第23話
放課後、真っすぐに家に帰り、自分の部屋でくつろいでいると、結菜が訪ねてきた。
「ねえ、ちょっといい?」
「別に構わんが」
結菜は俺のベッドに腰掛けると足をぶらぶらさせながら微笑む。
「選挙も終わったことだし、打ち上げしない?」
「打ち上げ?」
「そ。明日の昼から二人で出かけようよ」
二人でか。正直、俺はあまり気乗りはしなかった。また二人でいるところを激写されてもかなわないし、休日はゆっくりしたい気持ちもある。
だが、せっかく結菜が頑張ったのだ。打ち上げというなら付き合わないわけにはいかないだろう。
「わかった。どこ行くんだ」
「へへ、それは内緒。明日になってからのお楽しみってことで」
結菜は楽しそうに笑うと、部屋を出て行った。
どこか連れて行きたい場所があるというなら結菜に任せればいいだろう。
俺は特に深く考えることなく、その日は床に就いた。
翌日、結菜との待ち合わせ場所へ俺は急いでいた。
一緒に外出するのはできれば親には知られたくないという俺のわがままを聞いてもらった格好だ。
最寄りの駅で結菜と待ち合わせている。結菜は準備に時間がかかるので、俺が先に家を出た。
駅で小一時間文庫本を読んでいると、結菜がやってきた。
「お待たせ」
ベージュのワンピースがよく似合っている。俺は頷くと、駅に向かって歩き出す。
「行くか」
交通系の電子マネーを持っているので行き先がわからなくても問題はない。タッチをするだけで改札を潜れる。二人して改札を潜り、駅のホームに立った。
「快速に乗るよ」
結菜の指示に従い、快速電車を待つ。
しばらくすると快速電車が駅のホームに入ってくる。電車に乗り込むが、席は埋まっている。俺たちは立ったまま吊り革を掴んだ。
電車が発車すると、左右に大きく揺れる。結菜がバランスを崩し、俺によりかかってくる。俺は足で踏ん張りながら、バランスを崩さずに結菜を支えた。
「ごめん、ありがと」
「気にするな」
結菜は嬉しそうに頬を緩める。
しばらくすると列車も安定してきて、立ったままでも平気になる。それでも結菜は俺に体を預けていた。
それから何駅か通過し、景色が青に染まっていく。窓から見える壮大な眺めに俺は思わず息を呑む。
「次の駅で降りるよ」
「目的地は海か」
「そうだよ。今年の夏は行けなかったしね」
結菜はそう言うと、俺の手を握った。
その柔らかな感触に俺は思わずどきりとする。
結菜が俺の手を引いて電車を降りる。
改札を潜って駅の外に出ると、青々とした景色が広がっていた。
海に向かって歩く。水着などは持ってきていないから眺めるだけだろうが、それでも久しぶりの海に俺の心は踊った。
「今日はのんびりしようよ」
結菜がぐっと伸びをして前を歩く。
砂浜の上を歩くと、柔らかな感触が足の裏に伝わってくる。
波打ち際までくると、結菜が裸足になり、波に向かって走り出した。
「めっちゃ波くる!」
海の中へと入っていく結菜。押し寄せてくる波を受けながら、足をバシャバシャと動かす。
「穂高もおいでよ」
結菜に誘われて、俺も靴を脱いで裸足になる。恐る恐る海の中に足を踏み入れると、冷たい感触が足に広がる。
「えいっ」
「冷たっ」
結菜が足を上げて俺に水を飛ばしてくる。
俺も負けじと結菜に向かって水を飛ばす。
しばらく二人で騒ぎながら、海を満喫する。
傍から見たらバカップルみたいだな。
海から上がった俺たちは、砂浜にシートを引き腰を下ろした。
「もうやっぱりくらげめっちゃいたね」
「九月だからな」
基本的にクラゲはお盆が明けたあたりから増え始めると言われている。九月になっても気温は高いが、クラゲのせいで海水浴を楽しむことはできないだろう。
「色々あったねー」
海を眺めながら結菜が呟く。
「確かに色々あったな。新聞部に盗撮されるし、散々だった」
「あれは確かにびっくりしたね。でも、おかげでみんなに穂高と一緒に住んでるって公表できたし私は良かったかな」
「俺は心臓に悪かったよ」
結菜にストーカーがいるんじゃないかと割と本気で心配したからな。
結菜はぐっと伸びをしてシートに寝転がると、横目で俺を見てくる。
「気持ちいいよ。穂高も寝てみたら」
「そうさせてもらう」
結菜に倣い、俺もシートの上に横になる。
確かに気持ちいい。海風が頬を撫で、穏やかな空気が漂っている。空を見ていると、遠くで黒い雲が見えた。もしかしたらこの後天気が崩れるかもしれないな。
心なしか風が出てきた。生暖かい風が強く吹いてくる。
そろそろ日没だ。帰った方がいいだろう。
「結菜、そろそろ帰らないか」
「ん。そうだね。帰ろっか」
結菜はスマホを見ながらほくそ笑むと、立ち上がった。
その瞬間、空から水滴が落ちてくる。一瞬にして空はどす黒い雲が流れてきて、大粒の雨が降ってくる。
俺たちは慌てて砂浜から離脱する。走って駅に向かうが、その間も雨は降り続け、駅に着くころにばびしょびしょになっていた。
というか、突然の大雨、ゲリラ豪雨だろうか。
俺は疑問に思いスマホで天気予報を調べる。
「なんだこれは……」
そこで俺は驚愕した。台風が接近しているとの情報を目にしたのだ。
俺は普段、天気を確認することはない。スマホにも天気予報のアプリを入れていないし、テレビも見ない。だからまさか台風が接近しているなんて夢にも思わなかった。
「おい、結菜、台風来てるぞ」
「ほんと? それはやばいなぁ」
そう言う結菜の態度はどこか他人事だった。
駅の案内板で電車を確認した俺はまたしても驚きの声を上げる。
「台風接近の為、運休、だと」
電車は止まっていた。つまり帰れない。ここからタクシーで帰るにもいくらかかるかわからない。
「ありゃりゃ、帰れないね。どうする?」
どうすると言われても、どこかに泊まるしかないだろう。台風が近づいているなら、早めに宿を決めた方が良さそうだ。
スマホを見ていた結菜が不意に声を上げた。
「近くにホテルあるから、そこ行こ」
結菜の案内に従い、俺たちはどしゃ降りの中、道路を走る。目的のホテルにはすぐに着いた。
「ここって……」
煌びやかな装飾に、ピンク色の看板。どう見てもラブホテルだった。
だが、他に近くにホテルが無い以上、選り好みはできない。俺は仕方なくラブホテルのドアを潜る。
入口付近に、案内板が置いてある。幸い、部屋は空いているようだ。適当に結菜が部屋を選び、エレベーターに乗り込む。
三階に上がりエレベーターを降りると、電光掲示板が部屋の位置を指示していた。その案内に従い、俺たちは部屋へ急いだ。
部屋のドアを開け、中に入ると、ピンク色の内装の部屋でいかにもな空間だった。
「穂高とラブホに来るの久しぶりだね」
結菜はまったく気にしていないのか、楽しそうに笑っている。
というか、まずは濡れた服を乾かさないと。俺は風呂場に移動すると、浴槽をシャワーで洗い流し、お湯を貯め始める。濡れた体を温めないといけないから、浴槽にお湯は貯めたほうがいいだろう。
浴槽に湯を貯めている間、俺は部屋のテレビをつける。
ニュースをかけると、台風は明日の朝には通り抜けると言っていた。なら、明日には電車も動くだろう。
「大変なことになっちゃったね」
「まさか台風が来ているなんてな」
確かに九月は台風の発生率は高いが、もっと普段から天気予報を見ておくんだった。
そうしてテレビを見ている間にお風呂のお湯は貯まった。
「一緒に入る?」
お湯の量を確認しに行った結菜が戻ってきてそんなことを言う。
「入らん」
「じゃあ穂高先に入っていいよ。私は時間かかるし」
「わかった。それじゃあお言葉に甘えて」
俺は先に脱衣所に入り服を脱ぐ。
「脱いだ服はハンガーにかけとくから置いておいて」
結菜がそう言うので任せることにする。
俺は浴室に入ると、シャワーを出し温度を調節する。お湯になったところで俺は身体を流しながら温める。
雨に濡れて体が冷えてしまった。早くしてやらなければ結菜も風邪を引いてしまうだろう。
俺は手早く体を洗うと、シャワーで洗い流す。そして湯舟に浸かると、大きく息を吐いた。
まさかまた結菜とラブホテルに来ることになろうとは。しかも今度は泊まりだ。泊りは初めての経験だから流石に俺の理性が持つかどうか自信がない。同じベッドで一晩眠るわけだから、我慢できるかどうかあまり自信はなかった。
深呼吸をして精神を落ち着ける。冷静になったところで風呂を上がると、結菜に声をかける。
「あ、ママに電話入れといたから。電車止まって帰れなくなったから友達の家に泊めてもらうって」
「俺も家に連絡入れておかないとな」
俺と入れ替わりで結菜が風呂に消えていく。しばらく待ってから、結菜の服を回収しハンガーにかけた。
風呂上がりに濡れた服を着るわけにはいかず、俺はバスタオルを腰に巻いて、ベッドの上に座った。
というか、これまずくないか。結菜も風呂から出てきたら裸同然の格好で一緒のベッドで眠るわけだろ。流石にそれはやばすぎる。とてもじゃないが我慢できる気がしない。
俺は緊張で喉が渇き、冷蔵庫に入っていたジュースを取り出した。それを一気に呷ると、ふーっと息を吐いた。頭の中が煩悩に塗れている。ラブホテルなんかにいれば、嫌でも結菜とセフレだった時のことを思い出してしまう。
記憶の中にある結菜の素肌が想起され、脳を埋め尽くしていく。
ダメだ。頭の中がピンク色に染まっている。もう完全にそっちを意識することしかできない。
遠くで聞こえるシャワーの音も耳に届く度、脳が犯されていくのを感じる。
やがてシャワーの音が止み、浴室のドアが開く音がする。結菜が今、この薄い壁の向こうで裸になり、体を拭いている。想像するだけで俺の息子は元気を取り戻した。
俺は生唾を飲み、静寂に備える。しばらく待つと、体を拭き終えた結菜が、バスタオルを巻いた姿で部屋に戻って来た。
「お待たせ」
うっすらと上気する頬に湯だった体。俺は再び生唾を飲みこみ、顔を逸らした。
どこか結菜の顔は覚悟が決まった顔だった。まさか結菜もここで勝負を決める気か。
俺は勝負の長い夜を前にして、もう既に誘惑に負ける未来しか見えなかった。
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