お嬢様との約束
俺は学園長の孫娘と昼食をとることになった。
彼女は、テーブルに広げていた彫刻道具を片付け、猫の彫り物も端に寄せる。鞄から可愛い猫の絵が描かれた弁当箱と箸入れを取り出し、テーブルに置いた。案の定、蓋を開けた中身も猫尽くしのキャラ弁だった。
「有栖川さんって、猫好きなのか? 彫り物も猫だったし」
「はい。とても好きです」
「ってことは、猫飼ってるとか?」
「いえ、私アレルギーなんです。ですから、猫さんと少しでも一緒にいる気分だけでもと思いまして……」
「そう、なのか……。大変だな」
俺は辺りを見渡し、話題になりそうなものを探してみた。
話題……話題……。
なんか話題になるものはないのか、この部室には?
その間、彼女は黙々とキャラ弁の猫を、まるで型抜きのように崩さず、丁寧に食べていた。
はっ! 見つけた。これで、なんとかこの沈黙の時間は回避できるかもしれない。
「ところで、話は変わるけどさ。工芸部というわりに彫刻しかないけど。彫刻で物を作るだけの部活なのか?」
「いえ、違いますよ」
「それなら、ここ以外にも場所が?」
「ええ、ありますよ。ここ以外にも部室がありまして。あ、もし興味があれば、ご案内しましょうか?」
まあ、見学くらいならしてみてもいいか。毎日平凡すぎる高校生活にも飽きてきてたし。ものづくりの部活だったら、俺にも向いてるかもしれないしな。
「それなら、じゃあ頼もうかな。俺も工芸には興味あるし」
「お好きなんですか? ものづくり」
「んー、好きというか。親父が鍛冶屋だからな。ちょっとだけ興味はある。小さい時に親父の爺さんにも教わったことあるし」
「佐江内さんのご自宅は鍛冶屋さんだったんですか!? それは、すごいご職業ですね!」
いや。と言っても、小さな鍛冶屋だけどな。学園長と比べたら、月とスッポン。ミジンコと鍾乳石くらいの差だと思う、多分……。
「すごい職業ってほどでもないさ。親父は、尊敬してるけどな」
「そんなことないです。素敵ですよ」
「あ、ありがとう。親父が聞いたら喜ぶと思う」
すると、彼女は急に口ごもり、何かを言いたそうにしていた。
「あ、あの……」
「ん、どうした?」
「もし、お邪魔でなければなんですが……今度、佐江内さんのご自宅に伺わせていただいてもよろしいでしょうか?」
「え、急だな。鍛冶に興味が?」
「ええ、まあ、興味もありますが。ちょっとだけ、実際に打ってるところを拝見させていただきたいなと思いまして……」
「ふーん。まあ、それなら。ただ、大したことないぞ、あんまり」
「いえ、是非伺わせてください!」
「わ、わかった。親父にも言っとくよ」
「ありがとうございます!」
すると、彼女との会話が弾み、時間を気にしていなかったことで、午後の授業開始10分前のチャイムが鳴ってしまった。
彼女はうまくペース配分を考え食べていたようで、最後の卵焼きだけになっていた。俺は会話に夢中になりすぎて、半分近く残したまま手を合わせることになった。
「そんじゃ、見学は今日の放課後。うちの件は親父に聞いてからでいいか?」
「ええ、それで構いません。それでは、こちらでお待ちしていますね」
彼女は学園長の孫娘でありながら、「豪三朗」という叔父の名に反して、落ち着いた容姿を持ち、好奇心に満ちたキラキラとした目をしていた。
そして、その日の放課後。俺はお嬢様直々に工芸部を紹介してもらうことになったのだった。
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