第21話

「今帰った」

「おかえりなさい……ユーリス」

 

 これから話さなければならないことを思うと気が重く、数日ぶりのユーリスを迎える声は少し詰まってしまった。

 

 けれど話すと、話し合うと決めた。

 

 ――全てを思い出したから。

 

 先生と会った次の日の夜、夢を見たのだ。

 長い、長い夢を。

 そしてずっと封じ込められていた過去の出来事を、1つ1つ蓋を開いていくように、答え合わせをするように思い出していった。

 

 水晶の導きなんて真っ赤な嘘。

 私とユーリスが出会ったのはただの偶然だった。

 ユーリスの魔法の先生である『先生』がユーリスの魔力の操作訓練をするために選んだ場所が、たまたまシェガール家の近くだっただけ。

 

 まだあの頃は弟妹もおらず、リドルと一緒に村を駆け回っていた時、ユーリスと先生に会ったのだ。

 会ったというか出会い頭に激突した。

 それも魔力暴走をしている状態のユーリスと。

 

 後から先生とおじいちゃんに危ないって散々怒られたところまでバッチリ思い出した。

 

 けれどそのおかげでユーリスの体には入りきらない魔力の一部が、魔力なんて空っぽの私の体に入ったらしい。

 聞いた当時は分からなくて首をひねるだけだった。正直今も詳しいことはよくわからない。

 けれど幼児化した時のユーリスが恐がっていたそれを昔のユーリスから取り除いてあげられたのは自分なのだと今は誇らしく思える。


 だがそれと同時に申し訳ない気分にもなるのだ。

 

 昔は何も知らなかった。

 一緒に遊んでくれるお兄さんに幼いながらに恋をした。

 好きで好きでずっと一緒にいてほしいと願った。

 

 

 けれど全てを知った今になって思うとそれはユーリスにとって重荷だったのではないか?と思えてくる。

 

 ユーリスは全て知っているのだろう。知っていて私の元へともう一度足を運んだ。

 

 それは何のためだろう?

 私が忘れているとはいえ、約束を守るため?

 それとも私に移した魔力を回収するため?

 

 

 そうだったらわざわざお金を払って、嘘まで吐いて私を妻に迎えたユーリスは報われない。

 

 ユーリスが帰ってくるまでの数日、私は考えて、そして答えを出したのだ。

 

 私はユーリスが好きだ。

 昔は憧れに似た恋心だが、今は1人の男性として彼が好き。

 だからこそ幸せになってほしい。

 

 優しいことを知っているから。

 大きすぎる魔力のせいでずっと苦しんでいたことを知っているから。

 

 だからこんなしょうもない責任感なんかで苦しんで欲しくないのだ。

 

「ユーリス、話があるの」

 すぅっと短く息を吸い込んで、ユーリスの視線を捕らえるように見上げる。

 それにユーリスは目を大きく見開いて、そして悲しそうに笑った。

 

「思い出したんだな……」

「ええ」

「そうか……」

 私達の間に流れるのは沈黙。重くて息が苦しくなる。

 こんなの耐えられないと、早く軽くしてしまおうと胸に手を当てて全てを打ち明けることにする。

 

「ねぇ、ユーリス。離縁しましょ? もらったお金は少し使っちゃったかもしれないけどちゃんとその分も稼いで返すから。だから繁栄のためなんて嘘つかないで、今度こそ本当に一緒になりたい人と使って」

 

 たった数ヶ月の結婚生活。

 家族らしいことなんて一緒にした食事くらいだったけど、それでも私は一生この数ヶ月のことを忘れることはないだろう。

 

 ユーリスと別れるのは寂しいけれど悔いはない。

 また弟妹の結婚資金が貯まっていくのを楽しみに生きるだけである。

 

 そしてユーリスはユーリスで幸せになる――それでいい。


 それでいいのに、なぜ目の前の愛しい彼はそんなに悲しそうな顔をしているのだろうか?

 

「お前が帰りたいのなら馬車を出そう。だがもし、少しでもここに残ってもいいと思ってくれたのならやり直すチャンスが欲しい」

「ユーリス……」

「お願いだルピシア。ここに、私の元に居てくれ。お前が、好きなんだ……」

 

 頼むと頭を下げるユーリスの体は震えていた。

 

 私が居なくなることを恐れているように。

 

 私を愛していると全身で表しているように。

 

「ユーリス、私ね、あなたのことが好きよ。だから知りたいの。私と一緒にいればハルビオン家は今まで以上に繁栄できるかしら?」

「ああ、もちろん」

 

 私はユーリスが好きで、ユーリスも私を好いてくれて、おまけにハルビオン家の繁栄にも繋がるのならもう離すつもりなどないと私はユーリスへと抱きつく。彼もまたそれに呼応するように背中へと手を回す。

 

 ああ、なんて幸せなんだろう。

 身体全身で感じるユーリスの熱と幸せが混ざり合って、溶けていく。

 


「ねぇ、ユーリス。今度時間があったら私の実家に連れて行ってくれない? あなたをちゃんと紹介したいの」

「ああ、そうだな。今度は2人で行こう」

「今度って……ユーリス、うちに1人で行ったの? いつ?」

「ルピシアに会いに行く前に」

「じゃあ父さんと母さんは全部知ってたの!?」

「ああもちろん。金と引き換えに娘を嫁によこせなんて言ってすんなり承諾する親なんていないだろ? いくら2人は私のことを覚えているとはいえ、認められるまでに結構時間がかかった。だがあの2人からルピシアが金に執着してると教えてもらったおかげで、ルピシアの方はすんなり迎えることが出来たけどな」

 

 まさかあれが演技だったとは……。

 思えばユーリスが傲慢な態度を取ったのって初日だけだった。

 後は、部屋は用意してくれるわ、花壇は用意してくれるわ、至れり尽くせり。

 

 両親も娘が嫁に行くって時にそこまで口出ししてこなかったし、弟妹も妙に聞き分けがよかったような……。


 あれは全部手が回った後だったからなのか……。

 何とも手際のいいことで。


 こう考えると私がユーリスに何かしてあげれることってなかなかないんだけど、まぁそれは後々考えて行こう。

 どうせこれからずっと一緒なのだから。

 

 

 ユーリス=ハルビオンは天才魔術師と呼ばれるほど優秀な魔術師らしい。

 

 私はそんな彼の妻に選ばれたのだ。

 

 水晶に導かれたお飾りの妻としてではなく彼自身に選ばれた生涯の伴侶として。

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水晶によって選ばれた私はお飾りの妻です 斯波 @candy-bottle

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