第41話
翌日、学校に行くと一輝が俺に話し掛けてきた。
「生徒会、大変そうだな」
「まあ文化祭実行委員とかいろいろあるからな」
「そうじゃねえよ。あのほら、なんていうの、若月っていう一年生の子」
「若月がどうかしたのか?」
「お前、知らないのか?」
一輝が声を潜めて耳打ちしてくる。
「今、噂になってるんだよ。誰でやらせるビッチって」
「はあ?」
なんでそんな噂が流れているのか。若月は誰でもやらせるどころか、男が苦手だというのにそんなことがあるはずがないだろ。そう言おうとした俺は一輝の次の一言で押し黙った。
「なんか写真が出回ってるらしいぞ。ハメ撮りかなんかの」
俺は絶句する。そんな写真、どこのどいつが出回らせたんだ。俺は憤りで拳を強く握っていた。
とにかく、若月に話を聞かなきゃ始まらない。俺は教室を飛び出し、一年生の教室に向かった。
「若月さんなら休みですよ」
一年生の女子にそう言われて、俺は無駄足だったと諦める。
一年生の女子に礼を言い、踵を返して自分のクラスに戻った。
俺はスマホを取り出し、SNSを開いた。若月朱星で検索すると、件の写真が表示される。見たところ、大事な部分は何一つ写ってはいない。だが、股を開き、生気の失った目をする若月が確かに映っていた。こんな写真、ネットにバラまくなんて、どこのどいつだ。俺は即通報し、SNSを閉じる。こうなったら若月に直接話を聞きに行くしかない。俺はいてもたってもいられず、学校を飛び出した。
若月の家は前に教えてもらったから知っている。若月が前に結菜を付けていた時に、本当に家が同じ方角なのかどうかを確かめたのだ。
若月の家に辿り着いた俺はインターフォンを鳴らす。数秒待つと、若月らしき声が応答した。
「はい……」
「えっと、僕は朱星さんの学校の先輩で安城と申します」
「先輩⁉ なんで来たんですか」
「ちょっと話を聞きに来た。開けてくれ」
「……男の人と密室になるの怖いんですけど」
確かにそうか。今まで若月は俺が男好きだと思っていたから距離感近く接していたのだ。俺が本当は女を抱けると知った今、男が苦手の若月と密室になるのは確かに怖いのかもしれない。
「でも、先輩だからいいですよ」
そう言うと、若月が玄関から姿を現した。パジャマ姿でマスクをしている。どうやら風邪を引いてしまったらしい。俺は若月に付いて中に入るとドアを閉めた。若月の部屋に通されると、クッションを差し出される。
「風邪引いてるんで、なにもおもてなしはできませんが」
「別に構わない。風邪で休んでるとは思わなかったからな」
「じゃあなんで休んでるって思ったんですか」
「噂になってるんだよ。お前が誰にでもやらせるビッチとか、写真が出回ったりもしている」
そう言うと若月は目を見開いた。どうやら噂になっていることは知らなかったらしい。無理もない。俺が噂を知らなかったのだから、まだ噂自体は然程広がってはいないのだろう。野球部の一輝だから知っていたと考える方が妥当だろう。
「そうですか。写真が」
「あの写真はなんだ。どうしてあんな写真があるんだ」
俺が問い詰めると若月は深く息を吐くと、ぽつぽつと語り出した。
「実はあたし、中学の頃に一回男の人に襲われてて。いわゆる性暴力を受けそうになったことがあるんです」
それを聞いただけで、俺はなぜ若月が男を恐れるのかが理解できてしまった。若月は言っていた。男は性欲で行動していると。若月にそんな考えを植え付けたのも、そんな事件があったからなのだろう。
「まあ幸い、未遂には終わってるんです。でも写真を撮られてて、データを持ってたんでしょうね。保護観察の男の子が出てきたんだと思います」
「どうしてそんなこと」
「あたしが悪くて。あたしあざといじゃないですか。いろんな男の子に注目されてて、そのうち女子に嫌われるようになって。その女子の仲のいい男の子が仲間を集めてあたしをいじめるようになったんです」
いじめか。正直普段の若月からいじめられていた姿なんて想像できないが、俺は若月の強さに驚いた。
「いろいろいじめられたんですけど、そのうち性暴力に発展して。胸とか触られたり、写真を撮られたりしたんですよ」
「それは許せないな」
はらわたが煮えくり返る。こんな無力な女子をいじめて、性暴力を加えるなんて加害者は許せるものじゃない。
「久世先輩が助けてくれて、ぎりぎり最後のラインは越えなかったんですけど、あたしをいじめていた生徒は保護観察処分になりました。それから男の人が怖くて」
「そうか。それは当然だな」
そんなに怖い男である俺を部屋に招き入れるのは余程の勇気がいっただろう。それだけ信頼されているということだ。俺は若月の信頼を決して裏切るわけにはいかない。
「学校、来れるか?」
「いけますよ。あたし、強いですから。そんな噂に負けたりしません」
たくましい。若月朱星という女の子はとても強く、そして賢い人間だ。こんな理不尽に負けたりしないのだろう。だが、苦しむはずだ。俺たち生徒会メンバーが若月を支え、サポートしてやる必要はあるな。
「ちょっと寝てろ。なんか買ってくる」
「いいですよ、そんなの」
「病人は黙って寝てろ。俺だって粥ぐらい作れる」
「ありがとうございます」
若月がベッドに横になったのを見届けて、俺は家を出る。コンビニに行って、食べやすいものでも買ってくるか。
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