第31話

穂高視点


 部屋でくつろいでいると、ドアがノックされ結菜が入って来た。今日は体調が悪いのかと思っていたから意外な行動だ。


「ちょっと聞きたいことあるんだけど」


 そう言って結菜はクッションの上に腰を下ろす。

 俺はベッドから体を起こすと、結菜に向き合った。


「聞きたいことってなんだよ」

「えっと、穂高の幼馴染に堀くんっているじゃない?」


 一輝のことか。結菜が一輝のことを気にするということはやはり結菜の好きな人は一輝なのだろうか。


「一輝がどうかしたのか」

「うん、堀くんって彼女とか欲しくないのかなって思って」


 一輝が彼女が欲しいかどうか。そんなことを聞いてくるということはやはり一輝のことを気にしている証拠だ。

 俺は確信を得てひとり納得する。


「毎日のように彼女欲しいって言ってるぞ」

「ほんと。でも中学の時は野球に集中したいから彼女いらないって」

「中学の頃は知らんが少なくとも毎日念仏のように彼女ほしいって言ってる」

「そっかー」


 結菜の顔が華やぐ。余程嬉しいのだろう。この様子だと結菜は一輝にアタックを再開するのかもしれない。しかしまさかの一輝か。あいつとの付き合いは長いからわかるが、今の結菜に告白されたらまず間違いなく首を縦に振るだろう。

 

「ありがとう。参考になったよ」

「なら良かった。協力が必要なら言ってくれ。協力するから」

「あーやっぱりわかっちゃう」

「まあな」

「うん、色々頼むと思う」


 そう言って結菜は部屋を出て行く。せっかくの妹の頼みだ。できるだけ協力してやろう。一輝ならいい男だし間違いはない。

 そう考えながらベッドに入る。その日は寝つきが良く、すぐに寝落ちした。



 翌日、学校に行くといつもと違って汗を拭っていない一輝の姿があった。いつもなら朝練終わりで汗を拭っている時間だ。今はテスト期間中で部活が停止中だからな。

 俺はいつものように一輝に声を掛ける。


「おはよう。どうだテスト勉強の方は」

「順調だよ。まあお前には適わないけどな」


 一輝はキャッチャーなだけあってやっぱり頭がいい。学年でも上位の成績を収めている。

 その一輝に掛かれば、テスト勉強なんて朝飯前だろう。


「そういやお前に聞きたいことあったんだけどさ、お前って彼女欲しいの?」

「あ? 欲しいに決まってるだろ。野球やってりゃモテると思ったのに全然モテない」

「まあキャッチャーは目立たないからな」

「そうなんだよ。やっぱり野球はピッチャーじゃないとモテない」


 ホームランを打つバッターも魅力的でモテると思うが、一輝は守備型のキャッチャーだからな。マスクを着けているし、目立たないのも無理はない。

 だがやはり彼女は欲しいらしい。


「どんな相手がいいんだ」

「そんなの俺のことが好きな子ならどんな子でもいいよ。愛するより愛されたい」

「でもお前中学の時告白されたの振ってるよな。それってなんで」

「あれ。俺が告白されたの知ってたっけ。まあいいや。あの時はほら、女子と付き合うのが恥ずかしかったんだよ」


 確かに中学生という年齢は女子と接点を持つと異様にからかわれたりするからな。一輝の気持ちもわかる。つまり相手のことが嫌だから振ったわけじゃないということだ。なら結菜にも可能性は十分あるな。


「なになに、いきなりそんな話するってことは誰か俺のこと気にしてくれてる子がいるとか?」

「いねえよ。いたら紹介するわ」


 結菜が気持ちを伝えていないのに、俺が伝えるのはナンセンスだろう。俺は適当に誤魔化す。

 しかし、ますます若月にはこの事実を伏せなければいけなくなった。結菜の好きな人が一輝だと知ったら何をしでかすかわからない。

 若月の前では気付かない振りをしないとな。

 チャイムが鳴り、担任が入ってくる。それから俺は結菜と一輝をどうやってくっつけるかを考えながら授業を受けた。


 昼休み、結菜の放送に付き合う為、俺は放送室に足を運んでいた。選挙後も結菜の放送は続けており、安定の人気を誇っている。結菜が選挙戦で自由恋愛を訴えたこともあり、相談内容は恋愛のことが多数を占めている。結菜もそれに答えるのが楽しそうで、今のところ放送は順調にできている。

 放送が終わると、放送部員たちは食堂に移動するので、必然的に放送室には俺と結菜だけが取り残される。一緒に弁当を食べるのが日課になっていた。


「そういや一輝に色々聞いてきたぞ」

「嘘、聞いてくれたんだ」

「ああ。一輝彼女は欲しいってさ。それも自分を好いてくれる子ならどんな子でもいいって言ってた」

「そうなんだ」


 結菜の顔が綻ぶ。この情報を聞けば、一輝のことが好きなのなら余程ポジティブになれるだろう。

 今告白すれば、ほぼ百パーセント付き合えると聞いたようなものだからな。

 しかし結菜は慎重なようで、今すぐ仕掛けるということをするつもりはないようだ。


「慌てる必要はないよね。まずは接点を作っていかないと」

「そんなの俺が紹介すれば済む話だろ」

「それは難しいよ」

「なんで」


 素直な疑問だ。一輝に結菜を紹介するのはそう難しいことじゃない。なにせ兄妹なのだから。妹として紹介すれば、なんら問題は起きないだろう。

 だが、結菜は難色を示した。なにか気になることでもあるのだろう。本人がいらないというなら俺は無理強いはしない。


「そうだ。中学時代告白断ったのは何でなのかな。それがわからないと踏み出せないよ」

「それは中学の頃は女子と付き合うのが恥ずかしかったらしい。相手が嫌とかそういうわけじゃなかったみたいだ」

「そうなんだ。なら安心かな」


 結菜はそう言って胸を撫で下ろす。


「でも助かった。ありがとう。この情報は貴重だよ」

「役に立てたのなら良かった」


 そう言って俺は弁当に箸をつける。最近は結菜の卵焼きの腕が上達してきた。味付けも俺の好みに合わせてくれている。こいつが彼女になったら毎日弁当を作ってきてくれるんじゃないか。それは少し一輝が羨ましいと思った。



結菜視点


 穂高に協力してもらった良かったかもしれない。

 早速、堀くんがどう思っているのかを聞き出してくれた。これは朗報だ。早速美奈に教えてあげよう。

 昼休みを終え、教室に戻った私は美奈に耳打ちする。


「今日話したい事があるから放課後少し残って」


 美奈は頷くと自分の席に座った。

 午後からの授業中、私はずっと美奈と堀くんのことを考えていた。

 穂高は紹介してくれるって言ってくれたけど、それはちょっと難しい。穂高は私の友達が堀くんのことを好きだと思っているみたいだけど、その相手が美奈ということは知らないし、そもそも美奈自体を穂高が知らない。

 堀くんに自然に紹介するにはまず穂高が美奈と友達になる必要がある。でもそれは美奈の意志を聞いてみないことにはわからない。

 美奈がもし他の人に自分の気持ちを知られたくないのなら、穂高に教えるのはまずい。

 でもそっか。美奈が嫌で付き合わなかったわけじゃないんだ。確かに中学生って男女の接触に敏感だもんね。

 それにしても穂高がやけに協力的だ。どうして積極的に協力してくれるのだろう。私の友達のことで、穂高は誰かもわかってないのに。

 そんなことを考えていたらすぐに放課後がやってきた。

 ホームルームを終えた私は少しだけ教室に残って美奈と話をする。


「穂高が堀くんに聞いてくれたんだけど、堀くん、今彼女欲しいんだって」


 私は穂高から聞いた情報を美奈に伝えた。美奈は嬉しそうな顔を見せると、頬を赤く染める。


「そうなんだ。堀くん、恥ずかしかったんだ」


 中学の頃振られた原因がわかり、安堵する美奈。


「で、どうする? 一応穂高が紹介してくれるって言ってるけど」

「そうね。お願いしようかな」


 はにかんだ美奈は手を合わせると頭を下げてくる。美奈にとっても堀くんと接点ができるならありがたいのだろう。


「じゃあまずは穂高を紹介しないとね。うちおいでよ。勉強会ってことで」

「そうさせてもらうわ」


 今日は生徒会の勉強会を休ませてもらおう。穂高も休むように言えば協力してくれるだろう。

 私は穂高にメッセージを飛ばすと、美奈を連れて学校を出る。

 真っすぐ家に帰ると、家にはまだ誰もいなかった。


「私の部屋に行こう」


 そう言って美奈を私の部屋に通す。台所でコップにジュースを注ぎ、美奈の前に置いた。


「安城くんと話すの初めてだから緊張するわ」

「穂高は人見知りしないから大丈夫だよ」

「でも、協力してくれるなんていい人ね」


 美奈はそう言って微笑む。ジュースを勢いよく煽ると緊張を解すように一息に飲み干した。

 秋とはいえまだまだ暑い。私はクーラーのスイッチを入れると腰を下ろした。

 穂高を待つ間、勉強しようということになり、問題集を広げる。久世くんと飛鳥ちゃんのおかげで、解ける問題も増えてきた。この調子なら赤点は回避できるだろう。

 美奈の成績は中位ぐらいだ。可もなく不可もなくといった具合で、そこそこ勉強ができるといった感じだ。だから私に教える時も、わからない箇所が当然出てくる。二人で参考書を読みながら苦労して問題を解いていた。

 すると玄関の方からドアが開く音がして、誰かが家に入ってくる。きっと穂高が帰って来たのだろう。

 階段を上がってくる足音がして、部屋のドアがノックされる。私は「どうぞ」と返事をして、穂高を待つ。

 ドアが開き穂高が入ってくる。クーラーの効いた部屋に涼しそうな顔を見せ、その視線が美奈で止まった。


「紹介するね。親友の美奈」

「佐藤です。よろしくね、安城くん」

「ああ、よろしく。一緒に勉強したいんだっけ」


 そう言って穂高が腰を下ろす。私も美奈も学年一位の穂高に勉強を教えてもらえるのは財産だった。早速美奈がわからないところを穂高に質問する。穂高は丁寧に解説すると解き方まで教えてくれた。やはり穂高は人に教えるのが向いていると思う。

 しばらく勉強を続けていると、最初のうちは緊張の見られた美奈も表情が柔らかくなってきた。穂高の方も、壁がなくなってきた気がする。互いの仲が深まったところで、私はある提案をした。


「ねえ、テストが終わったら堀くんを加えた私たち四人でどっか遊びに行かない?」

「ありだな。一輝には俺から伝えておくよ」


 やはり穂高は協力してくれる。テスト後の予定が決まった私は、穂高と共に詳細を詰める必要がある。堀くんと出掛けられることになった美奈はなんだか嬉しそうだ。親友の嬉しそうな顔を見て、私は胸が温かくなるのだった。


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