第64話
家に帰った俺はスマホで一輝にメッセージを送る。敵を攻略するにはまず敵を知るところから始めなければならない。今回で言うと謝敷先輩だ。あの体つきから見て運動部ということは容易に推測できるが、それ以外の情報はない。情報を集めるなら一輝が適任だ。野球部の広い人脈を使って、情報を提供してもらおう。
一輝にメッセージを送った俺は結菜の部屋に行く。ノックをすると結菜が返事をしたので、部屋に入る。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃねえ。勝手に俺を巻き込むなよ」
「ごめんって。でも穂高を馬鹿にされて腹が立ったんだもん」
俺の為に怒ってくれたということならそんなに怒ることはできない。
「だが、俺が負けたらお前返事はどうするんだ」
「負けないでしょ?」
「いや、負けるつもりはないが万が一ってこともあるだろ」
「そんなの断るよ。私は穂高が好きなんだから断るに決まってるでしょ」
改めてそうはっきりと言われるとたじろぐ。結菜は自分の気持ちがバレてからあからさまに俺に好意をぶつけるようになった。その好意に俺は満更でもなく、徐々に受け入れ始めていた。
これが心境の変化というやつなのだろうか。久世と班目が付き合って、はっきりと相手を裏切らないと宣言されてからというもの、俺の結菜を見る目が変わったと自覚している。
「でも、どうせなら穂高のかっこいいところ、見せてよね」
「やれるだけはやってみるよ」
「そうだ。マッサージしたげる。ほら、ちょっと横になって」
言われるままに俺はその場に寝転んだ。
結菜は俺に覆いかぶさると、背中を揉み解しながら声を掛けてくる。
「なんだかエッチなマッサージみたいだね」
「メンズエステか。あんまり変なところ触るなよ」
「わかってるって。そういうのはしないって決めたんだから」
結菜のきめ細か妬かな手が、俺の凝った筋肉を揉み解す。普通に気持ちいい。このところ色々あったから、俺も疲れが溜まっていたようだ。
結菜の全身マッサージを受けた俺はどことなく体が軽くなったような気がする。結菜の腕前はなかなかのもので、俺は素直に感心した。
「ありがと。体が軽くなったよ」
「それは良かった。穂高には勝ってもらわなきゃだしね。またやったげるよ」
案外それも悪くない。俺は肩を回しながら結菜の部屋を後にする。部屋に戻るとスマホに通知が届いていた。一輝から返信があったようだ。
俺はメッセージを開くと長文で謝敷先輩の情報が記されていた。
謝敷卓。サッカー部のレギュラーフォワード。百メートルのタイムは11秒7。かなり速いな。俺のタイムじゃどう足掻いてもリレーで勝つことは不可能だろう。となれば、やはり勝ちに行くのは騎馬戦と、目玉のチャンバラ合戦か。騎馬戦は身体の軽い俺が上になることはほぼ間違いないだろうし、チャンバラ合戦は立ち回りでどうにかなりそうだ。
サッカーのフォワードというのはエゴが強いポジションだ。目立ちたがりでもある。その特性を考えると、チャンバラ合戦にしろ騎馬戦にしろ、敵に勇猛果敢に突っ込んでくるのが容易に想像できる。その穴を突く立ち回りを俺は心がければいいだけだ。
簡単に頭でシュミレーションするが難しいだろう。俺がクラス全体を指揮できるのならともかく、本番は各々が判断して動き回るだろうし、その中で隠密に動き回るのはどれぐらい可能なのだろうか。
「結構きついな」
騎馬戦は俺がどこまで戦えるか正直分からないし、仮に一騎打ちになった際に勝てるかどうかも怪しい。理想は二対一で挟み込むことだが、協力してくれる騎馬があるかどうかは本番になってみないとわからない。そもそも対三年生となるとチーム戦で普通に押されるのが目に見えている。
思ったよりも難題だ。この騎馬戦とチャンバラ合戦で勝利を拾っておかなければ俺に勝ち目はない。
「やれるだけのことはやっておくか」
俺は部屋の中で自主的に筋トレを始める。騎馬戦にしろチャンバラ合戦にしろ瞬発力が物を言うだろう。となると、最低限の筋肉量がないと話にならない。体育祭までどれぐらい筋力を高められるかわからないが、やれることは全部やっておくべきだろう。
少しきつめのメニューを設定し腕立てを始める。
俺は小中高と帰宅部なので、運動に馴染みがない。それでも体育祭の騎馬戦はそれなりに経験豊富だ。体重が軽いこともあり、俺はいつも騎馬の上で戦ってきた。だから騎馬戦はある程度戦える自信がある。サッカー部ということは上半身の筋肉は他の部活に比べればマシだろう。脚力を活かせるリレーでは勝ち目はないが、他の二種目は勝機があると見ている。
腕立てを終えた俺は腹筋に取り掛かる。自主的に筋トレをするのは初めてのことだが、結構きつい。これは明日は筋肉痛だろうな。
俺は苦笑しながら音楽を流しながら筋トレに励む。普段から運動をしている先輩が帰宅部の後輩に勝負を挑むのははっきり言ってどうかと思うが、結菜の為に負けられない。というか、俺が負けたくない。結菜への想いが変化しているのを自覚しながら、俺は筋トレに励むのだった。
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