第63話

 翌日の昼休み。教室に見知らぬ男子生徒が入ってきて俺を呼んだ。俺は呼ばれる覚えがなかったので怪訝な表情を浮かべながらそちらへ向かう。男子生徒は俺を連れて人気のない階段裏まで誘った。


「俺は三年の謝敷って言うんだが、お前に話したいことがあってな」

「先輩ですか。俺にいったい何の用ですか」

「実は昨日、和泉さんに告白した」


 若月が言っていた男子生徒とはこの謝敷先輩のことのようだった。


「返事はまだ貰っていない。というより待ってもらっている。俺を見てもらう為に体育祭の後、返事を貰う手筈になっている」

「それで、結菜に告白したのと俺とに何の関係が」

「君に勝負を挑ませてもらおう」

「はい?」


 勝負。謝敷先輩は確かに勝負と言った。

 困惑する俺を置いてけぼりにし、謝敷先輩は淡々と話す。


「体育祭の種目で君と個人的に勝負をする。その結果を見て、和泉さんには告白の返事を決めてもらうことになっている」


 随分と面倒なことを言い出した。見れば謝敷先輩は筋肉の発達から言って運動部だろう。対する俺は帰宅部。勝負にならないと思うが。


「君よりできる男だというのを見せたくてね」

「どうして俺なんですか」

「君は和泉さんの兄なんだろう」


 まさか兄というだけで勝負を挑まれるとは思わなかった。


「言っておくが逃げることは許さないよ。この勝負は和泉さんも了承してるんだからね」

「結菜が?」

「君なら絶対に勝つと言っていたよ。君への信頼が憎いね」


 結菜のやつ。何勝手に勝負を了承しているんだ。こんな勝負、俺に勝てるはずがないというのに。


「というわけで、そのつもりで頼む。手は抜かないよ」

「わかりました。でも具体的にどう勝負するんですか」

「騎馬戦、リレーで勝負しようか。あと一つは目玉の種目を生徒会が考えるのだろう? 勝ち越した方が勝ちというルールでやろう」

「わかりました」

「それじゃ、よろしく頼むよ」


 謝敷先輩がそう言うと満足そうにうなずき、背を向けて去っていった。

 さて、面倒なことになった。俺が勝たなければ謝敷先輩と結菜が付き合う展開になるのか。結菜のことだから断るだろうが、先輩が納得するとは思えない。面倒を回避するには俺が勝負に勝つしかないだろう。

 放課後、生徒会室に集まった俺たちは、昨日に引き続き体育祭の目玉種目について話し合う。その結果、久世が持ってきたチャンバラ合戦というのを採用することになった。

 タイミングを見計らって俺は結菜に昼間の話の確認をする。


「ごめん、穂高。巻きこんじゃって」

「お前が勝負を了承したって聞いてびっくりしたぞ」

「だってあの先輩穂高のこと悪く言うから。悔しくて。つい穂高なら勝てますって言っちゃったんだよ」


 結菜が俺の為に怒ってくれたというのは嬉しいが、勝負が面倒なのに違いはない。勝負の種目である騎馬戦、リレー、チャンバラ合戦のうち二種目で俺が勝たなければならない。俺というよりはクラスを勝たせればいいのだろうが、相手は三年だ。力量差でいえばこちらが不利だろう。


「おもしろそうですね」


 話を聞いていた若月がにやにやしながら話に入ってくる。


「先輩、男を見せるチャンスじゃないですか」

「簡単に言うなよ。俺は帰宅部なんだぞ」

「まあ先輩もやしですもんねー」


 実際、俺の体は線が細い。筋肉量じゃとても勝てないし、どう勝つかを考えなければならない。

 なにより勝負に参加するには俺がその種目に出場する必要がある。出場できなかった場合、不戦敗となってしまう。騎馬戦とチャンバラ合戦はどうにかなるだろうが、問題はリレーだ。俺のタイムはクラスの男子の平均より少し速い程度。これでリレーの選手に選ばれるかが鍵だ。


「大変なことになったね。でも、君ならなんとかしてしまうような気もするよ」


 話を聞いた久世がそう言って微笑んでくる。ここにいるメンバーは俺とクラスが違うから便宜を図ってもらうこともできない。そういう意味じゃ協力してもらうことはできない。


「大丈夫だよ。穂高なら勝てるし」


 その圧倒的な信頼はいったい何なんだ。結菜の信頼が俺のプレッシャーとなる。勝負をするからには俺も男だ。負けたくはない。なにより結菜を困らせるあの先輩には個人的に少し腹立たしく思っている。ぎゃふんと言わせてやりたいというのが本音だ。

 現状勝てる見込みがあるのは騎馬戦とチャンバラ合戦だろう。チャンバラ合戦は頭に紙風船を付けた帽子をかぶり、スポンジの剣でそれを叩き落とす種目だ。大将を先に倒すか、制限時間内に生き残った数の多い方の勝ちとなる。そういう意味では騎馬戦と同じで戦略性のある種目だ。運動能力では俺は戦えない。俺が使うべきはこの頭脳だ。そういう意味では俺がクラスのブレーンにならなければならない。


「先輩、やる気ですね。目が光ってます」

「そりゃな。負けるわけにはいかないだろ」

「やっぱり他の人に結菜先輩を取られるのは嫌ですか」

「……かもな」


 俺の心の内に湧いた、結菜への独占欲。これが好きということなのだろうか。

 益体の無いことを考えながら、俺は作戦を立てるのだった。


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