ラキ、脱出する。

 アモンが捕縛されていた監獄は、見晴らしの良い小高い丘の上だった。周囲は見渡す限り緑の裾野が広がっている──。


 ──はずだった!


「ナン……ダ、コレハ!?」


 アモンの目に映るその光景は、見渡す限りの水、水、水。水平線が見えるほどの、水面が大地を覆っていた。監獄があった丘は無くなり、代わりに大海原に浮かぶ監獄島と成り果てていた。


「ああ……ここ、昔は大陸の中央部にあったゴルゴナの丘とかうとったっけ? 今は見ての通り、大海の孤島【監獄島】て云われとるわ」

「オ前、コンナ所マデ、何処カラドウヤッテ来タンダ?」

「ん? ほら、あれ!」


 ラキが桟橋の端を顎で指し示す。見れば一艇のボロい小型船舶が停泊している。


「なかなかの骨董品やろ?」

「……動クノカ!?」


 ゲシゲシ、とアモンのスネを蹴るラキ。


「動いたからうちがここにおるんちゃうんけ?」

「……ソウカ」

「ほんま、失礼なやっちゃで」


 しかし、見れば誰だって心配してしまいそうな船だ。ラキは骨董品だと言うが、美術的な価値もなさそうである。

 ラキが監獄島を襲撃して、アモンを連れ出した事により、監獄島の中央にある、見張り塔の赤色灯が回転している。異常を知らせるサイレンがウーウーと鳴り響いているがそれだけだ。

 この島にはおそらくラキとアモンの二人しか生存しておらず、赤色灯もサイレンも意味を成していないかに見えた。


 が、しかし。


──ゥゥゥウウウ……ズドドドドドドドドドドドドン!


 監獄島にミサイルが着弾。施設に火の手が上がり、黒煙が立ち昇る。ガラガラと施設が崩壊してゆく音が響き渡り、みるみる赤炎が広がってゆく。


「ほら! ボサッとしてんと行くでっ!」

「……お? おお」


 ラキが腕に着けているデバイスを操作すると、ピッ、と言う音と共に、パシュウ、と船のハッチが開いた。


「さあ、早よう乗りぃや!」

「メチャクチャ狭イノダガ?」

「文句言わんと、ハッチ閉めてんか!?」

「ンン!?」


 アモンは体を小さく屈めながら、どうすれば良いものかわからず、キョドキョドしている。


「でっかい図体して、役立たずなやっちゃなあ!」と言い放ち、ラキはアモンの前に乗り出して、ハッチの横にある開閉ボタンを押した。


「ふうぅ~……」ため息。

「ナ、ナンカスマン……」アモンは落ち着かない。


「ほな行くで! しっかり掴まっときよし!!」ガコン!

「エ? ア、アァ……ァアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!?」


 船はゆっくりと前に進み出すのだと思っていたアモンは、その想像とのギャップで悲鳴に近い大声をあげていた。


 二人を乗せた小型船はブン、と音を立てて浮遊感を感じたと思えば、背面の壁に背中が吸い付いたのかと思うような、後方への重力を一気に受けたのだ。

 船はぐんぐん加速し、アモンは血の気が背面へと移動してゆくのを感じた。


「ちょっと!? ただでさえ狭いねんから、大きい声、出さんといてんか!?」ラキはアモンをジロッと睨む。

「イヤ、シカシッ……」アモンは顔を引き攣らせて言う。


「なんやあんた、厄災とか云われてても、こんなんが怖いんかいな!?」

「……」アモンは口をつぐんだ。


 そして、船とは名ばかりで、水上を航行するわけではない。水面から船体が浮き上がり、空中を飛行しているのだ。


「そら、来んで!!」

「ん!」


──キイイイイイン!!


 空気を切り裂くような音をさせながら、二機の飛行物体が近付いて来る。


──ダダダダダダダダダダ!


 飛行物体からこちらの船に弾丸が連射されるが、ラキは船を翻してそれを避ける。アモンの体制が効かず、ラキに押し付けられそうになったので、片手で反対側の壁に手をついた。


「くそっ! これは逃げれんなぁ……一か八か水中に逃げるか!?」

「ゴ主人様ヨ?」

「何や、見たら解るやろ!? 今忙しいんやで!?」

「俺ヲ外ニ出シテクレ……俺ガヤル」

「……ヤれるんか?」

「俺ヲ何ダト言ッタカ?」

「厄災」


 二人は顔を見合わせてニヤリと笑い合うと、ラキは速度を音して船体の上部ハッチを空けた。


 のそり、と小型船の上に大きな獣の影が現れる。異様な光景だ。


 二機の飛行物体は旋回して、再び弾丸を撃ち込んで来る。


──キイイィダダダダダダダ!


 船上の影がスゥッと消えて、弾丸は宙空を掠めた。

 かと思えば、飛行物体のうちの一機の上に影が現れ。


──ドオオォン……ンン


 爆発した。


 もう一機の機体に影が広がり、飲み込まれたかと思うと。


──ドオオオォン……ッ!


 爆発した。


 獣の影は小型船の上に戻ると、スゥッと消えた。


「うっひょおおおおお!! あんたやるやんかいさっ!?」


 ラキは上部ハッチを閉めると、アモンの背中をバンバン、叩いた。

 

「アン? アンナノハ敵ジャネエヨ……タダノ五月蠅イ蝿ダ」

「ええねぇ、五月蠅い蝿! 確かにせやなっ!? わはははは!」


 クシャクシャとアモンの髪を撫でつけるラキ。アモンはチッ、と舌打ちしたが、耳は垂れて撫でやすくなっている。


「ソレニシテモ、コノ船ハ何故飛ベル!? サッキノ蝿モ船ナノカ!?」

「ああ、コレ、あんたの思ってる船やのぉてな? 【飛空艇】うて【浮揚石】を使って浮かしとんねん。水陸離着陸出来るけんど、いかんせん、攻撃手段が無いんが玉に瑕やわ」

「飛空艇……」

「せやけど、ごっつう速いからホンマやったら追いつかれることはあらへんかったんやけどな? あんたが乗ってるさかいに、重量オーバーやわ。わはははは!」

「蝿ハ何ダ?」

「向こうさんも飛空艇にはかわらへんけど【戦闘艇】っちゅうて攻撃出来るんよ」

「厄介ダナ?」

「今のがたぶん巡視艇やさかい、放っといたら本隊が来るかもやな?」

「大丈夫ナノカ?」

「巡視艇は海の藻屑やし、それに気付く頃にはうちらはもう遠く離れとるさかいに問題あらへんわ。わはははは!」


 二隻の巡視艇は水面にボコボコと大きなアブクを作って、水中へと消えて行った。背面に設けられたカメラから送られた映像が、運転席のモニターに映し出されてそれを確認した。


「……驚イタ。コノ世界ハ変ワッテシマッタノダナ?」

「せやな。あんたの記憶にある世界とは、まるで別物やと思た方がええかも知れんなあ!?」

「ソウカ……」


 飛空艇の吸気音が高い音を響かせる。ボッと点火音の後、アモンは背面の壁に張り付いた。


「ドヷア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」

「うっさいわ!」ゲシゲシ。


 こうして、二人を乗せた飛空艇は、監獄島と呼ばれた孤島を後にして、次の目的地へと向かった。

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