三悪が往く(仮) 〜神代の魔女が支配する世界をブッ壊す!〜

かごのぼっち

ラキ、犬を拾う。

 「なあ」


 ……。


 「なあて!」


 ……。


 「聴こえへんのか、わんころ!?」


 辺りは薄暗く、湿った空気は饐えた匂いがする。

 また、天井から沁み出た水滴が、ぽたぽたと落ちて地面を穿ち、ウゾウゾと何かが蠢いている。


 ジャラリ。


 金属質な音が響く。四方の壁から吊るされた鎖の音だ。鎖はダラリと伸びて獣の肉を貫き、対面の壁に繋がっている。


「ええ加減にせえよ、犬畜生!!」


 ギシッ! 獣に鎖が引っ張られて、弛みが伸びて壁に突き刺さった杭が抵抗する。キリキリと鎖が擦れる音が鳴る。


 獣は獰猛な牙を剥き出しにして、ダラダラと涎を滴らせ、グルル、と唸る。枷が嵌められた手足には、鋭く尖った爪が伸び、地面に突き立てている。


 黒光りする鬣。ピンと尖った耳。筋肉質な褐色の身体には、トライバル状の入れ墨がグルグル巻き付くように描かれている。


 突き刺すような眼光は、黄金色に妖しく光り、その網膜はキラキラと鮮やかに輝いている。


「おうおう、聴こえとるんか? それとも人ん言葉、忘れたっちゅうんか?」


 グフッ、獣の喉元を締め付ける首輪。牙の隙間から空気が漏れる。


 ビン、と突っ張った鎖は、キリキリと唸りをあげている。

 鎖は獣の肉に食い込み、引っ張る度に弾けるように鮮血が飛び散る。

 しかし、例えその鎖が切れたとて、獣と声の主の間には堅牢な鉄格子が介在している。


「フッグ! フッ!」

「しょうもない。期待外れやなぁ? せやけどあんた、ココで死んでもエエうんか?」


 ……。


「ほら、死にたないんやろ!? ほいたらあんた、うちのモンにならへんか?」

「……コムスメ」

「お? 喋れるやんか。ほんでからな? うちは小娘ちゃうわ!【ラキ】っちゅう立派な名前もあるし、こう見えて大人や」

「ラキ……」

「せや。ほんであんた、ここから出たないん?」

「出セルノカ……?」

「あったりまえやん! ほら見てみぃ?」


 チャリ、彼女の小さな指には、輪っかに幾つもの鍵が連なった鍵束があった。


「出セ!」

「……ええけど、出たらあんた、うちのこと咬み殺すやん?」

「……」

「交換条件がある」

「……言エ」

「うちのペットになる事や。その首輪の代わりに、コレ付けてもらう」


 ダラリと極太の首輪を手に持って見せる。


「……」

「嫌ならこの話、無かったことにするけど? どないする?」

「……隷属ノ首輪」

「せや、よお解ってるやんか。うちのペットやからな? ちゃんと言う事聴いてもらわんと困るやろ?」

「……オ前ノ目的ハナンダ?」

「お? 思ったよりもあんた、頭ええんか?」

「……答エロ」

「……ふふん、ええで? 答えたるわ」


 ラキは、先ほどから机に突っ伏している、牢番の机に立ち上がった。


「【神代の魔女】をブッ殺すんや!」

「……」


 彼女は無い胸を張って天井を仰いでいる。そしてチラリ、獣を見下ろした。


「どやっ? 驚いて声も出えへんか!?」

「……無理ダ」

「あん? んなもんやってみやな判らんやろう? やる前から何ってん?」

「……ヤッタ」

「やったってあんた……せやかて生きてるやんか?」

「……コノ身体ヲ見ロ」

「なんや、入れ墨のことか?」

「違ウ。コレハ、魔女ノ呪イダ」

「ほう?」

「コノ呪イノセイデ、オレハヤツ二手ヲダセナイ」

「……そう。ほな、うちのペットになったらええやんか?」

「……言ッテイル意味ガワカランガ?」

「解らへんか?」

「……ワカラン」


 ラキは机から飛び降りて鉄格子の前まで歩いた。


 そして獣の目を見る。


「あんた……ええ目、してんな?」

「……」

「呪いっちゅうんはな、上書き出来るんや」

「上書キ……」

「せや。隷属の首輪を付けることで、あんたの身体の主人は誰になるんな?」

「オマエダ」

「お前言うな! 【ラキ】様か【ご主人】様やろ!?」

「……ソウカ。ソウユウ事カ!」

「へへへ、やっぱりあんた、頭悪うないな?」


 ガシャン!


「何や、怒ったんか?」


 ギチギチと獣を繋ぐ鎖が悲鳴をあげている。


 ボコオオオオオォォン!! 獣を繋いでいた鎖の杭が、壁ごと引き抜かれた。


「おわっ!?」ぺたん、ラキは尻もちをつく。


 ガシャン! 獣が鉄格子を荒々しく掴む。


「ヨコセ!!」


 獣は鉄格子から手を出し、ラキに手を差し伸ばした。


「……へ?」

「隷属ノ首輪、着ケテヤルカラ寄越セト言ッテイル」

「あはっ♡ オッケー♪ 着けたるからこっち来て?」

「オマエ……怖クナイノカ?」

「あんた、【厄災の魔狼】ってうんやっけ? これから【神代の魔女】をブッ殺しに行くんやで? あんたなんか怖あらへんわ♪」

「……ソウカ。ナラ良イ、着ケテクレ」


 獣は鉄格子の側まで来て、こうべを垂れた。


 ラキが首輪を持って、鉄格子の中へ手を……入れた。


 刹那。


 ラキの首を獣の大きな手が掴み上げ、硬く鋭い爪を喉に突きつける!


 にこり、ラキは笑って獣の目を真っ直ぐに見た。そして構わず首輪を獣の首に取り付けた。


「……良イ度胸ダ。俺ノ主人トナルニ相応フサワシイ」

「そう?」


 首輪を取り付けたラキは、獣の手を首から解いて、立ち上がり、今度は鉄格子の鍵を開けた。


「ほら、立ちや? 枷外しやな、そんな格好でうちの従者は務まらんよ?」


 獣は立ち上がり、ラキの三倍はある背丈から見下ろす。そうだ、獣はとても大きく体躯も肉付きが良い。それと比べるとラキはとても小さく、体躯も華奢で細い。


 ラキが獣の手足の枷を外し、身体を貫いている鎖も外してゆく。そして最後。


「ほら、かがまんと外せんやろ?」


 ラキが獣にそう言うと、獣はラキの前に跪いた。


──パン!


 思いきりった。


 獣は眼を丸くして驚いている。


「これで許してあげる」


 そう言うと、ラキは獣の首の枷を外した。獣はキョトンとした顔のままラキの顔をまじまじとみる。そして。


「クフッ……」獣が吹いた。

「何よ!?」ラキはムッとする。

「クハハハハハハ!!」獣は大笑いだ。


──ゲシ! ラキが獣を足蹴にする。


「何が可笑しいんや?」

「イヤ、スマン! オマエノヨウナ小サナ者ニ仕エテイル俺自身ガ可笑シイノダ。クハハハハハハ!」

「変なやっちゃな?」

「オマエモナ!?」


 ワハハ、と二人の笑い声が地下牢にこだまする。


 しかし、机の牢番は、その後も目覚めることはなかった。

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