第4話
「な……え…………!!」
「銃を向けられたら誰だってビビるさ。俺だって怖かった」
リオンは後ずさり、そして尻餅をついて倒れた。
Qはいたずらっぽく笑う。リオンのオーバーリアクションっぷりにつられたのだ。
「気になることがひとつ。グロックなんて骨董品、どこで手に入れた?」
「それは……死んだ父が遺したもので……」
「そうか」
言いながら、Qは弾倉に9発ぶんの弾丸を込め、とどめにスライドを引いた。
すっと立ち上がり、裏路地の闇へと身体の正面を向ける。銃はポケットに突っ込み、はたから見れば何をしようとしているのか見当もつかない。
「あの……なにを?」
「ま、見てろよ」
Qが吸い終わった煙草を指で跳ね飛ばすと、銃声が1発分。Qは我関せずといった顔で薬莢を拾い上げた。
銃はあいも変わらず、Qのポケットの中に収まっている。
え、とリオンは声を漏らし、目をこすりながら何度も銃を見た。Qはぽつりとつぶやく。
「……やっぱり、こいつはまだ固いな」
「か、固い……ですか?」
「ああ、反動が、な。新品同様って意味さ」
その新品をリオンに投げ渡し、Qは再び室外機に座り込む。
「リオン、お前は人を殺すつもりか?」
「……それが復讐になるのなら、そのつもりです。覚悟は、できてます」
「そうか……だがよ、やっぱ、人殺しは良かねえよ」
リオンはQの隣に立つ。リオンはQを見上げるも、彼はそっぽを向いていた。
「スミス&ウェッソンを握れば、猿だって人を殺せちまう。銃を持っても人を殺さずにいられるのが1流なんだ」
「はぁ……」
「簡単なのは脚を狙うこと。次に手。得物を正確に狙い撃てれば言うこともない」
リオンにとっては要領を得ない話だった。何をいきなり語りだすかと思えば、脚を狙えという話である。
「それを……どうしてぼくに?」
「人を撃つ立場になるのはお前だ。そのときになって初めて『やっぱり人殺しなんかしたくない』って思ったって遅いだろ」
「それなら……銃を捨てれば――」
「――お前が死ねばわけねえよ。みんなが生き残るためには、わかってるヤツが撃つ役目を引き受けなきゃなんねえのさ」
さて、とQはいつの間にかまた吸っていた煙草を灰皿に捨てる。あくびをしながらバーへ戻っていく。
残されたリオンはグロックの照準で灰皿を狙ったりしてみて、頷きながらQについて行った。
「さあて、リオンには色々と書き物をしてもらおう」
L字に折れ曲がったバーの、一番奥のソファー席に移動した2人。シュガーは隣で漫画を開いて笑っている。
「まずは名前から、だな」
Qは〝メニュー表〟の中から『契約書』という3文字が書かれた紙を取り出した。ペンをローテーブルに転がし、空欄を指し示す。
「読み書きは?」
「できます」
「そりゃ結構」
彼は書いた。『レオナルド・リー・コーエン』、と。
コーエン、コーエン…………『ティモシー・コーエン』。Qの脳裏に今は亡き博士の顔が思い浮かぶ。
彼を殺したのは『ハリー・チンタオ』。在りし日のQである。
そして『カレン・コルトレーン』。
――カレンは、ハリーがQとして生きていることを、知らない。
「……Qさん? 書けましたよ」
「ん、ああ。じゃ次は――――いや、いい。本来は依頼料の話をするんだがな」
「えッ!? Q!! ボランティアするつもりなの!?!?」
シュガーが大声を上げてQの顔を覗く。
「出たよ、保護者……」
「Qだって〝お人好し〟じゃん! そりゃリオンだって小さいから、わかるけどさ…………それじゃウチ、やってけないじゃん」
Qは言い返すでもなく、ただ溜め息で音を上げた。
これで居心地が悪くなるのはリオンである。それをわきまえているQはあえて言い返さなかった。
だが、当のリオンは首を突っ込む。
「……払います。父の手当があるので」
「「手当?」」
「はい。父の死の真相は隠されてたんです……」
それは、リオンがQたちに会う数日前のこと。
「――レオナルド・リー・コーエン君、ですね。お初にお目にかかります」
彼の父の墓に、彼女はいた。
「……どなたですか。父の知り合いですか」
「ええ……まあ、はい。そんなところです」
彼女は黒いドレス姿で日傘を差していた。
その姿が供えられている花のようであるのは、その緑色の長い髪と真っ白な日傘のせいだ。
「カレン・コルトレーンと申します。貴方の父、ティモシー・コーエン博士とは仕事で何度か…………
「そう……ですか」
「貴方に打ち明けるべきお話があり、恐縮ながら、この場を借りてお待ちしておりました」
リオンは遠目に、赤い髪のヘックス保安局員を見た。目の前の女性がヘックスの中でもボディーガードをつけるほどの重役である、ということは彼でも理解できた。
「立ち話は何ですので……お父様とのお時間が終わるまで、私は待っていましょう」
胡散臭さを隠すことなく振る舞う謎の人物。彼女の目の前では、リオンも迂闊なことはできなかった。
「いえ、昨日も来たばかりなので……お話って何なんですか」
「ヘックスの機密に関わるため、ここでは話せません。ゲートに車があるのでお乗りください」
カレン……そう名乗る彼女は、この間、表情を全く動かさなかった。
機械のような彼女が先行し、リオンは黒い高級車に乗せられた。
「単刀直入に切り出しますと、コーエン博士の死因は実験中の事故ではなく……他殺でした」
その一言で、リオンは体力がすべて持っていかれた。たった一言で、今日という日を終えたくなるくらい、嫌なくらい、リオンのすべてをぐちゃぐちゃにしてしまった。
「ヘックスの機密を守るため……貴方のお父様の殺害を、我々は隠蔽しました」
「な」とか「え」とかいう音しか発声できなくなった。
リオンは泣いた。叫んだ。思春期を殺してしまう告解だった。
「……殺害犯の名は『ハリー・チンタオ』。彼の身分は明かせませんが……恨みの矛先を向けるには名前だけで十分でしょう」
――十分なワケあるか。名前だけじゃ何も満たされない。もっと調べて、見つけて、そして復讐しないと気が収まらない。
「こちら、コーエン博士が生前に携帯していた拳銃です」
古びた拳銃。リオンは両手で握りしめる。
父を殺した者の名――『ハリー・チンタオ』を逃さないように、力強く拳銃を握ったのだった。
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