第58話

班目飛鳥視点


 週が明けて、月曜日がやってきた。文化祭も終わり、平穏な学校生活が戻って来た。先週、生徒会の皆に壮亮のことを相談して、アドバイスをもらった。安城くんの話によれば、壮亮は失恋したらしく、ひどく落ち込んでいるらしい。まずは壮亮からその辺りの話を聞きだすところからだ。

 放課後、生徒会の集まりが解散し、下校の時刻になる。私は壮亮を誘って一緒に帰ることにする。元々私たちは幼馴染だし、帰る方向も同じだから一緒に帰る口実は作りやすい。

 確かに文化祭から見るからに壮亮は元気がない。好きな人の元気がないと私まで沈んだ気持ちになってくる。壮亮から失恋話を聞きだして、励まそう。壮亮の元気が戻るように私は尽くそう。


「壮亮、何かあった?」


 私は溜め息ばかり吐く壮亮に向かって思い切って踏み込んでみる。壮亮は驚いたように私を見ると、苦笑した。


「やっぱり、飛鳥にはわかってしまうか」

「まあ、長い付き合いだし」


 壮亮は足を止めると、私を見る。そして、意を決したようにぽつりと呟く。


「実は僕、失恋したんだ」


 壮亮の言葉には悲壮感がこもごもしており、今にも泣きだしそうな声色だった。


「そっか」


 私は頷くと、壮亮に歩みより、背中を叩いた。


「辛かったね」

「ああ、ずっと好きだったんだ。始めからこの恋が叶うとは、思ってはいなかったけど。それでももしかしたらって思ってた」

「失恋って辛いよね。一気にエネルギーが持っていかれる」


 私も壮亮に好きな人がいると知って、似たような経験はしている。だから壮亮の気持ちは少しはわかる。だから共感するように、私は頷いた。


「でも、壮亮が元気ないと、私もなんだか元気でないよ」

「飛鳥……」

「だからさ、今は辛いかもしれないけど、前を見て。この先きっといい出会いがあるから」

「そうだな。飛鳥に心配されるのもなんだか悪いし、できるだけ早くこの気持ちに整理をつけるよ」

「うん。私で良かったらいつでも話、聞くから」


 少しだけ壮亮の顔に笑顔が戻った。少しは元気が出たようだ。

 私は自分の言葉が壮亮に届いたような気がして、なんだか嬉しい気持ちになってしまった。


「そういう飛鳥はどうなんだ。好きなやつとかいないのか」


 ずるいなあ。不意打ちでそういうこと聞くの。せっかく抑えている気持ちが溢れ出しそうになる。


「いるよ。好きな人」

「いるのか。どこのどいつだ」

「秘密。その人には他に好きな人がいて、私には見向きもしてくれないんだけど。好きなの」

「片想いか。お互い辛いな。僕は飛鳥の恋応援してるぞ」


 壮亮に応援されるのがなによりも一番辛い。だって、壮亮にまったく意識されてないってことだから。だけど、私は諦めない。生徒会の皆が私の背中を押してくれたから。


「うん。私、諦めないよ。ずっとその人のこと待つ。いつか私に振り向いてくれるまで」


 我慢強いのが私の長所だ。どうせなら、最後の最後まで足掻いてみせる。


「でも、飛鳥が好きになるやつってどんなやつだろな。興味があるよ」

「鈍感な人」


 こんなに近くにいるのに、心はずっと離れている。少しでもこの距離を詰めることができたなら、私は幸せで死んでしまうだろう。安城くんいはいろいろ手伝ってもらった。壮亮相手にそういうことをするタイミングがあるかはわからないけど、備えあれば憂いなしだ。私はもう純情だった頃には戻れない。私は既に汚れてしまった。だけど、どんな手を使ってでも壮亮を手に入れる。その思いだけは心の内に宿っている。


「壮亮ってその人のことが初恋だったの?」

「いや、違う。今だから言うけど、初恋は飛鳥だよ」

「え、私?」

「そりゃずっと近くにいるんだから意識しないわけないだろ」


 まさか、壮亮の初恋の相手が私だったなんて。嬉しい。でも、私はそれに気づかなかった。その間に壮亮は他の人を好きになってしまった。これは私の失態だ。もっと早く思いを伝えていれば。


「そうなんだ。壮亮が私のこと好きなことがあったなんて、なんか意外」

「そうかな? でも、うん。飛鳥が僕を好きなわけないって諦めた。幼馴染でいようって決めたんだ」


 確かに、私もこの関係を壊すのが怖くて踏み出せなかった。ずっと壮亮への想いを胸に秘めたまま、ここまで来てしまった。だけど、足踏みするのはここまでだ。私は踏み出す覚悟をした。


「私も、初恋は壮亮だった」

「え、嘘」

「ほんとだよ」


 思い切って踏み出してみる。壮亮は驚いたような顔をしているけど、嫌そうな顔はしていなかった。


「そっか……じゃあ僕が告白していたら付き合っていたのかもしれないのか」

「そうだね。私も告白すればよかったって後悔してる」

「それって」

「うん。私は今でも壮亮が好き」


 言った。言ってしまった。もう後戻りはできない。これで幼馴染としての関係が壊れようが、どうでもいい。私は前へ歩み出す。


「そっか。飛鳥の好きな人って僕なのか」

「うん」

「考えてみるよ。まだ今は気持ちの整理がつかないけど」


 生徒会のみんなに言ったら驚くかな。私が壮亮に気持ちを伝えたこと。それを想像すると、胸が高鳴るのだった。


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