第57話
校門で待っていた結菜たちと合流し、ファミレスに向かう。学校はすっかり元の日常の風景を取り戻し、文化祭の余韻が校内に漂っていた。
俺たちは歩いてファミレスに向かう。ニ十分ほど歩いてファミレスに入ると、店員が案内をしてくれる。
夕方ということもあり、ファミレスは徐々に客足が増えている時間だった。それでも四人掛けのテーブルが空いていたので、そこへ通される。
若月がメニューを開き、隣で班目が覗き込む。席位置は上座に班目が座り、その隣が若月。若月の正面が結菜、その隣が俺という席配置だ。文化祭であれほど食べた結菜だが、ライブで体を動かした分空腹なのか、目を輝かせてメニューを見ている。女子がメニューで頭を悩ませている間、俺はスマホを確認する。一応家に今日は食べてくると連絡を入れておく。
「決めました。あたしはこのクリームパスタとドリンクバーで」
「じゃあ私はこのピザ頼もうかな。みんな食べるでしょ」
「そうですね。私はチーズドリアを頼みます」
女子三人がそれぞれ注文するメニューを読み上げる。俺はピザを抓めればそれでいいから、ドリンクバーだけでいいか。注文が出そろったところで、ベルを鳴らし店員を呼ぶ。
「クリームパスタとファミリーピザ、それからチーズドリアを一つ。あとドリンクバー四つで」
結菜が代表して注文を読み上げる。店員が恭しく頭を下げ、奥に下がっていく。
「それじゃ私と朱星ちゃんでドリンクバー入れてくるね。何がいい?」
通路側に座っている結菜と若月が立ち上がる。
「私はオレンジジュースで」
「俺はジンジャエールで」
「オッケー」
結菜と若月がドリンクバーへ消えていく。俺は二人がいなくなったこのタイミングで班目に切り出す。
「久世のやつ落ち込んでただろ。失恋したんだってよ」
「え、そうなんですか」
班目が驚いたように目を丸くする。
「だから、アピールしていったらいいんじゃねえの」
「そうですか。壮亮が……」
班目は目を伏せると自分に舞い降りた幸運を喜ぶでもなく、ただ溜め息を吐くだけだった。
「私がアピールしてもいいんでしょうか」
「当たり前だろ。恋愛はタイミングだぞ。早い者勝ちなんだ」
好きになるのが遅かったり、逆に早すぎたりした場合、本命と付き合えないなんて事例は山ほどある。少なくともチャンスがあるのなら、俺は攻めるべきだと思うが。
「だけど、私は壮亮に女として意識されてないですから」
自信なさげに班目が目を伏せる。
「そんなこと言ってたら手に入るものも手に入らないぞ。いざという時の為に俺に頼んであんなことまでしたんだろ」
「それはそうですけど」
いまいち煮え切らない。やはり班目には自信が足りないのだ。
不意に俺の肩が叩かれ、俺は振り返った。
「なに二人で秘密の話してるのさ。私たちも混ぜてよ」
ドリンクバーから戻って来た結菜がジト目で俺を見ていた。聞かれたか。俺は小声で班目に謝った。
「いいですよ。そろそろ隠し切れないと思っていましたから」
そう言うと班目は戻って来た結菜と若月に、久世に思いを寄せていることを話す。久世に好きな人がいること、以前放送部に質問をしたことなど、俺が知っている情報は全て打ち明けた。勿論、俺との秘密の特訓のことは伏せていたが。
「そうだったんですね。班目先輩、久世先輩のことが」
「いいじゃん。幼馴染を好きになるってすっごく漫画みたい」
若月と結菜がそれぞれ反応を示す。
「私たちも協力するよ。だからがんばってみようよ」
「はい。二人に相談したらなんだか胸の奥のつかえがとれました。がんばってみます」
班目も自信を取り戻したのか、決意の表情をしていた。今まで班目は秘密を共有する相手が俺しかいなかった。だが、同年代の女子に相談に乗ってもらったことで後押しされたのだろう。
「そうと決まればまずは作戦だね。飛鳥ちゃんを女の子として意識させなきゃ」
「あたし、いい考えがありますよ」
若月はそう言うと、人差し指を立てる。
「久世先輩の失恋話を聞いてあげればいいんですよ。一歩踏み込んで、そういう話ができる空気を作るんです」
「確かにな。恋バナをするのは案外馬鹿にできないかもしれないな」
俺が同調すると、若月は頷きながら言う。
「男の子は自分の失恋の話を打ち明けることで、その相手のことを意識しちゃうものなんです」
「でも、壮亮、私にそんなこと話すかな」
「話すと思いますよ。久世先輩って人とは距離取ってますけど、班目先輩のことは信頼してる感じありますし」
「そう見えるかな?」
「見えますね。こっちから話しやすい空気を作ってあげれば多分すんなり話すと思いますよ。ほら、失恋で落ち込んでる時って心に隙ができやすいじゃないですか。それを誰かに聞いてもらいたいって思うもんなんです」
確かに、久世はたいして親しくもない俺に失恋の話をした。若月の言う通りなのかもしれない。
話を聞いていた班目も、納得したように頷いている。やはりこういう相談事は若月が適任なのかもしれない。
俺にすら話したんだ。幼馴染の班目に話さないとは考えにくい。若月の言う通り、こちらから攻めてみてもいいかもしれない。
「わかった。やってみる」
班目がそう言って、拳を握った。
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