第5話



「Qさん、一体どこに……?」


「静かに…………こっち」



Qは曲がり角に立つ度にラジオを耳元に当て、その場でどちらに進むかを確認するかのように歩いていた。

妙案がある、とは数十分前のQである。何かを思いついた彼は、数秒、シュガーとやりとりをすると、導かれるようにリオンを連れてバーを発ったのであった。



「こっちってどっちですか。どこに向かってるんですか」


「……『カレン』に会いに行くんだよ。真相を全部知ってるなら、あいつに聞きだしゃそれでいいだろ」


「でも、機密って言ってたんですよ。『ハリー』って名前をぼくが知れたこと自体、運が良かったというか……」


「ゆすりをかける」



何かを見つけたQは、リオンを置いてずんずん進む。



「あ、ちょ……待ってくださいってば!」









アーデントの夜はいつだって騒がしい。

保安局の車両のサイレンがうるさいとの苦情を聞き入れ、音量を下げたのはつい先日のことであるが、根本的な解決にはならない。


この街はならず者で溢れかえっていたからだ。

電虹ネオンまばゆいなか、ある街角に赤色灯の明かりが反射していた。



「――こちらサターンより本部へ。容疑者を射殺しました。はい。ただちに照会します……はい。はい。了解しました。はい……ん?」



ホバーバイクの通信機で本部への連絡をする保安局員。

保安局の若きエースである彼女は、その真っ赤な髪を肴に口説かれることも少なくなかった。取り押さえた犯人からでさえナンパされることもある。



「……目立つな、その髪色」



背後からの声に振り返ろうとするも、彼女の視線は釘付けになる。彼女の右手には手錠がかかっていた。

その先は――



「――連行、よろしく」



数時間前、彼女が酒場で相まみえた男――Qだった。

その影には、同じく酒場にいた男の子。



「あ……え……? どういう、ことだ……?」



あまりの動揺に彼女は立ち尽くした。持っていた通信機から声が漏れ出る。無線越しにもわかる冷たい声色。



『何かあったの……?』



女の声。我に返った保安局員は通信機に返答しながら頭を下げる。

慌ただしく通話を切る。



「いッいえ、問題ありません! ただちに本部へ向かいます! はい……では!」


「俺は逃げねえよ」


「一度は逃げた。どうして俺の前に姿を見せやがった……ッ!!」



保安局員は声を震わせ、Qの胸ぐらを掴み上げる。本日2度目。Qのつま先が少し浮く。



「Qさん!!」


「いい、リオン。俺は『名無し子バスタード』で違反者。こうやって捕まったからには神妙に連れて行かれるモンさ」


「勝手なことを…………おい、あんたにも事情聴取させてもらう。部下を寄越すから待ってろ」



保安局員の彼女は不機嫌なまま、無線で応援を求めた。それから車両が到着するまでは1分もかからない。



「……リオン」


「なんですか」


「背筋伸ばせ。後は俺が何とかする」









彼らを乗せた車両が保安局の分署に到着すると、あれよあれよとQは無機質な空間にほっぽりだされた。

光学加工で見えなくしているのであろうカメラが、Qには見える。



「……ンで、なんでお前さんなんだよ」


「お前、『取り調べは男で』と注文を付けたようだな。立場も知らずに」


「男のほうが話しやすいんだよ。あんたみたいな可愛い小娘が相手じゃ落ち着かねえ」


「な……どういう意味だそれは。返答次第では……」



赤髪の彼女は拳銃をちらつかせた。

Qは顔色を変えない。彼女が部屋に入ってきてから青くなったままだった。



「俺ァもう撃たれたも同然さ。さっさと替わってくれ」


「『撃たれた』だと? ふざけるのも大概に――!!」


「勘弁してくれ。胸が苦しくてたまんねえんだっての……」



Qは机に突っ伏す。沈み込むQとは対照的に、彼女は顔を赤らめて詰め寄る。



「何なんだ貴様! 一体どういうつもりだッ!!」


「クソ……調子乱されるぜ」


「それはこっちも同じだ! 『名無し子バスタード』のくせに……」



どんどんヒートアップする彼女は乱暴に書類を叩きつけ、貧乏ゆすりをしながらQの対面に座った。



「……俺はマーズ警部。まずは氏名を聞かねばな」


「『俺』ねぇ……Qキュー。アルファベット1文字でQだ」


「……言わないとわからないか。本名はと聞いているんだ」


「これが俺の本名さ。小さいころに捨てられたもんで、まともな名前は持ち合わせちゃいねえのさ」



深くため息をつきながら、彼女は書類に書き込む。ペンの音が痛々しい。

そんな姿を見てQは、彼女は取り調べに向いていない、と評価を下した。



「……お前が発砲したものであろう弾丸がここにある。9mm弾だ」


「ええ? それって誰かの鼻くそじゃねえの?」


「銃はどこにある」


「ええ? 食っちまったよ。ンなもん」


「……貴様、ヘックスを舐めてるのか? なァ、おい!!」



Qを相手に脅しが通用するとでも思っていたら大間違いだ。彼にかかれば殺意の有無など手に取るようにわかってしまう。



「動機を聞くんじゃねえのかよ」


「チッ! 貴様が進行をするな」



ぶつくさと苛立ちを口に出しながらも、Qの言う通り、マーズは問いただす。

Qは彼女から視線を外し、天井の隅っこに設置されたカメラに顔を向けた。



「動機よりも先に聞かなければならないことがある。この9mm弾、現場に落ちていた薬莢には……」



彼女は薬莢をつまんで、Qの顔の前に出した。


『ヘックス』。製造年のおまけ付き、その隣にはシリアルナンバーにも見える数字ときた。


――なるほど。



「詳しいねぇ……ありゃ借りた銃だよ」


「誰なのか、一応聞いておこう。気は進まないが」


「リオンってガキさ。そいつに頼まれて、とある人物を追ってたんだ」


「……貴様、どこを見ている」


「『カレン・コルトレーン』」


「は? は、おい…………貴様ッ!!」



攻守交代の時間だ。マーズは机上の書類の山を乱暴に払いのける。バラバラと落ちゆく一枚一枚、Qはその紙面に目を通す。



「カレンがリオンの父親を殺した。俺は証拠を掴んだ。末端のお前には確かめようのない話だが……」


「貴様、姉御――いや、『カレン・コルトレーン』という女の身分を知っていて言ってるのか」


「身分? さすが、階級社会の人間は言うことが違う」



みるみるうちに余裕を失ったマーズはQに掴みかかった。

――煽りに弱い相手なら、たとえ女であろうとやりやすい。闘牛のようなものだ。



「コルトレーン家のご令嬢、コードネームはシャドウプレイ。そして今じゃ『ヘキサデシクラフト特殊執行機関 最高顧問』……あとは何だったか。根暗とか?」



彼が無駄に長い肩書を暗証できるのは、事前に覚えてきたからではない。

しかし、得意げな顔でいられるのもこの時までであった。背後から声がする。



「……誰か、私の話をしたかしら」



「――――は??」



「ごきげんよう。私のことを知る、私の知らない御仁」

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