハハハッ、それは朗報だな」
少しだけ奇妙な間を置いたガーベラが拍手を贈ってくれる。
その間が気になって元の位置に戻ってから「どうしたの?」と尋ねると、答えはすぐに返ってきた。
「いやなに。本当に幸運だと思ってな」
「ああ! そうだね、まさか欲しい装備よりも良いものが手に入るなんてさ。誰だって想像できないよ」
「それもあるが……幸運は別のところさ」
「別?」
「私はいま、フウヤ。お前にこの世界で出会えたことを本当に幸運だと感じたんだ。ここまで良いパーティメンバーに、このタイミングで出会えたのは……きっと神の思し召しだ」
「大げさだよ!」
そんな風に言われてしまってはコッチが照れてしまう。
何より幸運の出会いという意味ではオレの方が上だ。ガーベラに出会えた時の嬉しさでは負けていない。
「ああーもう、ちょっと変な気持ちになったから少しその辺を走ってくるよ。この靴の性能チェックも兼ねてね!」
「あまり遠くへは行くなよ。モンスターに囲まれて死んだら目も当てられない」
「お母さんか!」
冗談めいたやり取りをして、オレはコロッセオの二階席に向かって跳躍する。以前なら危なっかしく感じるそれなりの距離と高さも、光風翼の靴の効果によって格段に楽になっている。
これなら回避力だけでなく、垂直の壁を走る時間も延長できそうだ。初心者プレイヤーには過ぎた代物な気もしたけれど、ビギナーズラックという事でありがたく使わせてもらおう。
「あ、でも二人で倒した敵からドロップしたんだから半分はガーベラの物か」
ソロなら何の問題もないが、パーティを組んでいるのであればメンバーにも何かしら分け前があって然るべき。大抵は同じレベルの物があれば欲しい人が受け取って、ドロップ品で賄えないなら金銭で分配することになるけど。
「ガーベラはオレよりずっとお金を持ってるだろうからなぁ。そうなると、今度ガーベラが欲しい物が手に入ったら無条件で渡す辺りが無難かな」
散歩から帰ったらガーベラにそう提案してみよう。
オレに異論はないし、きっとガーベラも問題ないと言ってくれるはずだ。
「まあ、そんな簡単に廃人が欲しがるアイテムが手に入るとも思わないけど、っと」
気づいたら、古びたコロッセオのエリアから別エリアへの入口までてきていた。考え事をしながら移動していたが、この機動性に文句の付け所はないのも分かった。あとは訓練次第で更なる使い道を探せば、もっと役に立てるだろう。
「そろそろ戻ろうか」
今度は行きよりも速く帰れるかチャレンジだ。
そう考えながら足を踏み込もうとした時。
「――――もうすぐ着くぞ。猫のモンスターを見逃すなよ」
こちらに向かってくる、誰かの声が聞こえて来た――。
/5
一旦隠れようにも現在地は一本道の通路で逃げ場もなく、引き返す時間もないまま相手の姿が見えてくる。
男四人組のパーティだ。装備からして、少なくとも今のオレよりもレベルは上だろうと判断できる。
ふぅ~、モンスターじゃなくて良かったあ。
そう思ったのも束の間、相手の顔をしっかり確認したところで己の不運を呪ってしまう。
「うお!? ……って、なんだ先客か」
「んお? リーダー、こいつって少し前の……なんだっけ」
「そこまできたんなら忘れんなよ! こないだ会っただろ、ほらあの弱そうなニュービーだよ」
「んだんだ」
先頭の一人がオレに気付いたのを皮切りに、三人組がそれぞれ声をあげる。
いっそ忘れてくれていたら軽い挨拶だけで済ませられた可能性もあったが、さすがに三人もいたら覚えているのもいたらしい。
オレがこのゲームを始めてすぐに出会ったPKパーティ。
なんで二度と会いたくないこいつ等とまた出会うハメになるのか。
「こんにちは。もしかして誰かと間違えてませんか? あなた達と会ったのはコレが初めてですよね」
「ああ? 間違えるわけねえだろナメてんのか」
「待て待てリーダー、いきなりケンカ腰になるなよ。ワンチャン人間違いかもしれないぞ」
「なんでだよ」
「普通に考えたらさー、ゲーム始めたばっかのニュービーがこんな要求レベルの高いダンジョンに居ないんじゃねって話」
「んだんだ」
「……それもそうだな」
おや、もしかしてこのまま誤魔化せるかも?
「いや、悪かったなあんた。ちょっと知り合いに似てたもんでな」
「いえいえ別に構いませんよ。それじゃあ僕はこれで!」
なるべく自然に来た道を戻っていく。
ある程度の距離ができたら一気に走っていこう、そうしよう。
などと淡い期待を抱いたはいいが、いきなり初心者にPK仕掛けてくる連中は考えることが斜め上だった。
「リーダーリーダー。あいつの脚、見てみ」
「あしぃ?」
「アレ……激レア装備じゃね? 前にものすごい金額で取引されてた」
「あー……金が絡むとお前の記憶はめちゃくちゃ良いからなぁ」
明らかに連中の目の色が変わっていく。
視線が集中した先は、オレの装備している足装備だ。
「よし、行くか! 撃て撃て!!」
「そんな近所のコンビニに行くノリで遠距離攻撃してくんなよーーーーー!!?」
想ったことをシャウトした直後、矢やらナイフやら魔法やらがすごい数でビュンビュンと体をかすめた。逃げるのが遅かったら蜂の巣になっていたに違いない。
「逃がすな追え追えーーー!!」
「ヒャッハー! 今日はツイてるぜ、極上のカモが激レア装備とセットできてくれるなんてなあ!!」
「んだんだ!」
「お、お前ら人から物を奪うのはやっちゃいけない悪いことだって教わらなかったのか!?」
「ゲーム上で禁止になってないんだから、やっちゃいけない事じゃありませーん!」
「僕達は誰よりもゲームを楽しんでるだけでーす、PKでなぁギャハハハ!!」
「んだんだ!」
「くっそお、やっぱりPK連中にはロクなのいないな! 格ゲーの初心者狩りより性質が悪い!!」
「強者が弱者にやられるのは世の常だろぉ~~ん!」
「オレは優しいからチャンスをやってもいいぞー。持ってる金目のモンを全部置いてくなら命だけは助けてやってもいいぜぇ。運がよけりゃあモンスターに出会わずダンジョンを抜けられるってもんだ、千回に一回ぐらいでな!」
「んだんだ」
「だあーーーーー!!?」
オレより長くこのゲームをプレイしてるであろう奴らの実力は、上も上。人数も向こうが多いとなればまともにやって勝ち目があるとは思えない。
よって、とにかくやるべきことはカッコ悪いが“逃げ”の一手しかない。
幸いなことに装備のおかげもあるのか、オレの方が多少は足が速いようで徐々にPKパーティとの距離は開いていく。
「んだあの野郎! 思ったよりもずっと速えな!?」
「あいつAGI特化ビルドか? 今時そんなすぐ死ねる能力値振りしてるとか、バッカじゃねえの!」
「んだんだ」
「おい、バフくれ!」
「んだんだ!」
「そいつバッファーだったの!?」
ずっと「んだんだ」言ってるだけかと思っていた最後方の三人目が杖を掲げると、追ってきている全員に緑色の光エフェクトが発生して速度が上がる。それによりお互いの速度はどっこいどっこいになった。
「待てーーーー!!」
「待つわけないだろーーーーー!!!」
とはいえこのままでは埒があかない――というか、こっちが不利!
いつモンスターに出くわすかも分からないし、相手にオレを妨害するタイプのスキルがあったっておかしくない。
さすがにいつまでも一本道が続くわけでもなく、時には分かれ道を右へ左へ進路変更してはいるものの、相手が諦める気配はない。飛んでくる攻撃の量も増して、油断したらクリーンヒットしかねない勢いだ。
「落とせ激レア装備を!!」
「人をレアドロップモンスター扱いするよなあ!!」
素早さ極振りの能力値にかこつけて、大して広くもない通路の壁や天井を縦横無尽にバウンドするボールのように移動することで攻撃を回避、回避、回避。とにかく避けまくりながら、先へ先へ。
せめてコロッセオのエリアまで辿りつければ、隠れるところのひとつやふたつはある。そこでやり過ごせればよし。もし無理でもガーベラと合流できれば、ひとりでいるよりずっとマシ――。
「え!?」
頼りになる蒼い鎧の騎士を思い出していたら、前方からこっちへ向かってくるガーベラその人が目に入った。もしかしなくても助かったかもしれないと、気が緩む。
「ガーベラ!」
「おお、良かったフウヤ無事だったか。叫び声が私のところまで聞こえて来たから、てっきりモンスターに出会ってピンチに――」
「ピンチもピンチ! 後ろからPKする気満々のやつらに追われてる!」
「……任せろ」
オレの言葉で状況を理解してくれたガーベラが、重々しい大剣を地面に突き刺して敵を迎え撃つ体勢をとる。慌ててブレーキをかけたものの、急には止まれなかったオレは勢いを殺しきれずにゴロゴロと通路を転がってしまった。かっこわるっ。
頭をふらつかせるオレが起き上がった時には、ちょっと離れたところでガーベラとPK三人衆が対峙していた。
「て、てめえは……ジュデッカ!? なんでこんなとこに居やがるッッ」
「誰かと思えば、お前たちか……。性懲りもなくチンケな盗賊プレイとはな、この間見逃してもらった時に言っていた言葉をもう忘れたか?」
――ジュデッカって、なに?
PK三人衆のリーダーが口にした言葉は初めて聞いたが、ガーベラに向かって言ったらしい。
「そうか分かったぞ! ジュデッカてめえ、今度はそいつを都合よく利用しようっつー腹だな!? 使えるだけ使って、いらなくなったら切り捨てるんだろ!!」
耳を疑った。
一体このリーダーは何を言い出すのか。まったく白々しい。
けれど、そいつのうるさい声は続いた
「ニュービーに目をつけるってのもさすがだぜ。てめぇの悪行は女神の地平にいるプレイヤーはみーんな知ってるからなあ。てめえと好んで組むのなんざまともじゃねえ、誰も彼もがどこかイカれてるのばっかりだ」
「…………」
「目的のためなら仲間も切り捨てる。そうだよなあ、元々そのつもりでパーティを組むんだからよぉ。で、今回はそこのラッキーボーイの装備が狙いか? その靴なら相当いい値がつく。ぼっちプレイヤーには喉から手が出る収入源ってわけだ」
「……言いたいことはそれで終わりか?」
静かに、ガーベラが地面に突き刺していた剣を抜いて構える。
その言葉の端々には苛立ちと怒りが滲み出ていた。
「おい! そこの後ろにいるヤツ!! そこに居たら一振りでお陀仏だ逃げるなら今の内だぜ?! てめえの前にいる鎧野郎は目的のためならなんでもする輩だ。それに比べてオレ達なんて可愛いもんさ! 仲間殺しに比べりゃあなぁ!!」
仲間殺し。
その意味するところは、ガーベラが仲間をその手にかけたという事なのか。ただ今のオレにはその真意は測れない。
ひとつだけ言えるは、ガーベラがPK三人衆の言葉を否定しない事だ。それはつまり、本当にやったかもしれないという事実に繋がるのかもしれない。
無言で、ガーベラから距離をとる。
「フウヤ……」
名前を呼ばれても返事はしなかった。
ただ黙って後ろに下がっていくオレを、ガーベラが呼んでいるというのに。
胸の鼓動がうるさい。ドクンドクンと、まるで大きく緊張しているかのようなリアリティあふれる感覚が止まらない。
だから、というわけではないが。
この場に居るのがたまらなくなったオレは――――。
「ああああああああ!!」
湧きあがる激情に身を任せて、トップスピードで走り出した。
後ろではなく前へ。
ガーベラの横を駆け抜けて、この気持ちをぶつけるために跳躍する。
「は?」
「このっっ、くたばれPK野郎―――――――!!!!!」
AGI特化のステータスにレア装備の補正、あらゆる速さに関係するステータスとスキルを全乗せした跳び蹴りが炸裂! 完全に油断していた相手はその蹴りを受けて、後ろにいた二人を巻き込みながら後方へと吹っ飛んでいく。
「ぐはああああ!!?」
よほどオレの怒りが強かったのか、はたまた激レア装備の影響か。
通路の突き当りまで吹っ飛んだ三人はすごい音を立てながら壁に激突。壁をぶっ壊しながら、反対側の通路までの道を開通させていく。
それでもオレの気持ちは収まりきらなかったため、喉の奥からせり上がってくる。
「いい加減こと言うな!! ガーベラがオレを利用するために、使い捨てるつもりでいるだって!?」
頭と腹の奥がぐつぐつと熱い。
こんなに怒ったのはいつ以来だろうか。
「このゲームを始めたばかりのオレをPKしようとした連中の言う事なんか信じられるわけないだろ! ガーベラはオレの恩人なんだ、ふざけたことばっか言ってるともう一発お見舞いするぞわかったか!!?」
返事はない。
気絶でもしているのか。はたまたダメージが大きすぎて声も出ないのか。
「なんとか言ってみろ!!」
反応がないことに腹を立てて、追撃でHPを全損させるつもりで歩き出す。
そんなオレの肩を力強い手が引き留めた。
「フウヤ。もういい」
「良くない! ガーベラはもっと怒っていい!」
「お前の一発でスカッとした。だから十分だ」
「で、でもさあ!」
「私達の目的は下らない連中の相手じゃないんだ。あいつらが本気で戦ってきたら、お前は余計な怪我をするだろう。それは望むところじゃないだろう?」
「……」
「さあ、ダンジョンから脱出しよう」
ガーベラが紙片のような脱出アイテムを使用すると、周囲の風景が一瞬だけ白黒のモノクロカラーに変わる。気づいた時にはオレ達はダンジョンの外へと出ていた。
「はぁ~……やっちゃった」
今更ながら自分の行ないにビックリしつつ、へなへなと地面に座り込んでしまう。元々ああいった手合いは非常に苦手な部類で、普段なら震えて声も出せないような相手なのに……我ながら大胆な行動になってしまった。
「フウヤ、今日はもう終わりにしよう」
「ああ、うん。OK、了解だよ」
「その……すまなかったな」
「え?」
「私の事で、余計な心労をかけてしまった……」
「ガーベラが気にすることじゃないよ。悪いとしたら全部あいつらのせいさ」
「そうじゃないんだ、フウヤ」
冷たい風が吹いたかのように、ガーベラの静かな言葉が通り過ぎていく。
「あいつらの言葉は嘘じゃない。私は……お前を利用しているんだ」
「えっ」
「もう、私とは会わない方がいい」
「ちょ、ちょっと!?」
「……すまない」
フッ、と。
ガーベラの姿が目の前から消えた。同時にパーティが解散され、ガーベラの名前の横にあるアイコンが“ログアウト”を示す色に変わる。
「……ガーベラ、どうして……なんでそんなこと言うんだッ」
疑問に答える声はなく、後にはただ痛い程の静寂だけが残されたのだった。
/6
最後にガーベラと別れた日から数日が経った。
オレは以前と変わらずに毎日ログインしていたけれど、ガーベラが姿を現す気配はない。
まさか本当にあれだけで会えなくなるの……? 振り払っても浮かび上がってくる不安が消えない。そんなバカなと思いつつも、それがありうるかもしれないと考えてしまうのはオレがネガティブだからなのだろうか。
「ガーベラ……何してるんだよ」
空中に浮かぶウィンドウに表示されたフレンド画面を見ながら呟く。
ガーベラのログアウト表示に変わりはない。二十四時間張りついているわけではないけれど、廃人のガーベラがここまでログインしない事は今まで無かった。
普通に考えておかしい。うん、おかしすぎる。
どう考えてもあの騎士様はゲーム世界で生きてるといっても過言ではない類いのプレイヤーなはず。なのにここまでログインすらしてないなんて。
「まさか引退……いやいや、そんな馬鹿な」
あーでもないこーでもないとうんうん唸りつつ、最早日課になりつつあったレベリングは続けている。ガーベラがいないから無茶はできないが、自分が倒せるギリギリのモンスターを相手に経験値を稼ぐのは怠っていない。
スパルタに鍛えられたおかげで、今のオレは黒き森のモンスター程度であれば集団で囲まれでもしなければなんとかなるレベルに到達していた。光風翼の靴に関しても大分使い慣れてきており、練度は格段に上昇してるといっていい。
その恩恵に預かりながら、大木の枝から別の枝へと飛び移る。特定のモンスター以外は高い木の上まで登ってこれないため、あえて曲芸じみた難しい動きをする余裕すらあった。
「ほっ。とっ。ハッ!」
跳んで、飛んで、遠くへ翔る。
三段ジャンプをするかのように、空中を滑るかのように。
早くガーベラに成果を見せたいと、そんな想いを密かに抱えながら。
「ふぅ……とりあえずメッセージだけは送っておこ」
-
ガーベラへ。
このメッセージが届いたら返事をください。
あんなやつらの言うことなんか気にするな! オレはガーベラの事だけを信じてるから! 一緒にレジェンダリークエストを攻略しよう!
っていうか、とにかくもう一度会って話がしたいんだよよよよよ!!
-
何十回目になるかわからないメッセージを送信する。
念の為、そこにはオレがリアルで使っているアドレスも付けてだ。ネットリテラシーなんか今はどうでもいい。これでガーベラが返事をくれるなら……。
そんな想いが届いたのか。
ある日の夜。見たことがないアドレスからフウヤ宛てのメッセージが届いていた。
現実のオレに対してその名を使う人物は一人だけしかいない。
ただ、内容は奇妙なもので。
とある喫茶店の名前と、日付と時間だけが書かれていた。
ココで会うつもりだと仮定しても、なんでリアルでわざわざ???
普通ならそんな風に考えるところだろうけど、オレはその理由に心当たりがあったのですぐに出かける準備が出来た。
その理由とは、
――VRオンラインゲーム女神の地平に付き纏う謎のひとつ。
女神の地平というゲームにおいて、あらゆる情報の交換はインターネット・SNS・アプリ等を使ってすることは基本的に不可能。
秘匿性と情報の価値を上げるだけで、不便極まりない不思議なルール。
破ったからといって罰則が発生するわけではないだろう。だけど気になるのは、この理由を持ち出しているのが女神の地平を生み出したゲーム会社そのものだって事。
もし破ったら、ゲーム攻略に支障が出るレベルのペナルティが発生する?
あるいはゲームそのものがプレイできなくなるのか?
真相は分からない。
変に真実味があるのは、女神の地平についてネット上で調べても簡単な概要とタイトルしか分からないからだろう。どんなゲームであれ発売日以降は何らかの情報であふれるネット社会においては信じられない現状が、噂が噂を呼び、謎に拍車をかけている。
そのせいで女神の地平のプレイヤー達は情報交換のハードルが高い。
最も単純でも実行するには難がある、“リアルで直接会う”方法が要求されるためだ。
メッセージを貰った二日後。
現実のオレは、指定されたカフェに指定時刻の三十分前に到着していた。
「ここか……」
家にいる時間の長いコミュ障気味の十代が入るには勇気がいる、大人でシックな雰囲気があるカフェ。その一番奥の席が指定された場所。
そこには誰かが座っており、もしかしなくても絶対遅刻しないよう早く着すぎたのが裏目に出たかと内心慌ててしまう。それもこれも席に座っているのがガーベラかどうかの判断がつかないからだった。
待ち合わせ場所に座っている人が、ガーベラである保証はない。待ち合わせ前なら他の人が座っていてもおかしくないのだ。
って、今更気づいたけど向こうもオレがどんなヤツかわからないんじゃ。
やばい、待ち合わせとしては穴がありすぎるじゃないか!? どうしようどうしよう。
一度慌てるとリカバリーが難しい。
このままだとお店の入口でぼっ立ちしている変なヤツになってしまう。その前に行動を起こさないとマズイ気がしてならない。
「御一人ですか?」
キョドっているオレに声をかけてくれたのは、カフェの女性店員さん。
「いや、えっと……このお店で待ち合わせをしてて。一人じゃなく、最低でも二人になるといいますか」
「これは失礼致しました。ご予約のお客様のお名前をよろしいですか?」
「え”」
よ、予約だって?
お名前を言われても、向こうが現実の名前で予約していたのならオレにその名前が分かる術はない。
ああもう、こうなったら言うだけ言ってみよう。
やけっぱちにオレは会いたい相手の名前を口にした。
「が、ガーベラで……名前はありますか」
「ガーベラ様ですね。それではこちらへどうぞ」
通じた!?
ありがとうガーベラ! キャラクターネームで予約してくれて助かったよ!
救われた気持ちになりながら店員さんに付いていくと、カフェの奥にある扉をくぐってさらに奥にある個室へと辿りつく。
こういうお店もあるんだな~なんて気の抜けたことを考えながら、個室のボックス席に座る。すると、何故か店員さんが向かいの席に腰かけた。
意味が分からず、頭の上をハテナマークが乱舞する。
え、何? もしかして何かのサービス???
「あの……?」
「どうかなされましたか」
「どうかされたも何も、なんで店員さんが座るのかって話しでは?」
素直な疑問をぶつける。
すると、接客として大変いい出来栄えだったにこやかなたれ目スマイルが、
「なんだ。待ち合わせをしている相手が座ったら問題でも?」
切れ長のツリ目へとトランスフォーム。
口調も様子も、明らかに客にする態度じゃない凛々しいものへと変化していく。
「え、いや!?」
「カフェではお静かにお客様」
「もしかしなくても、き、キミが、ガーベラ……?」
「ああ、こうやって会うのは初めてだな。現実のフウヤがお前みたいなヤツだったとは、まったく驚いたぞ」
それはこっちの台詞だ。
大体、店員ならあらかじめそう言っておいて欲しいし。
いや、いや違う。それよりも何よりも、オレが驚いたのは別のところだ。
そう、それは。
「ガーベラって、女の子だったの!!!??」
それに尽きる。
なお、このあとすぐにオレの口を塞いだのはでっかい大剣を振り下ろすように強襲してきた彼女の鉄拳だった。
/6.5
「フウヤは失礼にもほどがある。さっきの発言はさすがの私でも深く傷ついたぞ」
「ごめんなさい……」
頭をさすりながら何度も謝ったが、目の前にいる女性はご機嫌斜めのまま。
全面的に自分が悪いとは思う。だけど、こっちだって間違えるのは仕方ないと考えるのは言い訳なのか。
あんな全身鎧で顔も見えないし口調も男っぽかったのだから、完全に女性かどうかなんて気にしてなかっただけなんだ……いやほんとに。実際にリアルで会ったら、両腕でむぎゅっと持ち上がった胸が強調されていやでっかいなじゃなくて、顔も相当美人だぞこの人どうなってんだ一体。
「おい、おいってば」
「は!?」
「やっと反応したか。まったく何を考えているか知らんが、無視は良くない」
「あなたにどう謝ればいいか考えてました!」
まさか美人すぎて見惚れてたとか言えないよね! そんな半分でまかせな発言を彼女は信じてくれたらしく、ようやく怒りを収めてくれた。
「もういいよ。今日はそんな話をするために来たんじゃないだろう」
「……はい」
「まずは……そうだな。私はお前にこうするべきだ」
そう言った彼女は何の躊躇もなく、深く深く頭を下げた。
テーブルに頭が突きそうな程に、大きく気持ちをこめた謝罪として「すまなかった」と言ってくれたんだ。
「大した連絡もせず、一方的な物別れになったのはこちらの落ち度だ。こんな場所まで足を運んでくれた事も含めて謝りたい」
「そ、そんな! いいんですよ、そこまでしてもらわなくたって」
「言わせてくれ。そして、許されるのであればキミが納得するまで話しをさせて欲しい。私にはその責任があると思うから」
いきなり会えなくなった事情が知りたいオレとしては、彼女の話は望むところでしかない。ただそれは、こんな重苦しい雰囲気の中でしたいものじゃないんだ。
だからオレは、こう返事をした。
「顔をあげてください。えっと、ガーベラさん……でいいですか?」
「さんもいらないし、敬語も不要だ。ここで本名を教えても構わないが、お前の呼びたいようにしてくれ」
「じゃあガーベラって呼ぶから、そっちもいつもどおりにしてよ。本名は必要だったら教えてくれればいい、その時はオレも教えるから」
「わかった」
場を仕切り直したところで、早速オレは聞くべきところから口にし始める。こんがらがっていて上手く話せるとは限らないが、きっとガーベラはそういうものこそ応えるために、こうして会ってくれたのだろうから。
「なんで……いきなり会わなくなったのさ」
「そうすべきだと思ったからだ。私は、お前を利用していた……そんなヤツとこれ以上一緒にいるべきではないと」
「どうして……? オレが一緒に居たくないなんて、一回でも言った?」
「レベリング中に似たような発言をしてたと記憶してるが」
「それ絶対意味合いが違うからね!? ああもう、茶化さないでもっとちゃんと話して! ガーベラはあのPK連中の戯言を気にした、そうだろ!?」
「本当のことだ」
「嘘だね」
「どうして言い切れる」
「あいつらの言葉が正しかったとしたら、ガーベラがオレみたいなのを仲間に誘う理由がない。大体レジェンダリークエストなんて秘密の情報を渡す時点でデメリットが大きすぎない? 仮に嘘だとして、長い時間をかけて初心者を鍛える理由を思いつかないだろ」
「そこも含めて利用した、とも考えられる」
「たらればはいい。聞けば聞くほど、ガーベラを自分の為じゃなくてオレのためにあえて言葉を選んでるようにしか感じられないよ」
「…………ふぅ、そう感じられるならこれ以上は野暮だと思わないか?」
「悪いけど、納得するためにきたから。今日は野暮でも藪でも突っつく」
「……後悔しても知らんからな」
ここまで辿りついて、ようやくガーベラは誤魔化さずに本音を語ってくれた。
「先に言っておくが、私がパーティを組んだ仲間を殺したのは本当だ」
「理由は?」
「苦しませないため。あの世界のシステムにな」
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