2部 工芸部との運命の出会い!
工芸部とは
(学園内に響くチャイム音)
午後の授業が終わった。
「さてと、それじゃ部室に行くとするか」
俺は、約束通り工芸部へと向かうことにした。
工芸部の部室がある校舎裏に建てられた建物は、相変わらず入口の扉は
「お疲れさんです、有栖川さん」
部室に入ると、彼女は椅子から立ち上がり、会釈して俺に近づいてきた。
「左江内さん、お待ちしてました! さ、中へお入りください」
部室に入り深く目を瞑り深呼吸をすると、木の香りが最高に心地よい。まるで森の中にいるような気分になり、つい俺はその香りに酔いしれてしまった。
ああ、この場所が教室なら……。
「左江内さん?」
「……」
俺は、彼女が声をかけてくれていたことに気づかないまま、教室内の香りを嗅いでいると、急にまるで花畑にでも移ったかのように、ほのかに甘い香りが漂ってきた。
はぁ〜。なんて、落ち着く場所。同じ学園の教室なのに、まったく俺の教室とは違う。ほんと、ここが教室なら幸せなのに……。
「左江内さ〜ん?」
「は!?」
お嬢様の声にも気付かずにいた俺は、肩を軽く叩かれ我に返った。だが、同時に異性との距離の近さに驚き、心臓がバクバクと飛び出しそうになっていた。
「すみません、驚かせるつもりはなかったんですが……」
「いや。俺こそ、ごめん」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない。少しボーっとしてただけだから」
「そう……、ですか?」
「ああ。ほんと、なんでもない」
「分かりました。それでしたら早速、工芸部の部室をご案内することにしますね」
「ああ。頼むよ」
「まずは、竹工房からです」
「…ん? 竹?」
「はい。校内にある竹林の竹を使って、竹細工を作っている場所なんです」
「ふーん。例えばどんなものを作っているんだ?」
「例えば、カゴやザルなどの生活用品。茶道具、竹刀などの伝統工芸品。鹿威しや竹灯籠などの造園用品を作っています」
鹿威しか。そういえば子供の頃に、爺さんと一緒に作ったけ……。
その時、俺はちょっとした疑問が浮かんだ。
「なあ。その竹細工は、ここでは作らないのか? 削ったりするだけなら、ここでも出来るだろ?」
「そうですね。削る作業なら出来ると思います。ただ、あくまでここは彫刻をする場所なんです。あと、竹を置く場所がありませんので……」
「なるほどな。それなら、他には? 彫刻と竹細工を分けてるなら、他にもあるんだろ?」
「そうですね、あとは……あっ! そうでした。それこそ、鍛冶をする場所もありました」
「え? 鍛冶場があるのか?」
「ええ、あります。三年間で数回しか使用しないので、すっかり忘れてましたが……確かにありますよ」
マジか!!! 竹林に囲まれ、無駄に広い学園とは思っていたが、鍛冶場がある学園ってなんだよ
「ただ……けっこう、ここから遠くてですね……」
『遠い』
あまり聞きたくない単語だ。ただ。と言っても学園内の施設だろ。言うて、5分。あっても10分はしないはず。お嬢様の物差しで考えれば、そのくらいでも遠いと思うのだろう。多分……。
「それって、どのくらいなんだ?」
「歩いて30分くらいです」
遠っ!!!!!
「皆さん、見学には来ていただけるのです。ですが、私の説明が下手なのか入部までは、あまり……」
「あの、有栖川さん」
「はい?」
「おそらく説明じゃなくて、場所の問題かもしれんぞ」
「え、そうなのでしょうか?」
「ああ、確実に」
「そう……だったんですね。てっきり、工芸を嫌いなってしまわれたのかと思ってました……」
「いや、見学だけでそれはないと思う」
「と、言いますと?」
「見学だけで全員が来なくなることはないはずだ。少なくとも、一部の生徒は移動に根を上げただけだ、きっと」
「なるほど……。それでは、お祖父様に場所を変えてもらわないとですね」
ん? 今、この子。しれっとすごいこと言った?
「まあ、何はともあれ。遠いのなら早速、案内を頼むよ」
「はい、わかりました」
俺は、お嬢様に案内されながら、ひとまず竹工房を見学することにした。しかし、俺はすぐに後悔することとなった。
竹細工の部室は山裏にあり、そこも片道20分は掛かると聞かされた。そして何より結構な坂道を登る必要があるそうだ。
「ハァ…ハァ…、な、なぁ……」
「はい? どうかされました?」
「有栖川さんって、ハァ…ハァ…毎日この坂登ってんのか……?」
「ええ、まあ、基本的には ─── 」
げぇ、マジかよ! あの小柄な体でよく登るな。ただ単に、俺が運動不足ってことなのか、これ……。
「ですが、もちろん毎日ではないですよ。工芸コンテストがありまして、ただ、応募作品にはテーマや種類がありまして、その際に使用する程度です」
「工芸コンテスト?」
「はい。一般のコンテストなのですが、各々が作成した作品を持ち寄り、有名な工芸家さん方にみていただけるんです。そして、より優れた作品にはそのコンテストに因んだ、記念品が授与されるんです」
へー、そんなコンテストがあったんだなぁ。もしかしたら、親父も刀鍛冶コンテストやらに応募していたりしてな 。いや、ないか。親父はただ刀鍛冶が好きでやってるに違いない。多分……。
「なので、竹工房は竹細工のコンテストのときにのみ使用します。そのため、それに合わせて年に数ヶ月間だけしか使用しません」
「なるほどな。ってことは、今回は彫刻作品を提出ってこと? 有栖川さん、彫刻してたし」
「はい、その通りです。ですが、毎年、提出してるんですけど、入賞は逃してまして……」
「そうなのか。じゃあ、今回は入賞できるといいな!」
「え?」
「すごく上手かったし……、猫の彫刻」
「あぁ……。ありがとうございます。そうですね。わたしも入賞したいです。猫さんで!」
それから、俺とお嬢様は他愛もない会話を交わしながら、無駄に急で無駄に長い坂道を登り、ようやく竹細工の部室へと辿り着いた。
「左江内さん」
「ん? ハァ…ハァ…、着いたか?」
「はい、お疲れ様でした。着きましたよ」
ふぅーう、やっと着いたかぁ……。
さすがは登り慣れてるお嬢様は違うな。まったく息切れひとつしてないとは、恐るべしお嬢。
と、言ってもやっぱり、俺の運動不足なだけかもな。ただ、この坂道を何ヶ月も登る日が来るかもってことだよな。やっぱり、見学だけで入部はやめようかな ───
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