第38話

 文化祭実行委員会が終わった後、ちょうど帰りが一緒になった結菜と歩く。


「そっちは順調?」

「ああ。若月がよく働いてくれている」


 実際、若月の手際の良さはなかなかのものだった。上級生のも的確に指示を出し、仕事を振っている。俺は素直に感心したぐらいだ。


「こっちもだいたい署名集まったよ。早起きした甲斐があったね、穂高」

「ああ、起こしてもらって助かったよ」


 結菜とは上手く話せていると思う。変に意識をしなくてよくなったおかげか、今まで通りの感じで話せている。

 だからこそ、俺が知ったということも伝えておく必要があるだろう。


「そういえば、中学の頃のアルバムを見た。それで、なんていうか、結菜の写真を見たんだ」


 結菜が身持ちを固くする。

 互いの間に緊張が走り、空気が貼りつめる。


「それで、その……お前が俺に中学の頃告白してきことを思い出した」

「そっか、やっぱり気付いちゃったんだね」

「ああ」


 しばしの沈黙が流れる。

 結菜はふーっと息をひとつ吐くと、笑顔を向けてくる。


「もう、気付くの遅いよ」

「すまん。見た目が凄く変わってたから気付かなかった」

「うん、私すっごく変わったからね。頑張ったんだよ」

「ああ、すげえ可愛くなったと思う」

「ありがと」


 結菜は俺の隣を歩きながら、そっとそう呟いた。

 舞い落ちる葉がひらりひらりと俺たちの前に舞う。

 結菜はその葉を空中で掴むと、手のひらの上に乗せた。


「朱星ちゃんから何か聞いてる?」

「ああ、お前が俺に告った後に別のやつに告白したって聞いた。だから安心しろ。変な勘違いはしない」


 俺がそう言って結菜を牽制する。俺はやはり結菜に別に好きなやつがいるとは考えられない。一緒に暮らして結菜を見てきて、そんなに移り気なやつとはとてもじゃないが思えない。だからきっと今でも俺のことを想ってくれているのだろう。だが、それを口に出させるわけにはいかない。今伝えられても、俺は結菜の気持ちに答えられない。また振ることになってしまう。家族で過ごす以上、それだけは避けたい。


「あー、なんかやっぱり違うな」


 結菜はそう呟くと、足を止める。


「私、まだなんもできてないから、穂高に知られるのが怖かった。だから、朱星ちゃんに協力してもらったんだけど……穂高にそう思われるのはやっぱり違う」


 そう言って結菜は真っすぐに俺の目を見た。


「嘘なの。他に好きな人がいるって話。ほんとは今でもずっと穂高のことが好き」


 真っすぐな言葉をぶつけられ、俺はたじろぐ。まさかここで本心をぶつけてくるとは思わなかった。咄嗟の出来事に俺は対応できず、言葉に詰まってしまう。


「中学の時からずっと好き。セフレになったのだって、穂高だからだよ。穂高以外の男の人相手にあんなことしないよ。他に好きな人がいるって穂高に思われるのはやっぱり嫌だ」


 やはり結菜の好きな人は俺だった。そのわかりきった事実を突きつけられたことで、俺は断腸の思いで言葉を紡ぐ。


「気持ちは嬉しいが、やっぱり俺はお前の気持ちに応えることはできない」

「わかってるって。でも、諦めないでいるのは私の勝手だよね」

「どういう意味だ」

「そのままの意味だけど。気持ちは伝えただけで付き合ってとは言ってないから。これからアピールするの。逃げられないよ。私たちは兄妹なんだから」


 悪戯っぽく結菜が笑う。思わずどきりとした俺は苦笑し、頭を掻く。

 まったく、結菜には適わない。

 ふと、俺は自分の心の内で結菜に期待していることに気付く。もし結菜がずっと俺を好きでいてくれるなら、俺の女性不信も治るかもしれない。俺が心から結菜を信じられるようになったら、俺は結菜の気持ちに応えるだろう。

 あの日、家に結菜がやってきて、家族になった。それからのことを想い返すだけでいろんなことがあった。一緒に服を選びに行ったり、映画に行ったり。それから選挙戦を共にパートナーとして戦った。海に行って台風に遭遇し、ラボホテルで一夜を共に明かしたりもした。互いに自分のことを話して、心が軽くなったのを覚えている。

 結菜なら、俺の心を閉ざした鎖を引きちぎってくれるかもしれない。


「でも穂高、結構鈍いよね」

「自覚してるよ」

「あんなにわかりやすくしてたのに、朱星ちゃんに言われるまで気づかなかったんでしょ」

「だってお前とはセフレだったから」

「好きでもないのにあんなに好意を向けたりしないから。私はそんなに軽くないよ」


 ずっと俺は勘違いしていたのかもしれない。結菜は簡単に股を開く女だと思っていた。でも違った。俺相手だから行為に及んだのだ。それがわかった今、結菜に対する信用が増した気がする。

 勝手な言い分だ。俺は誰とでも寝るくせに。相手には一途を求める。結菜は初恋のまま、俺を好きでいてくれる。それが素直に嬉しかった。

 結菜が素直に俺に気持ちを打ち明けてくれたおかげで、俺は少し気持ちが軽くなった。結菜の足取りも軽いように見える。

 家に着いた俺たちは玄関のドアを開け、中に入る。今日はぐっすり眠れそうだ。


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