第30話
家に帰った俺は夕食を済ませると結菜の部屋にお邪魔する。
テストも近いので結菜の勉強を見る為だ。
久世と班目の尽力のおかげで、結菜はどうにか赤点を回避できそうなところまできていた。
結菜の好きな人を探るという任務もあることだし、勉強がてら色々聞き出そう。
「なあ、結菜。どうして今日好きな人がいることみんなに言ったんだ?」
まずは話題を恋バナにする為に、無難なところから攻めてみる。
結菜はシャーペンを止め、顔を上げると微笑んで言う。
「だってこれから苦楽を共にする仲間じゃん。秘密を共有すれば仲良くなれるかなって」
「それにしては中途半端だったと思うけどな。秘密ってのはもっと誰にも言えないことだろ」
「というと?」
「この場合で言えば好きな人が誰かまでを言って初めて秘密を共有したって言えるんじゃないか」
俺の無理筋な話に結菜は頷く。
「それもそうなんだけどね。流石に言えないよ」
顔を赤くして俯く結菜。相当恥ずかしいらしい。
「俺にも言えないのか」
「むしろなんで言えると思ったの。無理だよ」
どうやら兄妹の俺にも打ち明けてくれる気はないらしい。結菜にとってよっぽど隠したい秘密なんだろう。
直接聞きだすことは失敗した。なら、少しでも情報を集める方針に切り替えるか。
「中学の時に好きになったってことは俺も知ってる可能性があるってことだよな」
「……黙秘します」
この黙秘は何を意味するのだろう。それを言ってしまったら俺が特定できると判断しての黙秘なのか。つまり、俺の知っている人物という可能性が高い。となると、最も身近な人間という可能性が浮上する。
まさか、一輝か? 一輝なら俺の幼馴染だし、中学も同じだった。今も恋する結菜が中学から好きで、高校も同じで俺の知っている人間と言えば、それは一輝しか思い当たらない。
一輝のやつ、結菜に告白されていたのか。あいつ俺には一言もそんなこと言ってなかったが。
「というか、穂高はずるかったけどね」
「何がだ」
「秘密の共有なのに嘘吐いてたから」
確かに俺は嘘を吐いた。主に若月に刺されるのが怖くて吐いた嘘だが、それを言うなら班目だって嘘を吐いている。それを言うわけにはいかず、結菜に頭を下げて頼みこむ。
「悪いけど、話を合わせてくれ。女避けに丁度いいんだ」
「まあいいけど」
結菜はそこは話を合わせてくれるようだ。俺は胸を撫で下ろし、安堵する。
「それにしてもどうしたの、突然私の好きな人聞いてきたりして」
結菜はもじもじしながら聞いてくる。
俺は少し思案し、無難な回答を返す。
「ちょっとお前のことが気になってな。好奇心だ」
俺はいたって普通の回答をしたつもりなのだが、結菜は顔を赤くして俯いた。
熱でもあるのだろうか。
「頭が痛いなら今日は休むか? 無理をしてもいいことはない」
「う、うん。そうする」
勉強道具を片付け、結菜は机に突っ伏して顔を腕に埋める。
俺は結菜の部屋を後にし、自室へ戻った。
結菜視点
なに。どういうこと? 穂高が私の好きな人を気にするなんて。
今までそんな素振りを見せたことすらなかったのに。これは顔のにやつきが抑えられない。
やはり生徒会選挙で、仲が深まったのだろうか。ひょっとして嫉妬? 私のことをついに恋愛対象として意識してくれたのだろうか。
いやいや、そう考えるにはまだ早計だ。だってあの穂高だよ。私の早とちりかもしれないし。
こうしてはいられない。早速美奈に相談だ。
私はスマホを手に取ると、ベッドへダイブした。そして美奈にコールする。数回コール音が響き、美奈が応答する。
「ほいほい、どしたー」
「ねえ、美奈聞いて」
私はさっきあったことを美奈に話して聞かせる。
「へえ、それはちょっと前進したんじゃない」
「だよね、だよね!」
私は興奮気味にスマホに喋りかける。電話の向こうで美奈が苦笑いを浮かべている顔が見える。
「まあ単なる好奇心かもしれないけど、結菜のことを気にしてるのは間違いないわけだから」
「やっぱり生徒会選挙一緒にやって良かったのかな」
兄妹になり、一つ屋根の下で暮らすようなり、それでも最初はまだ壁があった。だが、最近はその壁がなくなったようなそんな雰囲気を穂高から感じる。
「それも良かったんじゃない。しかもちゃんと勝てたし。二人で壁を乗り越えたっていう経験がプラスに働いているのは間違いないと思うよ」
「でも、最近私も気になることがあって」
朱星ちゃんのことだ。朱星ちゃんはなぜか穂高に懐いている。女の私から見ても少しあざといというか小悪魔的なところがある朱星ちゃんが今日も勉強会の後、穂高を呼び止めていた。
「ライバル出現か」
美奈がそう言って唸る。穂高の事情を知っている私からすれば、穂高が朱星ちゃんに靡くことはないとは思うけど、やっぱり不安になる。穂高と一番仲のいい女子は私だと思っていたからその座が脅かされているようで心もとない。
美奈には穂高が抱えている問題までは話していない。それはルール違反だと思うから。
美奈はしばらく考えた後、ある提案をする。
「いっそのこと安城くん本人に聞いてみたら」
「朱星ちゃんのことどう思うかって」
「そうそう。怪しい関係なら反応でわかると思うし、なんとも思っていなかったら普通に答えるでしょ」
確かにそれはそうだ。私と穂高の距離感なら聞いても違和感はない。むしろ、穂高が今日私の好きな人を聞いてきたぐらいだし、私も穂高に朱星ちゃんに手出したら駄目だよぐらいの牽制はできる。というかもうしたけど。
「うん、聞いてみる」
「そうしな」
美奈には本当に感謝してる。私の相談をずっと聞いてくれるのだから。アドバイスも的確で美奈が恋することがあったら、相談に乗ってあげたいと心から思う。
「美奈は好きな人いないの?」
「私? まあ気になっている人はいるかな」
「え? いるの?」
「そりゃ私だって女子高生だもん。いるよ。年相応にね」
「え、教えて」
美奈に好きな人がいるなんて今まで知らなかった。そんな素振り一度も見せたことなかったから。それとも私が恋に夢中で気付いていなかっただけ? 友人のことも私はちゃんと見えていなかった。
「野球部の堀くんってわかる?」
堀くん。勿論知っている。穂高の幼馴染だから。
まさか穂高の幼馴染のことが好きだなんて思わなかった。
「知ってるよ。穂高の幼馴染だから」
「キャッチャーでみんなの司令塔。頭がいいんだよ。影でみんなを支えるポジションだから応援したくなっちゃって」
「いいね、そういうの」
私はなんだか嬉しくなる。穂高と接点のある友人を、私の友人が好きになってしまったのだから。私たち友達って感じがして嬉しい。
「告白はしないの?」
「うん。今は野球に集中したいんだって」
「あれ? それって」
「実は一度だけ告白してるの。中学の時に」
「えー、なにそれ。言ってくれれば良かったのに」
そんなことがあったのか。私が穂高に夢中の間に、美奈はしっかり恋愛してたんだ。
今まで堀くんが好きな素振りを見せなかったから気付かなかった。
「あれ、でも堀くん高校入ってから合コン来てたよ」
「うん、知ってる」
「ってことは彼女作りたいんじゃない?」
「かもね。でも私は振られてるからさ」
「もう一回アタックしたらいいじゃん」
「でも……」
煮え切らない。美奈がこんなになってるの、なんだか初めて見る。
私はいてもたってもいられなくなって、美奈に宣言する。
「じゃあ私が穂高から堀くんのこと聞き出してあげる」
「いいの、そんなこと?」
「うん、だって美奈の役に立ちたいってずっと思ってたから。その時が来たんだって思って」
「ありがとう。じゃあお願いしようかな」
なんだかんだ言って、美奈もまだ堀くんのことを諦められないのだろう。
私は恋する女の子の味方だ。だから全力で応援する。
そう決めた私は早速行動を起こすのだった。
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