第47話
俺は家に帰ると父さんが帰ってくるのを待って、声を掛けた。
「父さん、母さんと会いたいんだけど」
俺がそう言うと、父さんは神妙な面持ちになって小さく息を吐いた。
「いつかお前がそう言ってくるだろうと思って、連絡先は取ってある。ちょっと待っていなさい」
そう言うと、父は自室に戻ると、一枚の紙を持ってきた。
「これが連絡先だ。好きにしなさい」
「ありがとう。助かるよ」
俺はその紙を受け取り二階に上がると、話を聞いていた結菜が付いてきた。
「お母さんに会うの?」
「まあな。そろそろ向き合わなきゃだろ」
「この家を出て行ったりはしないよね」
結菜が不安そうな表情を浮かべる。
俺はそっと微笑むと、「それはない」と首を横に振る。
俺にとって父さんを裏切ることは絶対にない。たとえ母親の方に事情があって、俺たちから離れていったのだとしても、俺は母親を許すことはないだろう。
「とにかく心配はいらないよ。会うだけだから」
「それならいいけど」
結菜は俺がこの家から出て行くことを心配しているようだ。高校を卒業したらそれも考えるかもしれないが、現時点でその考えはない。俺は結菜の目の前で、紙に書いてある連絡先に電話を掛ける。
数コールの後、母親は電話に出た。
「もしもし」
「もしもし。久しぶり。あんたの息子の穂高だけど」
「穂高? 久しぶりね。急にどうしたの」
十数年ぶりに聞く母親の声は少しか細いと感じた。弱弱しいそんな印象を受ける。
「実は母さんに会ってみたいと思って。時間空けれる?」
「もちろんよ。今度の土曜日とかどうかしら」
「うん。土曜日で大丈夫」
「場所はどこにする?」
というわけで土曜日に近くのカフェで落ち合うことに決めた。少し話をするだけだ。カフェぐらいの方が気楽でいいだろう。約束を取り付けた俺は電話を切る。隣で不安そうな表情を浮かべている結菜を見て、俺は苦笑する。
「なんでお前がそんな不安そうなんだよ」
「だってさ……お母さんは穂高のトラウマなわけじゃん。そのトラウマと向き合うのって大丈夫なのかなとか色々考えるよ」
「若月を見ていて思ったんだけどな。俺もいつまでもくじけてちゃダメだと思ったんだよ。若月強いだろ。俺も負けてられないなって」
「朱星ちゃんの影響なんだ」
それを聞いた結菜が少し頬を膨らませた。妬いているのだろう。
「若月とはなにもない。あいつとはいい友人って感じだな。それ以上でも以下でもない」
「わかってるけどさ、不安になるじゃん。仲いいし」
「まあ懐かれてはいるよな」
若月は最初勘違いから俺に懐いた。誤解が解けた後も俺と一緒にいるのは若月も自分の弱点と向き合おうとしているからなんだろう。それほどの強さが若月にはある。
「てか、文化祭実行委員会もがんばってるみたいじゃん」
「ほとんど若月ががんばってるんだけどな。俺はその補佐って感じだ」
「聞いてるよ。朱星ちゃんめっちゃ頑張ってるって。文化祭実行委員長の大熊くんから」
「大熊もしっかり仕事はこなしてるしな」
実際、若月が危惧したような事態には陥ってはいない。大熊は上に立つ者としての素質を十分に発揮しているし、支えるメンバーも優秀だ。陽キャの集団になっていることから俺のような陰キャは少々肩身が狭いが、それもたいした問題ではない。
「私たちも舞台で何かやればよかったかな」
「何するんだよ」
「バンドとか?」
「お前ギターは弾けるのか」
「まったく」
「ダメじゃん」
ギターは一朝一夕でどうにかなるような代物じゃない。継続して練習しなければ演奏なんてできないだろう。
ただ生徒会として参加したかったという結菜の気持ちもわかる。俺の噂を除けば、生徒会は人気だし、文化祭を盛り上げる為に一肌脱ぎたいという気持ちも頷ける。結菜を筆頭に久世と班目も評価は高いし、人気という意味ではかなりのものだ。あとは俺たちがこれからどんなことに取り組んでどんな成果を出すか。そこを気にしている生徒が多いだろう。
「制服のデザインの方は順調か」
「うん。学校の承認ももらったし、デザイナーさんに話はつけたよ」
「仕事が早いじゃないか」
「久世くんが動いてくれて」
実務に手慣れた久世がサポートしているのは手厚いな。俺が隣で支えるよりも、久世が生徒会を回した方が上手くいくだろう。だが、そこに仄かな嫉妬心がないわけじゃない。一応結菜のパートナーは俺だし、俺がもっと結菜を支えたいという気持ちがあるのも事実だ。
「まあ生徒会としては順調だと思うよ」
「そうだな。俺の噂も徐々に鎮火していってるみたいだし」
「まあ嘘ではないもんね、あの噂」
「あまり突っ込まないでくれ」
結菜だけじゃなく、班目とも関係がある俺は本当は天誅を下されるべき人間だろう。若月にこのことを話したら流石に失望されるだろうな。
「まあとにかくとりあえず会ってくる。心配いらない。夕方には戻るよ」
「うん、わかった」
そう言うと、結菜はまだどこか不安そうな顔をしていながらも、部屋に戻っていった。
俺も覚悟を決めなくてはな。母親との対面はさすがに緊張する。
その日、俺はなかなか寝付けないのだった。
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