第44話

 翌日、風邪が治って学校に復帰してきた若月と、文化祭実行委員会に出向く。


「風邪はもういいのか」

「はい。おかげさまでばっちり元気です」


 そう笑顔を作る若月だが、どこか無理をしているようで少しだけ元気がないように見えた。

 新聞部のインタビューは後日でアポ取りができたそうだ。俺の噂が広まるのが一週間ほどと見積もって、それぐらいに新聞部が記事を出してくれれば、噂の抑止力になるだろう。

 教室に入ると、既に文化祭実行委員の面々が仕事を始めていた。舞台での出し物は申請があった中から選定しなければならない。これがけっこう大変で、スケジュールと相談しながら決めなくてはならないので目が回る忙しさだ。部活動の出し物は優先的に選抜し、残った枠を個人の出し物で埋める。だが、全てを参加させるわけにもいかず、選ばない理由を探すのが大変だった。

 それでも若月は的確に優先順位をつけ、選定に励んでいた。その健気な様子を見ていると、なんとかして助けてやりたいという気持ちは増した。

 どうやら若月の噂は文化祭実行委員には広まっていないようで、委員たちが若月に接する様子は今までと大差なかった。

 俺の噂が広まれば、ここにいる委員たちも俺のことを色眼鏡で見るだろうが、若月を守れるのなら安いものだ。


「先輩、ちょっといいですか」

「おう、なんだ」


 若月に呼ばれ、歩み寄る。


「選定はあらかた終わったので、確認お願いします」

「了解」


 俺は若月が選定してくれた団体と、舞台のスケジュールとをにらめっこしながら確認を行う。どうやら問題はないようだ。さすがは若月、仕事が早い。


「確認したが問題なかった。これで行こう」

「わかりました。これでプログラム作成するように言いますね」


 そう言って若月はプログラム担当のところへ歩み寄る。

 やはり若月は有能だ。とても仕事ができる。若月の仕事ぶりは文化祭実行委員長も大助かりだろう。率先して仕事をこなすし、周囲をよく見ている。だからこそ、噂を鵜呑みにしてほしくはない。どうかこの文化祭実行院会だけは、若月の噂が届かない平和な場所であってくれ。俺はそう願うことしかできない。


「先輩、ポスターできたそうです。町に貼りにいきましょう」

「おう。行くか」


 見れば先日撮ったコスプレをした結菜と俺の写真がセンターにどでかく映し出されたポスターだった。結菜は笑顔が完璧で、写真を撮られ慣れている感がでているが、俺の方は少々表情が硬かった。


「結菜先輩、メイド似合いますね」

「あいつはなんでも似合うだろ」

「あたしは猫耳とか似合いますよ」

「聞いとらんわ」


 若月は悪戯っぽく笑うと、俺の前を歩く。許可を貰った開示場所は全部で三か所。今日中にその三か所を回ってポスターを貼る。

 まずは商店街に向かう。商店街には目立つ掲示板があり、そこに貼らせてもらう。やはり商店街は人通りも多いし、集客するには欠かせない。毎年うちの高校の文化祭は地域密着で、学外の人間が大勢来る。生徒たちも気合を入れて出店を行うので、おおいに盛り上がるのだ。去年は一年生で右も左もわからず参加したが、その熱狂ぶりはまさにお祭りといった感じだった。


「先輩、昨日はありがとうございました」

「改まってどうした。別に俺が勝手にやっただけだ」

「いいえ、せっかく親切で来てくれたのに、追い返すみたいになっちゃってごめんなさい」


 やはり昨日途中で帰したことを気にしていたのか。男が怖いのだから当然の話なのだが、若月は気にしているらしい。そういうところも性格の良さがにじみ出ているのがなんともいじらしいところだ。


「気にするな。言っただろ、俺が勝手にやっただけだって」

「ありがとうございます。やっぱり先輩は優しいですね」


 優しいのかはわからない。俺は誰にでも優しいわけじゃないし、人は選ぶほうだと思う。ただ若月には優しくしてやりたいと思う。そう思わせるだけの人柄がこいつは持ち合わせている。

 そんな話をしていると商店街に辿り着いた。俺は手に持った袋からポスターを取り出すと、掲示板に貼り画鋲で止める。

 次は駅前だ。若月が「持ちましょうか」と言ってきたのを断り、俺たちは駅に向かって歩き出す。


「結菜先輩が先輩のこと好きなのなんかわかっちゃいました」

「なんだよいきなり」

「先輩って女子には凄い優しいですよね。女たらしです」

「そんなつもりはないが」


 そう思って自分の行動を振り返る。優しくした自覚があるのは結菜と班目と若月。見事に全員女子だった。

 そうか。俺って女性不信なのに女たらしなのか。軽くショックを受ける俺を見て、若月がくすくすと笑う。


「昨日は本当は凄く安心したんです。風邪を引いて、正直心細かったから」

「風邪を引いた時は誰でもそうなるよ。お前だけが特別なわけじゃない」

「そうかもですね。でも、先輩だと男の人なのになんだか安心できたんです。これってやっぱり人柄なんですかね」

「それは知らんが」


 最初の勘違いが大きかったのかもしれないな。若月は俺が男好きだと思って接近したわけで。その間に若月の信頼を勝ち取る何かがあったのだろう。


「駅前ですね。今度はあたしが貼りますよ」

 

 そう言って若月はポスターと画鋲を俺から奪って駆けていく。その後姿を見ながら、俺は思わず頬を緩めるのだった。



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