第40話

 生徒会室での会議が終わり、俺と結菜は生徒会室を出て帰ろうとする。その俺の背中を若月が呼び止める。


「先輩、ちょっと付き合ってくださいよー」

「何か用事か」

「限定のパフェを食べに行きたいんです」


 若月に誘われるのは頻繁にあるから、結菜も特段訝しんだりはしない。むしろ、「行ってあげたら」と背中を押してくる。


「わかったよ」


 俺はそう返事し、若月と共にできたばかりだというカフェに向かう。

 開店したてということもあり、結構混雑していた。なんとか空いている席を探し、若月と共に腰掛ける。


「それで、何の用だよ。パフェは建前だろ」

「限定パフェが食べたかったのはほんとですよぉ。まあ、他に用事があったのも事実ですけど」


 若月は限定パフェの注文を済ませると、俺に向かって悪戯っぽく微笑んでくる。


「何があったんですか、結菜先輩と」


 やはり若月は鋭い。俺と結菜の変化にいち早く感づいている。俺は溜め息を吐くと、結菜から言われた一部始終を若月に話して聞かせた。


「なーんだ、結菜先輩言っちゃったんだ」


 そうつまらなさそうにそう呟くと、運ばれてきたパフェにスプーンを突き刺す若月。


「正直、ぎくしゃくしなくてほっとしているよ」

「先輩はそうでしょうねー」


 若月はクリームの部分を口に運ぶと、美味しそうに舐めとった。


「でも、きちんと振ってあげたほうが良かったんじゃないですか?」

「付き合ってと言われてもないのに振るもなにもないだろ」

「まあそうですけど。先輩は男の人が好きなんですよね。それじゃ結菜先輩に脈はまったくないじゃないですか」


 若月は俺が男が好きだという噂を信じている。その勘違いが話をよりややこしくしているような気がする。若月に打ち明けるのは怖いが、本当のことを話しておくべきかもな。俺も結菜も若月とは距離が近いわけだし。

 俺は覚悟を決め、若月を見据えた。


「実はその男が好きっていう噂だけどな、嘘なんだ」

「え……」


 若月の目が見開かれ、俺を凝視する。


「俺は女性不信なだけで、男が別に好きなわけじゃない」

「そう、だったんですか……」


 若月はショックを受けているかのように目を伏せた。若月からすれば俺も結菜に近付く男の一人になったのだから当然だな。


「でも、先輩女性不信なんですか」

「ああ。だから結菜と付き合うってのも現状ない」

「そうですか……」


 若月は目を泳がせながら、時々俺の方に視線を投げかける。俺が打ち明けてから明らかに若月の様子がおかしい。俺は心配になって声を掛ける。


「どうした。大丈夫か」

「ええ、はい。大丈夫ですよ。ただちょっと驚いてしまって」


 そんなに俺が男が好きじゃないという事実は若月を動揺させる内容だったのだろうか。


「先輩って童貞ですか」


 突然脈絡のない質問をしてきた若月の様子は明らかにおかしい。なにかを恐れているようなそんな空気を孕んでいる。


「あー童貞ではない」


 これ以上若月に真実を隠すのは悪い気がして、俺は正直に話す。それを聞いた若月は小さく「そうですか」と呟くと、俯いた。


「お前、本当どうしたんだ」

「あーなんというか、先輩は男が好きだと思っていたから安心していたというか」


 しどろもどろにそんなことを言う若月。そういえば若月は男が苦手なんだったな。どういう意味で苦手なのか今まで聞いたことがなかったが、もしかしたらそういう色目で見られるのが嫌なのかもしれない。贔屓目を抜きにしても若月は可愛い。多少あざといところはあるが、男からモテるタイプの女子だろう。人当たりの良さ、賢さ、女子としての魅力はかなりのものだ。だから今まで男からそういう目で見られる機会が多かったのかもしれない。


「そういや男が苦手って言ってたな」

「ええ。まあ。男の人って性欲で生きてるところあるじゃないですか。それが怖いんですよね」


 にわかには信じがたいが若月は男をそういう認識でいるのか。まああながち否定できないところではあるのが男の悲しい性だが。


「だから先輩も女の人を抱けるのかと思ったら、急に怖くなったと言いますか」

「それはすまん。噂は俺に都合が良かったからそのままにしてたが、お前を騙すみたいになってたな」

「いいんです。先輩がいい人だっていうのは生徒会で一緒してたらわかりますから。でもやっぱりそれとこれとは別っていうか」

「だったらお前、なんであざとくしてるんだ。あれって男に媚び売ってるようなもんだぞ」


 そう言うと若月は自嘲気味に笑うと、真っすぐに俺を見てきた。


「あれがあたしだからです。元々あたしは男の子好きでしたからね。その時の癖が抜けてないというか、負けたくないんですよ。そんなことで自分を変えたくないというか」


 それは意地なのだろう。若月という女子の生きざまなのかもしれない。

 若月に何かがあって、男が苦手になってしまった。いったい何があったのか、俺は聞き出すことができなかった。

 パフェをたいらげた若月に嘘を吐いていたお詫びとして、パフェ代は俺が奢った。明日から若月との関係性も変わってしまうのかもしれない。せっかく懐いてくれる後輩ができて、少しは嬉しかったんだがな。

 俺は若月と分かれ、暗くなった道を一人歩いて帰るのだった。


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