第62話

 二学期はイベントが多い。つまり生徒会も仕事が多いということだ。二学期の目玉のイベントの一つ文化祭が終わり、ほっと一息ついたのも束の間で、次なるイベントが目前に迫っていた。


「というわけで、今日は体育祭についての打ち合わせをします」


 生徒会室に集まった生徒会メンバーは結菜のその掛け声でホワイトボードに注目する。

 体育祭は二学期の目玉イベントの一つで、毎年クラス対抗がおおいに盛り上がるイベントだ。紅組、白組などの組み分けはなく、あくまでクラス対抗なのがうちの体育祭の特徴だ。中でも騎馬戦やリレーはおおいに盛り上がる。

 生徒会の主な仕事は体育祭の種目選定と行程作成だ。パソコンを使い、プログラムを作成するのも結構大変なのだが、例年のプログラムを参考にしながら作成する。


「やっぱり目玉は騎馬戦とリレーだよね。この二つの種目は最後に持ってくるのが通例だね」


 結菜が過去の体育祭のプログラムを見ながらそう言う。


「他の種目の選定だな。綱引き、二人三脚、短距離走、借り物競争は例年入ってるし入れてもいいんじゃないか」

「そうだね。そこらへんは定番だし、入れていいと思う」


 俺が発言し、結菜が頷く。


「でもさ、私はこの学校を楽しくするって公約で言って選挙に受かったから、なにか目玉の種目も欲しいのよね」


 真面目なやつだ。

 久世が手を上げ、意見する。


「だったら一度持ち帰って案を考えてくるのがいいと思う。明日までの宿題にしよう」

「そうだね。そうしよう」


 ということで話はまとまった。各自家でひとつ目玉の種目を考えてくる。例年の体育祭にはない真新しい種目を考えなければならない。結構難題だな。


「よし、じゃあ今日は終わりだな。結菜、帰るか」

「あ、ごめん。私はちょっと用事があるから先に帰ってて」

「そうか。わかった」


 結菜が放課後に用事とは珍しいな。だが、俺は特に気にすることもなく、生徒会室を出た。俺の後ろを若月がとことこと付いてくる。


「先輩、待ってください」

「なんだよ」

「結菜先輩のことなんですけど、あたし見ちゃったんですよね」

「なにをだよ」


 若月は声を潜めて俺に耳打ちしてくる。


「男子に呼び出されてました」

「マジか」


 男子に呼び出されてるということは十中八九告白だろう。それなら俺が学校に留まるのはよくないな。

 どうせ結菜のことだから断るだろうし、別に気にすることはない。


「気にならないんですか」

「結菜なら断るだろ。なんだよ。覗きに行こうっていうのか」

「そういうわけじゃないですけど」


 若月は少し不満顔だ。


「あの先輩、この際だから言っておきますけど、あたしは結菜先輩と先輩にくっついてほしいんですよ」


 若月はそう言うと唇を尖らせた。


「結菜先輩が好きなのが先輩だから応援してるんです。先輩はもう少し自覚を持った方がいいですね」

「そんなこと言われてもな。こればっかりはタイミングだし、気持ちが固まっていないのに結菜と付き合うのは失礼だろ」

「そういうことを言ってるんじゃないんです。先輩は自覚するべきです。結菜先輩はモテるってことを」


 そんなこと言われてなくてもわかっている。結菜はモテる。近くで見ていたらよくわかる。


「だから先輩はもっと焦ったほうがいいですよ。結菜先輩がいつ心変わりしてもおかしくないってことに」

「結菜が? ないだろ。あいつははっきり俺が好きだって言ってるし、これからもアピールするって言ってるんだぞ」

「それが自惚れです。いいですか。先輩が答えを出さずにいつまでも保留するってことは結菜先輩が次に進めないってことなんですよ」


 つまり、俺が結菜の未来を鎖でつないでしまっていると。若月はそう言いたいのだ。


「いいじゃなですか。好きかどうかわからなくても。試しに付き合ってみたら。それってそんなに難しいことなんですか」

「いや、後からやっぱり好きになれなかったって余計に傷つけるだろ」

「いいんですよ。付き合ってみて好きになれなかったのならそれはそれで納得できますから。それは付き合わない理由にはならないです」


 反論できない。若月は俺を焚きつけてくるが、俺にはまだ結菜と付き合えない理由がある。それはどう言って付き合いを始めるかという初歩的なことだった。若月の言うように試しに付き合ってみるのも悪くはないと思う。ただ、俺は生まれてこのかた誰かと付き合ったことがない。どう付き合いを始めたらいいかがわからない。

 女性不信の件は久世と班目の答えで氷解しはじめている。だからあとは俺の問題だ。改めて告白する勇気が俺にはまだなかった。


「女の子はいつまでも待ちませんよ。知りませんよ。結菜先輩を誰かに取られて後から後悔しても」


 若月の言葉が頭の中で木霊し、ひどく耳に残った。

 若月と分かれて家に帰る道中で、俺はずっと若月に言われたことを考えていた。あれは若月なりに俺たちを心配してくれてのことだったのだろう。それは嬉しいが、俺にはまだ踏み出す勇気がない。若月の言うように試しで付き合うのは反論できないぐらい完璧な案だった。だが、俺は怖いのだ。付き合ってやっぱり好きになれなかった時に別れを切り出すのが。今度は俺が裏切る側になるのが怖い。だから自信が欲しい。結菜のことが好きだという自信が。


「どうやったらはっきりするんだ」


 俺は頭を抱えながらベッドにダイブした。


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