第33話

 体を動かし疲れた俺たちはビリヤードで足を止めた。


「ビリヤードだったらゆっくりしながらできるぞ」


 そう一輝が提案してくる。

 確かに体を動かすわけじゃないから休みながらできるが。

 ただひとつ問題がある。


「ルールがわからん」

「適当にやればいいんじゃね」


 確かにボールを穴に落とすゲームというルールでやれば簡単だ。どうせ全員初心者だし、好きに打つやり方でやればいいか。

 

「それじゃちょっとやっていこうか」


 佐藤さんが賛同したので全員でビリヤードをすることに。キューを手に取り、ボールを散らばらせる。番号の振ってあるボールと白いボールに分かれている。恐らくこの白いボールを打つのだろう。


「一応ルール調べてみるか」


 そう言って一輝がスマホでルールを調べ始める。


「なになに。エイトボール。一番から七番までのローボールと九番から十五番までのハイボールのどちらかを自分のグループボールとしてそのボールを穴に落としていくと。グループボールであればどの順番で落としていってもいいんだと。だから狙いやすいボールから落としていけばいいわけだ。自分のグループボールを全て落とした後、最後に八番ボールを先に落とした方が勝ちってゲームらしい」


 スマホを読み上げる一輝の説明を聞いていると、そんなに複雑なルールではないようだ。これなら俺たちにもできそうだ。


「じゃあまた勝負する?」


 結菜が目を輝かせてそう言う。どうやら結菜は今日は負けっぱなしだから勝ちたいらしい。


「やるか」


 一輝が賛同したので、チームに分かれて勝負をすることになる。俺と結菜、一輝と佐藤さんのペアだ。

 ビリヤードは最初ボールを集めてラックというのを組まなければならない。その組み方にも決まりがあるらしいので、一輝がスマホを見ながらラックを組む。先攻と後攻を決め、最初のブレイクショットをどちらが行うかを決める。本当は決め方があるらしいのだが、今回は初めてということもあり、単純にじゃんけんで決めた。

 というわけで先攻をゲットした俺がブレイクショットを打つことになる。ブレイクショットとはラックを散らばらせるショットのことで、先頭の一番ピンを狙って打つ。

 俺もビリヤードは初めてなので、構えからスマホを見ながら実践する。

 最初は力まずにリラックスして打ってみる。打球は弱いがなんとかラックを崩すことには成功した。残念ながらどのボールも落とすことはできなかったが、まずはブレイクショットを成功させたことを喜ぼう。

 続いて一輝が穴に近い六番ボールを狙ってキューを構える。そして勢いよくボールを狙って打つが、力み過ぎて空振りしてしまう。その様子に佐藤さんが思わずくすりと笑うと、一輝は顔を真っ赤にして恥ずかしがった。


「力んだら当たらないぞ。リラックスして打て」

「うん、わかった」


 結菜にアドバイスを送り、同じく六番ボールを狙う。結菜の打球は非情に弱弱しかったが、狙いは正確で見事に六番ボールを穴に落としてみせた。


「いえい!」

「ナイス」


 ハイタッチを交わす俺たち。まずは先制することができた。六番ボールを落としたので、ローボールが俺たちのグループボールになる。俺は続けて少し遠い三番ボールを狙う。だが、これはボールには当たったが穴に落とすことはできなかった。だが、穴に近付けることには成功したので、成果は上々といったところだろう。


「じゃあ次は私の番だね」


 そう言って佐藤さんが十五番ボールを狙う。佐藤さんは綺麗なフォームでキューを押し出すと、ボールは一直線に十五番ボールに向かって転がっていく。そしてしっかりと芯を捉えた十五番ボールは勢いよく穴に吸い込まれた。


「うまっ!」


 俺は思わず感嘆の声を上げた。どうみても初心者の動きではなかった。


「実は家族がビリヤード好きでさ。たまに付き合うんだよね」


 それを聞いて納得する。

 だが、佐藤さんは上手いが一輝はビリヤードはてんでダメなようで、今度は空振りしなかったが、ボールは狙ったボールには当たらなかった。これはファウルになり、俺たちが好きな場所にボールを置いてチャレンジできる。


「堀くん、教えてあげるね」


 そう言うと佐藤さんは一輝の横にピタリと付いて、構えから打ち方のコツまで伝授する。隣に立った佐藤さんを見て、一輝がの表情が満更でもない顔になる。

 それからビリヤードを続けた結果、佐藤さんの教えが功を奏したのか、めきめき上達した一輝が最後の八番ボールを落として勝利を決定づけた。俺たちはまたしても、一輝、佐藤さんペアに敗北したのだった。

 初めてビリヤードをやってみたが、案外楽しめた。これからたまにやりにくるのもいいかもしれない。

 それにしてもここまで全ての勝負で一輝、佐藤ペアに敗北している。負けず嫌いの結菜が隣で悔しそうにしている。親友がいい感じになっているのを喜ぶ半面、勝負は別といった感じなのだろう。

 だが、あらかた遊びつくしたし、そろそろ腰を落ち着けたい。


「ちょっとゆっくりしないか」

「そうだね。いっぱい遊んだし」


 俺の提案に佐藤さんが賛同してくれる。四人でスポーツコーナーを出て、近くのファミレスに移動する。適当に品物を頼んで、俺たちはそれぞれ俺の隣が一輝、俺の正面が結菜、その隣が佐藤さんという感じで座った。


「ねえ、せっかくだし連絡先交換しない」

「いいな、それ」

 

 結菜の提案に一輝が食いついた。一輝も連絡先を交換したかったのだろう。だが、なかなか言い出せなかったところに結菜が助け舟を出したという感じだ。結菜は佐藤さんにウインクすると、全員で連絡先を交換する。佐藤さんは一輝に自分のスマホのQRコードを差し出している時、緊張で手が震えていた。


「今日は楽しかったし、またこの四人で遊び行きたいね」

「うん。俺もすげえ楽しかった。だから行きたい。野球部の練習無い時になるけど」

「私も。今日は二人と仲良くなれて良かった」


 不意に結菜が俺の足を蹴ってくる。

 何が言いたいのかを察した俺は席を立つ。


「俺ちょっと手洗い行ってくるわ」

「私もドリンクバー入れてくるね。何がいい?」

「じゃあ私はカルピスで。堀くんは?」

「俺はコーラでありがとう和泉さん」

「任せて」


 そう言って結菜も席を立った。俺たちは物陰に潜むと、二人の様子を観察する。二人きりにしたらあの二人がどうなるのか純粋に気になった。


「えっと、今日はありがとうね、堀くん」

「こっちこそ。昔あんなことあったから嫌われてると思ってた」

「ううん、あの時は野球頑張りたかったんだもんね」


 どうやら佐藤さんは過去に一輝へ告白していたらしい。

 最初佐藤さんを見た時の一輝の苦笑は気まずさからだったのか。


「俺さ、中学の時は恥ずかしかっただけというか。その、もう一回チャンスが欲しいんだ」


 一輝は顔を真っ赤にしながらそう言う。


「えっと、それはどういう」

「友達から始めてくれないかな」


 一輝にしては精一杯の告白だったのだろう。それを受けた佐藤さんは慈愛の微笑みを浮かべると嬉しそうに頷いた。


「うん、よろしくね、堀くん!」


 もう戻っても良さそうだ。


「上手くいって良かったー」


 背後から結菜の安堵した声が聞こえてくる。振り返るとジュースをお盆に乗せた結菜が戻ってくるところだった。


「盗み見とは感心しませんな」

「そういうお前もじゃねえか」

「私はちょっとだけだし」


 そんな感じで結菜と共に席に戻る。俺たちが戻ってきたことを確認した二人は途端に恥ずかしさからか顔を背けた。


「はい、カルピスと、コーラ」

「ありがとう」

「サンキュー」

「それから穂高にはこれ」


 そう言って結菜は俺にジンジャエールを渡してくる。


「よく俺が飲みたいのわかったな」

「穂高のことだしね」


 それを見ていた佐藤さんが小さく笑うと、「羨ましい」と呟いた。

 それから注文したメニューが運ばれてきて、俺たちは軽く腹ごなしをする。

 たくさん体を動かしたからか、腹が減っていたので、結構食べることができた。


「そういえばみんなテストどうだった」


 不意に結菜がそんなことを聞いてくる。


「俺はいつも通り」

「俺も今回もトップだろうな」


 俺と一輝は冷静に答える。それを聞いた結菜が「流石~」と茶化してくる。


「私も普通かな。今回は今日が楽しみ過ぎて勉強手がつかなかったけど」


 佐藤さんはそう言うとジュースのストローに口を付けた。


「それで結菜はどうだったんだ」


 俺が聞くとよくぞ聞いてくれたというように鼻を鳴らした結菜は胸を張って自慢気に答える。


「今回は赤点ないと思う! 自信ある」


 どうやら久世と班目の尽力は効果があったらしい。いや俺も教えたけど。

 それでも生徒会長になったことで勉強に熱が入るのはいい傾向だ。これで留年の心配はないだろう。

 

「がんばったじゃん」

「えへへ」

 

 佐藤さんが結菜の頭を撫で、結菜が佐藤さんに頭を預ける。女子二人でじゃれ合っている光景は微笑ましいな。


「そろそろ帰ろうか」


 結菜がそう言って俺たちは店員を呼んで会計を済ませる。

 俺たちは店を出ると、その場で解散する。


「堀くん、美奈のことお願いね」

「お、おう。任せといて」


 一輝は佐藤さんを送っていくことになりやや緊張しているようだ。だが、さっきの雰囲気を見ていれば問題はないだろう。


「それじゃ私たちはここで」


 そう言って一輝と佐藤さんと分かれる。

 帰り道、俺の隣を歩く結菜を見ると上機嫌だった。


「上手くいったね」

「そうだな」


 親友想いの結菜のことだ。手助けができてほっとしているのだろう。俺も勘違いだったが、幼馴染の一輝が幸せになってくれるのなら嬉しいし。

 だが、結菜には申し訳ないことをした。好きな相手を勘違いするなど、不本意だっただろう。

 結菜の機嫌は直っていたが、俺は一応謝っておくことにした。


「その、悪かったよ。勝手に勘違いして」

「ほんとだよ。邪推だよね」

「でも、まだうちの高校に俺たちと同じ学校だったやついるんだな」


 俺の記憶にはないが、きっといるのだろう。それこそが結菜の好きな相手。若月の暴走を止める為にも、調べておく必要はあるようだ。

 俺はそんなことを考えながら、帰り道を歩くのだった。


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