第7話



肌寒い個室の中、Qは目を覚ます。一番に感じたのは息苦しさ、二番目には鼻の痛み。

そこは閉塞感に満ち溢れた部屋だった。保安局の……独房。



「鼻、大丈夫かな」



独房に閉じ込められているのに、相変わらず手錠が椅子に繋がれたままだ。触って確かめられる手もない。しかし、それだけQは脅威だと認められている証拠でもある。


向こうに見張りが見えるマジックミラー。そこに映る顔はさほど痛々しくはない。



「…………服汚しやがって」



安堵したQだったが、息をつく暇もなく来客に見舞われた。独房の鉄扉が突如として開く。



「ノックくらい……」


「悪いわね、ハリー。うちみたいな末端に拘束衣は置いてなくて」


「はぁ……いい加減によ、男を出してくんねえかよ。それと俺の名前はQだ」



姿を見せたのはカレン、そしてマーズ。

どうやらカレンは落ち着いたようで、Qには優しい声色を使った。



「とぼけちゃって。それとも……一度フった女は忘れちゃうのかしら?」


「言ったろ。『あんたのことなら忘れる』」



カレンの背後に立つマーズが、怪訝そうな顔をする。胸元に抱えた資料を何度も見返しても、彼女の表情は戻らなかった。



「姉御……このハリーってのは、何者なんですか」


「書いてあるでしょ? 『スクール』を次席止まり・・・・・で修了して、私と組んでた男。そうよね?」


「その次席・・ってのは強調しなくてもいいだろうがよ」



Qは、彼女たちの態度からして自分を殺す気はないのだと直感した。


――とすると、次に考えられるのは、彼女たちの企てにQが利用されること。そしてその見立てが間違うこともなく。



「……貴方が死なずに済むように取り計らってあげてもいい」


「だろうな。相変わらず駆け引きが下手だ」


「――てめェ! 姉御にそんな口を利くな!」


「マーズ。いいのよ……いいのよ、彼なら」



マーズは釈然としないようで、部屋の隅っこに引き下がる。

マーズに場をかき回してもらうつもりが、カレンに先回りされてしまった。こうなってしまえばQとカレンの一対一である。



「俺を解放するのか、しないのか。どっちだ」


「いじわる。逃がさないわよ」



彼女が口にしたのは心底嫌な決意だ。

Qのやる気がため息となって換気口に吸い込まれていく。



「言いたいこと言えよ。渋るってんのはよ、見込みがねえってことだろ」


「まぁね。貴方には私の部隊に入ってほしいのよ」


「あ、姉御……!?」



Qが驚く前にマーズがおののく。カレンが我を忘れて殺そうとしていた相手を、今度は部下のお誘い。

情緒が不安定なのは間違いないが、それに加えて、『ハリー』という男に対して厄介な感情を抱えている。



「ヘックスに戻れってか? 癲卿てんきょうが――いや、シドだって俺を殺しにくるだろ……」


「違う、ヘックスの部隊じゃない。私のプライベート・アーミーってこと」



――要領を得ない。


確かに、彼女の出世ぶりを考えれば、独自に指揮できる部隊があってもいいのだろうが、その動機がQには見当たらなかった。



「……つい先日、癲卿てんきょうが会長の座を退いたのを知ってるわね? 独立に対する急進タカ派と保守ハト派が衝突していることも」


「新聞読みは日課だもんで」


「私はそのどちらでもない。ただこの街アーデントを守りたいの。後任にはデシベル先生を推してる。そんなことで会議室の中では肩身が狭いのよ」



マーズは深く頷いている。同志、と仰がんばかりの同意のしようだった。



「……俺ァ女が苦手だ」


「断るのね?」



明確な二者択一を迫るカレン。Qは薄ら笑いを隠すように、大きく口を開いた。



「――ただし! リオンと話をさせてくれるなら我慢するさ」


「またレオナルド君のこと。貴方、罪滅ぼしがしたいんでしょ」


「……リオンを救ってやりたいんだ」


「チッ、綺麗事を」



苛つきとともに、マーズは一足先に独房を後にする。監視窓の向こうで、ハリー・チンタオに関する資料を投げ捨てた。



「……ねぇハリー。貴方がいなくなってから、私がどうなったか知ってる?」


「お前も綺麗事が言いたくなったか?」


「――この街を守るために頑張ったのよ。教官に言われた通り、ちゃんと偉くなって、それで、今こうして動いてる……」



もはや彼女に駆け引きをする素振りは残っていない。感情に突き動かされている



「それなのに! 貴方は私たちの夢も忘れて、リオンですって! ああ、バカバカしい。ふざけないで!!」



カレンは目にも止まらぬ速さで腰のリボルバーを抜く。そして正確無比な一撃をQの手錠に撃ち込んだ。


Qが次席なら、彼女は席次で3番目。同じ教官にしごかれた仲間同士だった。


マーズが慌てて戻ってくる。カレンはQの足元に拳銃を投げ捨てた。



「……? 何だよ」


「決闘。貴方との未練をキッパリ分かつ良い方法でしょ」


「ちょ、姉御! 頭冷やしてくださいッ!」


「止めないで!! 私はッ――私はね! こいつに人生振り回されまくったのよ!! こんな罪深い男、私が終わらせないと……!!」



カレンはリボルバーの撃鉄を起こす。その気迫に圧されてか、マーズはたじろいでいた。


――冗談じゃない。


Qは不本意ながら拳銃を取った。マーズのほうを見て、手出しの必要は無いことを訴えかける。

その拳銃を握ってみたQは、〝柔らかい〟ことに気付いた。使い古されることで生まれる、独特の丸さ、滑らかさがあった。



「バカ言うなよ。お前が勝てるはずがない」


「勝手に言ってなさい。私だって――」



炸裂する。Qが何をしたのかは言うまでもない。

カレンの手元を目掛けて放った銃弾は、彼女が構えるリボルバーのバレル、その芯に当たる。


だが、Qの狙い通りにはいかない。



「痛っ。ああ……貴方の大好きなオートマグだったらどうなってたかしらね」



どうなっていたか。指ごとリボルバーを吹き飛ばし、銃身を曲げ、相手の攻撃手段を封じていただろう。

ところが、カレンは悠々と笑顔を浮かべている。



「ここを狙えば良かったのに」



Qは目を疑う。カレンはリボルバーを、銃口を自身の頭に当てた。

平静を装うQだが、カレンの背後に控えるマーズも落ち着き払っている。



「私が次に何をするのか、そう考えてるわね? 答えは最後のお誘い。私と来て」


「……殺しはやらない」


「もう天国には行けないわよ。貴方も私も」


「いい加減にしろよ。俺の勝ちだったろうが」


「殺しの世界において、敵を生かす手は無い。教官によろしく。|Ciao《チャオ

》」



それは異様な光景だった。カレンはリボルバーの引き金に指をかけ、なおも微笑んでいる。

何か……何かがある。Qは必死になって探した。


――部屋の中、マーズの様子、カレンの銃、それともQ自身に何か仕掛けられていないか。


しかし何も見えてこない。それ含めての崖っぷちだ。


これから起きる手品にタネがあるとするならば、異能力フィクションか、もしくはヘックスの最新技術だろう。


考えにくいが……カレンは、きっと――



「――どうした。俺が怖いかよ」


「…………そっちこそ、どうしたの? 死にたくなった?」



カレンが固まった一手。



「動揺したな。異能力フィクションだろ。お前に合わせて俺も撃てば、お前に不都合が生じる……なんてな」



Qはカレンと同じように――更に致死性を高めて――銃口を咥えたのだった。



「『ハリー』は死んだ…………いいな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シーユー・アゲイン!ネオンエイジ・バスターズ 山庭A京 @Okitsune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る