ラキ、名前をつける。

 【厄災の魔狼】

 月の魔狼と鉄の魔女が、たった一度の過ちでその身に宿し、母の胎を食い破って産まれたと云われる獣。気象が荒く、暴れ狂う息子を、何とか諌めようとした。魔狼は何とか息子を捕らえようとするが、機嫌を損ねてしまって、咬み殺されてしまった。

 世界に解き放たれた彼は、強者を求めて諸国を暴れ回り、次々に腕のたつ者が消えていった。やがて強者が居なくなり、次は軍勢を相手にするようになり、それもまた彼の相手ではなかった。

 各国の軍勢は衰え、情勢は傾き、戦士恐慌の時代を作り出した彼は、【厄災の魔狼】と呼ばれるようになった。

 戦うべき相手が居なくなった彼は最果ての国で【神代の魔女】と出会うこととなる。


 【神代の魔女】はこの世界を恐怖で統べる者。魔女は【生命いのちの泉】に猛毒を流した。そうして、これまで寿命が無かった人族に、寿命と言う概念を与えたのが彼女だ。

 悠久の時を生きる彼女は、この世の誰よりも心理に近い存在であり、神の所業とも言えるその魔法に誰もが恐れ慄いた。そして彼女を崇めるものが現れ、彼女を主として崇拝する教団が生まれた。教団の名を【ゼッド教団】と称し、魔女を神託者オラクルとして始祖No.0と呼んだ。


 しかし、そこに【厄災の魔狼】と呼ばれる獣が現れ、【神代の魔女】に牙を剥いた。二人の戦いは三日三晩をに及んで繰り広げられ、地形を変えるほどの壮絶なものだったと云う。しかし、三日目にして魔女は獣のを追い詰め、ついには【厄災の魔狼】は【神代の魔女】に敗れた。

 魔女は獣を殺さず、これ以上自分に手出し出来ない様に、その身体に呪いを刻んで。最果ての国から追放した。


 追放された獣は、すぐさま人族に捕縛され、投獄された。

 獣は魔女の流した毒を飲んでおらず、死と言う概念はない。即ち獣は、投獄されたまま三千年以上もの月日を獄中で過ごした。


「ほんで?」

「……」


 ラキは獣に尋ねる。


「あんたの名前、何言なんちゅうん?」

「……無イ」ぶっきらぼうに言い放つ。

「……んなアホな!? ほんなわけないやろ!?」

「……好キニ呼ベバヨカロウ」


 その言葉を得て、ラキは少し考え、にちゃりと粘着質な笑いを見せた。


「……ポチ」

「断ル!」即答だ。


──ベチッ!


 獣の顔面にラキの素足が乗る。


「……イッタイ何ノツモリダ?」

「ふん! ご主人様が誰なんか、よお教えとこう思てなあ?」

「俺ハコウ見エテ高潔ナ魔狼ノ血ヲ引クモノダ。ソノ辺ノ犬ッコロト同ジニサレテハ困ル」

「……へえ、高潔ねえ? しゃぁかて名前無かったら不便やんかいさ? ほんでもって名前が無いんやからしゃああらへんよなぁ?」

「良イカラサッサト決メロ!」


──ベチッ! グリグリ……


 ラキの足が再び獣の顔を捉え、足の裏を擦り付ける。獣はぷるぷる震えているが、首輪の力で抵抗は許されない。


「命令するんは誰や? ご主人様ちゃうんか!? なあ、うてみぃ? 『決めてください、ご主人様』ってなあ!?」


 今度は獣がワナワナと震えている。そして眼はギラついた視線をラキへと向けている。


「……決メテ……クダサイ。ゴ、ゴ主人サマ……」

「もお、しゃああらへんなあ。ほいたらあんたの名前、今日から【アモン】や! これで文句は言わさへんでぇ!」

「……ワカッタ」


──ベチン!


 三度みたび、アモンの顔にラキの素足が乗る。


「『わかりました、ご主人様』やろっ!? これは罰や。 うちの足舐めえや?」

「クッ……」

「ほらほら、どうした!? うてみたら、こんなもんご褒美みたいなもんやろう!? こんなベッピンさんの足が舐められるんやでぇ!?」


 アモンは、ゆっくりとラキの足を持ち。


 ラキは変な笑みを浮かべて、顔を紅潮させた。


 アモンは徐ろにその足を持ち上げて。


 舌先を……這わせた。


「はうあっ!」ラキの顔が苦悶に耐える様に歪む。


 そして緩んだかと思えば、そうではない。


 ラキは、弛みきった笑顔で恍惚としているようだ。


「アカン。これはアカン!」

「……ペロ」

「ひゃうああっ!?」

「ペロペロペロペロ」

「──!? ──!? ──っ!?」


 ラキは身体を大きく仰け反らせ。


──ベッチン!!


 アモンの唾液でベトベトになった足を大きく振り上げ、また踏みつけた。


「ハア、ハア、ハア、あほう!! もうええわっ!! はよめんかっ!!」

「良ガッテイナカッ──」


──ベチ! ベチ!


「それ以上言うたら殺す!」

「イッタイ何ガシタインダ……」


 ラキはアモンの身体にを擦り付けると、靴を履き直して腰に手を当てた。


「そうか、あんただけやったら役不足なんやったなぁ……」

「……【神代ノ魔女】ノ事ヲ言ッテイルノカ?」

「せや。うたやん? うちは魔女をブッ殺すんやよ!」

「ソレモ人任セデナ?」

「……せやで? 手段なんて何でもええんや。奴をブッ殺してこの世界を変える、それだけや!」

「オマエ……何カアッタノカ……?」

「……そんな事、ペットに話す義理はないやろ? それにうちは『オマエ』ちゃうし! 『ご主人様』やうたやろ? あんた、ええ加減にしいや!?」

「……ソウカ、悪カッタな? ゴ主人様ヨ?」

「……」


 ラキは肩越しに、ジッとアモンの眼を見た。そして……。


「アモン……」


 獣の名前を呼び。


「うちに……」

「……」


 少し考え。


「いや、何でもあらへん」

「……ソウカ」


 ラキは歩き出す。それに伴いアモンも続く。


 薄暗い監獄の通路は狭く、不衛生で、ところかしこにネズミが徘徊している。

  そして、出口に続く階段には、無数の惨殺死体が転がっていた。










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