第34話

 テストの返却も終わり、休止していた部活動が再開され、放課後の学校に運動部の活気ある声と吹奏楽部の楽器の音が鳴り響いている。

 俺たち生徒会もいよいよ本格的に活動開始ということで、生徒会メンバーは全員生徒会室に集合していた。


「それで和泉さん、テストの結果はどうでしたか」


 久世が結菜にそう問いかける。結菜は一瞬顔を伏せると含み笑いをして答案用紙を久世に突きつけた。


「これは……赤点は回避できたみたいですね」

「久世くんと飛鳥ちゃんのおかげだよ」

「では、次は平均点を目指しましょうか」

「うぐ……頑張るよ」


 今回の結菜の成績は本人の自信があった通り、赤点を全て回避していた。赤点すれすれというわけでもないし、勉強の成果は出たようだ。


「お前はどうだったんだ、若月」


 俺は自分の教え子の若月に問いかける。若月は結菜のように答案用紙を突き出したりはしなかったが、笑顔でウインクしてくる。


「先輩のおかげでどれも平均点以上です」

「それは良かった」


 平均点以上を取れているのなら及第点だろう。教えた甲斐があったというものだ。

 久世と班目、それから俺については聞かなくてもわかる。今回も俺がトップで、久世が二位。それから班目が三位だからだ。改めて学年のトップスリーが生徒会にいるのは結構凄いことなのかもしれないな。


「それじゃ今日から生徒会活動開始だけど、予算はちゃんと使い切る方向で頑張ろう」


 生徒会には毎年予算が出ている。前期の生徒会役員があまり予算を使っていないので、今年度の予算は結構余っている。そんな中結菜が提案したのは制服の改善だった。


「まずはやっぱり制服デザイン一新から取り掛かりたいの。来年には間に合わせたいから、ここは一刻も早く取り掛からないと」


 制服のデザイン変更は結菜が選挙の時に掲げた公約だ。自分の任期の間にやり遂げる必要がある。当然、久世たちは反対しない。

 制服のデザイン変更となると、学校の許可を取らなければならない。

 その為には生徒の署名を集める必要があるだろう。


「明日から校門の前で朝と放課後署名活動を行います。みんな、朝早いの大丈夫?」


 結菜が会長らしく場を仕切る。


「俺はちょっと朝はしんどいな、なんて」


 そう言って手を上げると結菜がジト目で俺を見てくる。


「穂高は私が起こしてあげるから大丈夫よ。他の人は大丈夫そうだからそれでいいよね」


 全員が頷く。

 ちくしょう。朝の早起きが強制されることになってしまった。俺は本当に朝が弱い。スマホのアラームを毎朝かけているが、一度で起きれたためしがない。結菜が起こしてくれると言うなら頼らせてもらおう。

 班目は会議の内容の議事録を作っている。少しだけ中身を見てみると、綺麗な字でまとめられていた。やはり書記は班目に任せたのが適任だったようだ。


「これからたくさんやることあるね。文化祭も迫っているし、早々に文化祭実行委員会を立ち上げないと」

「それなら今文化祭実行委員に出向する役員を決めたほうがいいんじゃないかな」


 結菜の言葉に久世が意見する。確かに文化祭実行委員会は早々に立ち上げないといけないだろう。各クラスから二名実行委員を募集し、それらを生徒会でまとめるといった感じだ。生徒会は他の仕事もあるからできれば二名ほどにとどめたい。


「ならあたしがやりますよ。こういう時の庶務でしょうし」


 そう言って若月が手を上げる。だが、若月は一年生だ。二年生がもうひとりついた方がいいだろう。


「それじゃもうひとりは私がやろうかな」

「結菜は会長だろ。他にやることがあるだろうし、俺がやる」


 結菜と若月をあまり近づけないほうがいいだろう。そう思い俺が立候補する。


「そうだね。会長を補佐するのが副会長の役目だもんね」


 そんなわけで文化祭実行委員会に出向くのは俺と若月ということに決まった。若月は一年生だし、責任者は俺になるだろう。

 今朝のホームルームで文化祭実行委員の話は出ていた。明日には実行委員は出揃うだろう。


「それじゃ、私たちは久世くんが掲げてたボランティアの方に力を入れようかな」


 結菜はそう言うと久世を見る。久世は驚いたように結菜を見返した。


「いいのかい。それは僕たちの公約だけど」

「同じ生徒会で働く仲間でしょ。できることなら力を合わせていきたいから。久世くんたちがやりたかったことも可能な限りはやっていくつもり。それに」


 そう言うと結菜は生徒会室の前に設置されている目安箱を取り出した。


「ボランティア活動がしたいという意見が入っていたから生徒の要望でもあるしね」


 どんなボランティア活動をしていくか、これから話し合っていくのだろう。なら、俺たちは文化祭実行委員会について話をするべきだな。


「若月、こっちきてくれ」

「なんですかー」


 結菜と久世たちから離れたところに俺たちは陣取った。


「打ち合わせだ。文化祭実行委員会について話をする」

「りょーかいです。あたし文化祭って初めてなんですけど、どんなことするんですかー」

「舞台の出し物の管理、トラブルの解決、重要なのは主にこの二つだな」

「はえー、大変そうですー」

「まあ忙しいことに違いはない」


 実際、俺は去年文化祭実行委員として文化祭に参加したが、トラブルが後を絶たなかった。どれだけ準備をして臨んでも、想定外のトラブルというのは起こる。そういうのにも対処していかなければならないから結構重労働だ。


「明後日一回目の文化祭実行委員会がある。そこに参加する俺たちの仕事はまず実行委員長を決めることだな」

「りょーかいです」


 結構大事な仕事だ。文化祭実行委員長が有能か無能かで、その年の文化祭が円満に終わるか波乱になるかが変わる。

 若月は久世の推薦で生徒会に入った。ということは仕事はできるのだろう。ある程度のことは任せても大丈夫そうだ。

 

「それじゃ私たちはちょっと出てくるね。風紀委員と打ち合わせしてくるから、そっちも打ち合わせがんばって」


 そう言って結菜と久世、班目が生徒会室を出て行く。班目は風紀委員長だったし、補佐でついていったのだろう。

 部屋には俺と若月だけが取り残される。


「せーんぱい」


 それを見計らってか、若月が身を乗り出してくる。


「結菜先輩の好きな人、わかりましたかー?」

「いや、わからん。ガードが固いんだあいつは」

「なるほど。でも、結菜先輩と同じ中学出身ってことはわかってるんですよねー」

「まあそうだな」


 若月の眼光が鋭く光る。


「あたし、調べたんですけど、先輩たちの学年で結菜先輩と同じ中学の出身者って先輩を除けば堀先輩だけなんですよねー」

「何が言いたい」

「だから、堀先輩がそうなんじゃないですかー」

「一輝は違う。俺もそう思ったが結菜に真っ向から否定された。それに結菜は親友と一輝をくっつけようとしていた」


 俺は一輝に害が及ぶのを恐れてそう言った。

 すると若月は小首を傾げると俺にとって予想谷しないことを言う。


「ってことは結菜先輩の好きな人って消去法で先輩ってことになっちゃいませんかー?」

「……は?」

「だってそうじゃないですかー。結菜先輩は中学からその人のことが好きで、高校も同じなんですよねー。でも同じ中学出身でうちの高校にいるのは先輩と堀先輩だけ。そして堀先輩が違うってことになるともう先輩しかいないんですよぉ」


 確かにそういうことになるのか。いや、でも。結菜が俺のことが好き? そんなことあるはずが。


「いや、待て。それは違う。俺は結菜に中学の時告白なんてされていない。そもそも俺と結菜が知り合ったのは高校入ってからだ」


 結菜が言っていた。中学の時に告白したと。そして振られたと。俺と結菜が知り合ったのは高校に入ってからの合コン。時系列が合わない。


「でも、先輩としか考えられなくないですかー? 先輩、無意識に振ったりしてたんじゃないですかー」


 そう言われると中学時代の記憶は曖昧だ。俺がもし結菜とどこかで出会っていて、アプローチを受けていたという過去があったなら、結菜が俺のことを好きという線もありえるのか? わからない。俺には思い出せない。

 

「ちょっと探ってみてくださいよぉ。私の中ではもう先輩しかありえないんですよぉ」

「待て。わかった。ちょっと意識して結菜のことを見てみる。そしたら結論が出るはずだ。俺のことが好きじゃないって」

「私としては結菜先輩が先輩のことを好きなら安心できるんですけどねー」

「なぜだ」

「だって先輩男が好きなんでしょ。だったら結菜先輩に手を出さないじゃないですかー」


 若月が噂を信じているおかげで俺は生かされているのか。本当の俺はとっくの昔に結菜に手を出している。俺は心のどこかで結菜を信用していなかった。好きな男がいるのに他の男に体を許す女だとどこかで見下していた。だが、もし、本当に結菜が俺のことを一途に想い続けていたのだとしたら。俺の中で結菜の印象ががらりと変わることになる。


「思い出してくださいよぉ。先輩どこかで結菜先輩と出会っていたんじゃないですかー?」

「って言われてもな。俺が告られたのなんか一回だけだぞ。さすがに告白なんてインパクト強いの忘れんと思うが」

「その人が結菜先輩だったんじゃないですかー?」

「それはない。結菜と違って地味な感じの子だったし、眼鏡をかけてたぞ」

「はぁ、相手の名前覚えてないんですか」

「あ、いや」


 確かに俺は告られた相手の名前を憶えていない。


「あのですねー。女の子は高校に上がるタイミングとかで化けることも多いんですよぉ。だからその地味な子が結菜先輩だった可能性は十分あると思いますよ」

「マジか」


 結菜が高校デビューなのだとしたら、そういうこともあり得るのか。結菜が好きな相手は同じ中学で今も同じ高校に通っている。だが、それは俺か一輝しかいなくてそんなの普通に考えれば俺ということになる。


「手っ取り早い方法がありますよ」

「手っ取り早い方法?」

「はい。同じ中学出身なんですよね。ずばり卒業アルバムを見れば一発です」

「そうか」


 確かに俺の卒業アルバムには同じ中学だった結菜も載っているはずだ。その結菜の姿が俺に告白してきた地味な少女だった場合、そういうことになる。

 俺はごくりと生唾を飲み込むと若月を見る。若月は頷き、「確かめてきてください」と俺の背中を押した。

 

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