1部 学園長のお嬢様との出会い!

お嬢様は工芸部!

 ─── 何してんだ? あの子は……。


 そう思いながら、俺は開いていた腰窓から彼女の様子を伺っていた。


 すると、彼女は何かを床に落とし、静寂な室内に鈍い音が響き渡った。


「あっ、落とした」


 ─── なんだ、あれ?


 ─── 何かの……、彫刻か?


 彼女は小さくうなりながら必死に腕を伸ばし、落としたものを拾おうとしていた。


「ううーん……」


 その光景を見ていた俺は、心の中でツッコむ。


 おーい、椅子から降りたほうが早いと思うぞ〜。


「ううーん……、ううーん……」


 いや、まったく届いてないから。横着せずに降りて拾ったほうがいいって。日が暮れてカラスと閑古鳥がサンバ踊っちゃうぞ〜。


「ううーん……、ううーん……」


 なぁーて。だから椅子から降りなさいって。キミの手の長さじゃ届かないぞ〜。


「ううーん……、ううーん……」


 だ・か・ら!!! 横着するな〜! はい、そこの女子。大人しく椅子から降りて、拾いなさ〜い!


「ううーん……、ううーん……」


 あー、もういいです。


 俺のツッコミは、彼女の頑固さに敗北した。


 しゃーない。代わりに拾ってやるか……。


 見かねた俺は誰にも頼まれてはいないが、彼女が落とした物を拾ってあげることにした。——— ただ、


 ただ単に拾ってあげても面白くない。


  ——— ちょっぴり驚かせても罰は当たらんだろ……。


 そう考えた俺は、彼女の背後から忍び寄り、彼女へと近づくことにした。


 ゆっくりとドアを開ける。木造のドアだったことで、開けると多少の音がしたが、彼女はまったく気づかぬまま。俺はそのままバレないように頑張って歩み寄っていった。


 ミッション①:『バレずに彼女に近づく』【成功】


 なんとか、バレずに彼女の背後へと近づくことができた。


 その調子で床に這いつくばり彼女が落とした物を拾い、体を起こして確認した。


 ん? 猫の彫刻。しかも、凄く上手いできだ。この子、もしかして……。まあ、いいや。そんじゃ、お楽しみと行こう。


 俺は木彫りの猫を持ちながら、彼女の背後に立ち、ミッション②を実行することにした。


「わっ!」


 軽く驚かせた。


「んー?」


 あれ? ちょっと驚かせすぎたかな?


 彼女は俺に気づくと、振り返って顔を見上げた。だが、その表情には驚きの色はまったくなく、むしろ静かな眼差しが、そこにはあった。


 それにしても反応が薄すぎやしないか、この子……。


 ミッション②:『彼女をちょっぴり驚かせる』【失敗?】


 そう思っていると、彼女は静かに椅子を引いて立ち上がった。

 それで軽く会釈をしたのち、俺に挨拶をしてきた。


「ごきげんよう」

「え? あ、うん。ごきげんよう」


 やっぱり彼女は、まったく驚いていない模様。


 ミッション②:【失敗】


 もしや、透き通るようなキミの綺麗な瞳が、俺の悪事を見透かしているのか?


 そんなことを思っているとはつゆ知らず、挙動不審になっている俺に、微笑みながら彼女は話しかけてきた。


「……なにか私に、ご用でしょうか?」

「いや、あの、その……」


 俺は一瞬どう答えるべきか迷ったが、正直に事情を説明することにした。


「弁当」

「お弁当?」

「どこで食べるか探してたんだよ。そしたら、キミを見つけてさ」

「はぁ…」

「何してるんだろうって気になって見てたら、キミがこれを落としたから、代わりに拾ってあげようと思って ───」

「そうでしたか……」


 彼女は、まったく俺の話を疑おうとせず、俺の目を見て話を聞いてくれていたが、目線が下がり、俺の拾った木彫りの猫に移った。


「あっ、はい。これ」

「拾っていただき、ありがとうございます」

「なあ。ここって、美術部かなんかか?」

「いえ。工芸部なんです」


 工芸部? へー、そんな部活があったんだ。最初から部活に入る気なかったし、どんな部活か知らんけど。でも、ちょっと面白そうかもな


「ここ、工芸部なのか……」

「はい。私、工芸部なんです。それで昼休みによく、この部室に来て作品作りをしてるんですよ」


 なるほどな。そういうことだったのか。


「それで、えっと……」

「あ、申し遅れました。工芸部部長をしております、三年の有栖川ありすがわ 詩織しおりと申します」


 三年? ってことは、俺の二個上で先輩だったのか。んっ? てか、アリスガワ? この学園も確かぁ……。もしかして、この学園の親族かなにかなのか? まあ、いい。少なくとも先輩ではあるし、ちょっとは敬語で話すのが礼儀か。


「し、失礼しま……した。僕は、一年の左江内 匠と……もします」


 くっ、普段から敬語を使い慣れてない俺にとっては、言いづらくてしゃーない


 すると、彼女はクスッと微笑み俺のそばに近づいてきた。


「大丈夫ですよ、左江内さん。無理に敬語で話されなくても」


 そうか。それなら、お言葉に甘えさせてもらおう。


「そんで有栖川さんって、この学園の名前と同じだけど、親族かなにかか?」

「ええ、まあ……学園長の娘です」

「学園長の娘…さん……ねぇ」


 えっ!? マジか! 俺、学園長の娘と話しちゃってんのかよ。学園長に目をつけられても困るし、やはり敬語で……いや。だが、敬語じゃなくてって言われたし。うん、普通でいいや。使い慣れてないしな。


「でも、学園長の娘さんが何でまた、こんな所で一人でいたんだ? 一緒に食べたりしないのか? 友達とか、工芸部の部員とかと」

「そうですね……。私も誰かと一緒にいただきたいんですけど。ただ、お友達がいないんです。部員も私一人だけですし……」

「え? 学園長の娘なのに?」

「はい。学園長の娘だからです」

「どうして?」

「みなさん、私の叔父。学園長の有栖川 豪三朗ごうざぶろうに目をつけられたくないようで、私と関わりたくないんだと思います」


 ご、……豪・三・朗? これはまた、いかつすぎる名前だな。たしか、入学式の時に一度見た気がするけど、ただの爺さんだったような。まあ、学園長の娘様じゃ、関わりたくない理由もわからんでもないが、ともあれそれだけの理由で友達がいないとは、迷惑なものだ。豪三朗さんよ。


「そうなのか。なあ、」

「はい。どうかされました?」

「ここで飯食ってもいいか?」

「ええ。ここは構いませんが……」

「そうか。それじゃ、有栖川さんも一緒に食べようぜ」

「えっ!? よろしいのですか?」

「ああ。俺も一人だし。それに、一緒に食ったほうがいいだろ。せっかく二人なんだし」

「そう…、ですね。わかりました。それでは、お言葉に甘えて、ご一緒に……」


 彼女も異性の友達がいないのか、俺の言葉にかなり緊張しているようだった。


 まあ、そのおかげで俺は彼女と、言葉遣いは置いといて、まともに話せているのだから、良しとするか。人それぞれだしな、結局。

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