第45話
それから数日経った。なんとなく女子から避けられるようになってきた俺は、噂が広まっているのを実感する。学校に登校すると、一輝に話し掛け、動向を探る。
「どうだ、噂の方は」
「順調に広まってるみたいだぜ。で、若月ちゃんの方は鎮火していってるみたいだ」
「狙い通りだな」
結局、若月の噂はあまり広まらなかった。SNSに上がった写真もすぐに通報が集中したのか表示されなくなっているし、火種が消えた格好だ。若月を守れたという安堵と、本格的に嫌われ始めたという実感が俺を取り囲む。噂の対象が俺というのも効果が大きかったように思う。生徒会の女子よりも、生徒会副会長で結菜のパートナーという方が、注目度が高かったのだろう。
「だが、問題が起きててな」
一輝がばつの悪そうな顔を浮かべる。
「何が起きた」
「和泉さんにまで手を出してるんじゃないかってそういう噂も飛び交ってる」
「マジか」
これは完全な誤算だった。まさか結菜にまで噂が発展するなんて。俺と結菜は兄妹だから男女の関係を疑われることはないと思っていた。そして残念ながらこの噂は真実だ。過去に俺は結菜に手を出してしまっている。
これは結菜に謝る必要があるな。せっかくイメージが良かった生徒会長なのに、俺のせいであらぬ疑いをかけられてしまった。いや、あらぬ疑いではないんだが。とにかく謝るべきだろう。
しかし、これは難しい。新聞部の記事が出るまで、俺と結菜はそういう関係だと色眼鏡で見られる。新聞部の記事だって、全員が信じるわけじゃないだろう。どこかでそういう疑念は付きまとう。そして否定すれば否定するほど、疑念は深まっていく。つまり俺たちはあまり強く否定ができないのだ。せっかく好感度の高かった生徒会が、俺のせいで地に落ちることも考えられる。
俺は結菜に謝る為、放課後生徒会室に出向いた。若月には先に文化祭実行委員会に行くように指示を出し、俺は生徒会室で結菜と対面した。
「悪い、俺のせいでこんなことになっちまって」
事情を話し、噂が結菜にも飛び火していることを伝える。結菜は真顔で聞いていたが、小さく頷くと俺の肩を叩いた。
「いいんじゃない。それぐらい」
「いいって、お前の評価が悪くなるんだぞ」
「気にしないよ、私は」
そう言うと結菜は話は終わりだと言わんばかりに背を向けた。
「もっと怒ってくれていいんだぞ」
「怒れないよ。朱星ちゃんの為にやったんだから」
そう言うと結菜は振り返り、俺を見つめる。
「そりゃやきもちはやきましたけどね。朱星ちゃんの為にそこまでするのかって」
結菜は頬を膨らませるとあどけなく笑った。
「でも、朱星ちゃんは仲間だから。仲間が困ってたら助けるのが当たり前。でしょ」
結菜の器は想像以上に大きかった。自分が悪く言われるかもしれないのにそんなことは気にしないと言い切った。その器の大きさに俺は改めて敬服した。
「朱星ちゃんを助けてあげて。私もできることはするし」
そう頼もしい言葉で背中を押され、俺は力強く頷いた。
生徒会室を後にした俺はその足で文化祭実行委員会に向かう。若月がせわしなく動き回っていた。
「あ、先輩やっと来ました。舞台に参加する団体に承認通知を届けにいきますよ」
そう言って若月が俺の手を引く。冷たい手で俺は少し驚いた。若月と直接触れ合ったのはこれが初めてだ。若月は男が苦手だから触れることを意図的に避けていると思っていた。だが、今は若月から俺に触れてきた。
すぐに手を離した若月は、俺の前をスキップしながら歩く。
「聞きましたよ、先輩女好きで女を食い漁ってるんですって」
「みたいだな」
「どうしてそんな噂流したんですか」
若月は賢い。この噂を流したのが俺だということも既に気付いているようだった。
「さあな」
「あたしの為ですか」
「…………」
素直に認めるのは憚られた。若月に負い目を感じてほしくないと思う一方で、若月は全てを見通しているのだという思いが重なっていた。だが、俺が肯定することだけはできなかった。
「まあいいですけどね。先輩があたしの噂を消す為に裏で奔走してようが、それで自分を犠牲にしてようがどっちでも」
「放っておけるわけないだろ、あんな噂」
「でも、先輩、そのやり方は駄目ですよ。それじゃあたしが先輩に申し訳なく思っちゃいます」
「だったらどうすれば良かったんだ」
そう言うと若月は儚げに微笑んだ。
「側にいてくれればそれで良かったです。結菜先輩とかと一緒にあたしの側にいてくれればあたしは頑張れました」
若月は賢い。俺のしてきたことなんてお見通しだろう。それでも若月は俺に感謝してはくれなかった。
「あたし、そんなに弱くないですよ」
そう言って若月はにかっと笑った。その笑顔を見ていると俺のやり方が間違っていたんじゃないかと思えてくる。若月はとても強く打たれ強い女の子だ。俺が余計なことをしなくても勝手に立ち上がっていたんじゃないかと思う。
「でも、先輩の気持ちだけは受け取っておきます」
そう言って若月は背を向けて歩き出す。
俺は苦笑するとその背中を追うのだった。
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