第42話
コンビニでレトルトのお粥とゼリーやスポーツドリングを購入し、若月の家に戻る。若月は鍵を開けたままでいてくれたようで、俺は「お邪魔します」と一声かけて家に入る。キッチンは好きに使ってくれたらいいと若月が言うので、俺は電子レンジでお粥を温める。そして食器棚から適当な器を見繕うと、温めたお粥をそこへ注ぐ。スプーンと一緒にお盆の上に乗せ、二階の若月の部屋まで運ぶ。
「戻ったぞ」
「おかえりなさい、先輩」
若月は素直にベッドで横になっていたようだ。弱っている若月を見るのはなんだか新鮮だが、病人にそんなことを想うのは失礼だろう。
「食べさせてください」
若月はベッドから体を起こすと、そう言ってマスクを取る。
「まあ病人だしな。いいぞ」
そう言ってスプーンでお粥を掬うと、若月の口へと運ぶ。若月は勢いよくスプーンにぱくつくと、「美味しい」と言って咀嚼する。
「あんまりキッチンを汚すのもなんだと思ってな。レトルトにしたが我慢してくれ」
「知らないんですかー先輩。レトルトって美味しいんですよ」
若月はそう言って笑う。少し元気が出てきたようだ。
少しずつお粥をよそいながら、若月の口へ運び続ける。若月は食欲はあるようで、勢いよくぱくついていく。
そうしてお粥を全て平らげると、ふーっと息を吐いた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末様。あとゼリーもあるからよかったら食べてくれ」
「ありがとうございます」
若月はおでこに冷えピタを貼り変えながら、そう言ってお礼を言ってくる。
「それにしても迷惑な話ですよ。あの写真が出回るなんて」
「だよな。まだそんなに広まってはいないだろうが、噂になってる」
「別に否定するつもりもないですけどね。面倒ですし」
「それはダメだろ。お前がビッチ呼ばわりされちまう。それに、噂を聞きつけた男が寄ってくるとも限らないだろ」
若月は目を丸くして俺を見る。
「なんだよ」
「ああ、いや。先輩、ちゃんと私のこと考えてくれてるんだなと思いまして」
「当たり前だろ。大事な生徒会の仲間なんだから」
そう言うと若月は少しだけ頬を朱に染め、目を逸らした。
「あたしも先輩の後輩で良かったと思ってますよ」
そう言って満面の笑みで笑った。
「少し寝るか?」
「そうですね。少し寝ようと思います。それでその」
若月が申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「わかってる。俺は帰るよ。安心してゆっくり寝てくれ」
「ありがとうございます」
若月は男と密室で二人になるのを恐れている。本当はこの状態だって怖いはずなんだ。だから男のいる前では安心して眠ることができないだろう。俺は若月の家を出ると、そのまま学校へ戻る。
考えなくてはならないことが山積みだ。若月の噂、なんとかしてやりたい。だが、あの写真が出回っている以上、完全な否定は難しいだろう。それに全ての真実を公にするには、若月が男に襲われたという事実も公表しなければならない。だが、それは駄目だ。若月の心の傷を抉ることになる。
最低限、若月の力になる生徒会でできることを考えろ。
学校に戻ると、時刻はちょうど昼過ぎだった。四時限目の授業中ということで、俺は生徒指導室に寄り、遅刻の手続きを処理してから教室へ向かう。教室に入ると一輝が心配そうに声を掛けてきた。
「大丈夫だったか」
「ああ、ただの風邪だ。本人は元気そうだった」
「俺はあんな噂信じてないからな」
「助かるよ。そうだ一輝、ちょっと頼めるか」
噂には噂だ。野球部の一輝が噂を流してくれたら、瞬く間に学校中に広まるだろう。
問題は流す噂の内容だ。若月にダメージがいかず、若月を守れる内容でなければだめだ。
俺は熟考し、ひとつの噂を一輝に託す。
それは、安城穂高が男好きと言うのは嘘で、女を食い漁っているという噂だ。どれほど効果があるかはわからないが、俺の噂で若月の噂を掻き消すのが狙いだ。若月の噂はまだそんなに広まってはいない。なら、別の噂でそれを掻き消してやる。
「本当にいいのか? そんな噂を流したらお前の評判が落ちるぞ」
「かまわない。俺は生徒会の顔ってわけじゃないしな」
一輝は心配してくれたが、別に俺の評判が落ちようと何も困ることはない。実際、俺は結菜とも寝たし、班目とも体の関係にある。あながち嘘というわけでもないからな。事実ではない噂で後輩が傷つくのは見ていられないというだけだ。
それに生徒会としてもこの問題を放置していくわけにはいかないだろう。若月がやりまくっているという噂にしろ、俺が女を食い漁っているという噂にしろ、不純異性交遊だ。元風紀委員の班目の立場もある。いずれ、なんらかの公式発表はする必要があるかもしれない。とにかく、俺の噂が学校中に流れれば、若月の噂が消えていく可能性が高い。今はそれぐらいしかできることがないのが歯がゆいが。それでも何も手を打たないよりはマシだろう。
あとは生徒会のみんなと相談して、対策を決めるか。
俺はそう考えをまとめると、教科書を出して授業に集中する。
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