第36話
放課後、俺と若月は文化祭実行委員会の集まりに参加していた。各クラス二名の文化祭実行委員が選出され、この場に集まっている。
仕切りは俺たち生徒会がやらなければいけないので、俺と若月は前に陣取り座っている。
「それでは文化祭実行委員を始めます。まずは実行委員長と副委員長を決めたいと思います。立候補がありましたら挙手をお願いします」
俺がそう司会進行をすると、早くも手が上がった。
「二年の大熊陽太っす。実行委員長立候補しまーす」
大熊と名乗った男子はいかにもな陽キャで、お祭り好きそうな感じだった。俺としては他に立候補がないなら大熊で決めてしまいたいところだが、若月はどうだろうか。
「若月、どう思う」
「あたしは反対ですねー。あんな軽薄そうな男、絶対にろくなことしませんよ」
「ひどくね」
当然、俺たちの会話は大熊にも聞こえている。若月の辛らつな言葉に大熊がショックを受けたような顔になる。
「なあ、絶対ちゃんとやるからさー、認めてよ朱星ちゃん」
猫なで声でそう懇願する大熊に、若月は本気の舌打ちを返す。いきなり女子の下の名前を呼ぶとは、陽キャ恐るべし。距離のつめ方が尋常じゃない。こういう男もモテるんだろうな。
「俺としては他に立候補がないなら、大熊で決めようと思うんだが」
「まあ先輩がそう言うならかまいません。あたしはあくまで補佐ですから」
「ありがとう、朱星ちゃん!」
大熊の顔がぱっと華やぐ。この後、副委員長は井筒という男子に決まった。
とりあえず、生徒会の仕事としてはここまでだ。あとは文化祭実行委員長が仕切っていく。
先頭に躍り出た大熊が、一同を睥睨すると、わざとらしい咳払いを一つ挟み挨拶をする。
「えー、文化祭実行委員長になりました大熊陽太っす。超盛り上がる文化祭にするんで、ついてきてください」
まばらな拍手が湧き起こる。
実行委員長と副委員長が陽キャの集団だから、俺みたいな陰キャの生徒はやりづらいだろうな。
見渡すと顔をしかめている生徒もちらほらいる。そいつらは漏れなく陰キャなのだろう。
「それじゃ早速なんすけど、スローガンから決めたいと思います。何かアイデアののある人挙手で」
早速、大熊が仕切りを開始する。いきなりスローガンと言われても、すぐにアイデアを出せる人間は少ないだろう。案の定、手は上がらなかった。
「あがんないっすね。まあしゃーないか。じゃあ各自、持ち帰ってアイデアを考えてくること。一人一つは絶対っすよ」
そうまとめる。いい判断だ。ここで時間を使うよりも、各自家に持ち帰らせ、考えてきてもらうほうが効率がいい。
「それじゃ、次は舞台の出し物についてっすね。これから申請が増えてくると思うから忙しくなるっすよ」
それから大熊が上手く進行し、第一回の文化祭実行委員会は幕を閉じた。
解散後、俺と若月は二人して教室に残っていた。
「大熊のやつなかなかやるじゃないか。立候補するだけのことはあるよ」
「そうですかー。あたしはいきってるだけに見えましたけどね」
「大熊に対するあたりが強いな。何か因縁でもあるのか」
「ないですよぉ。ただ、ああいうイキってる男はなにかしら問題をしでかすんです」
若月は唇を尖らせながらそう言う。若月と接しているとつい忘れそうになるが、男嫌いというのは本当なのだろう。
「まあ何か問題が起きたら俺たちがサポートしてやればいいさ。始める前からそう士気を下げることを言うなよ」
「わかりましたー」
どこまでわかっているのか、若月は曖昧な返事をする。
「あ、ここにいた」
結菜が教室の引き戸を開け、入ってくる。
「どうだった。文化祭実行委員会は」
「順調な滑り出しだったよ。委員長も副委員長もすんなり決まったしな」
「それは良かった。そうだ。ちょっと朱星ちゃんに話があるから、穂高は先帰ってて」
若月に話とはいったいなんだろう。
俺は頷くと教室の外に出る。何を話すのか気になるが、わざわざ俺を帰したということは俺に聞かれたくない個人的な話なのだろう。だったら盗み聞きするのは悪い。俺は教室を出た足で学校を出ると、そのまま家へ向かって帰宅した。
結菜視点
穂高を帰して、私と朱星ちゃんのふたりきりになった。
「なんですかー、お話って」
朱星ちゃんは足をぶらぶらさせながらそう聞いてくる。私は生唾を飲み込むと、えいやって気持ちで思い切って聞いてみる。
「穂高に何か言った?」
朱星ちゃんは目を丸くして驚いたが、すぐに真顔に戻ると小首を傾げる。
「まあ色々言ってますねー。でも、どれのことかわからないです」
「ごめん。昨日のことなんだけど」
私は事情を朱星ちゃんに説明する。学校から帰って来た穂高の様子が急によそよそしくなったこと。なんだか避けられている気がすること。
「そこまで露骨なんですねー。先輩って結構わかりやすいんだなー」
朱星ちゃんは苦笑をすると、私をまっすぐ見つめてくる。
「まあ何かを言ったのかと聞かれたら言ったんですけど、それを結菜先輩に話していいものか」
「話してくれたらなんでもひとつ言うことを聞いてあげるよ」
「本当ですか」
朱星ちゃんが食いつく。まさかこんな単純なお願いで食いついてくれるとは思ってなかったけど、話してくれるならなんでもいい。
「ひとつだけ条件が。先輩には私が言ったって言っちゃダメですからね」
「わかってる」
朱星ちゃんが顎に人差し指を添えると、穂高に何を言ったのか話し出す。
「私、結菜先輩の好きな人が気になってて―、安城先輩に知らないんですかーって聞いたんですよぉ」
私の好きな人。それは穂高が絶対に知らないことだ。
「そしたら同じ中学で今もうちに通ってるってことしかわからないって言われたんですね。で、気になったあたしは調べたんですよ。そしたら結菜先輩と同じ中学出身で今もうちに通ってる生徒、安城先輩と堀先輩だけだったんです」
まさかそんな情報から好きな人を割り出してくるなんて。朱星ちゃん、なんて余計なことを。
「それで安城先輩に言ったんですよ。堀先輩がそうじゃないかって。そしたらそれは絶対ないって否定されて。それで、じゃあ安城先輩がそうなんじゃないですかーって言ったら固まりまして」
「嘘……じゃあ穂高は私が好きってこと知ってるかもってこと?」
「その反応。やっぱりそうなんですね」
「どうしよう。まだ穂高に気持ちが伝わるのはまずいって。私まだなにもできてないのに」
迂闊だった。穂高に喋りすぎた。まさかうちの中学からうちの高校に来た人がそんなに少ないなんて。
ってことは穂高は私が好きっていうのを知ってるから、あの態度だったってこと? つまり、やっぱり振られるってことだ。嫌だ。まだ告白だってしてないのに。
「ひとつだけ方法がありますよ」
「方法?」
怪しい笑みを浮かべた朱星ちゃんは、私の耳にそっと耳打ちしてくる。
「結菜先輩の中学からうちの高校に来た男子は安城先輩と堀先輩だけなんですが、先輩と後輩にはいるんですよぉ」
ごくり、と私は生唾を飲み込む。
「先輩、他に好きな人がいるってことにしたらどうですか?」
甘い囁き。確かに穂高の疑念を腫らすには他の人が好きってことにして逃れるしかない。
私はまだ穂高に気持ちを伝える気はないのだ。
「あたしが協力してあげます」
朱星ちゃんが微笑むと、私の肩にそっと手を置く。
「お願いしていい?」
「もちろんです」
藁にも縋る想いで、私は朱星ちゃんを頼った。
それから二人で作戦会議をして、その日は解散した。穂高との関係を取り戻す為に、私は嘘も平気で吐く。
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