第22話

結菜視点


 選挙が終わった。あとは投票結果を待つのみだけど、私たちにできることは終わった。

 本番、私は失敗してしまった。カンペを失くしテンパってしまった。正直、悔いが残らなかったと言えば嘘になる。でも、あの状況で私は私なりの言葉で想いを伝えることはできたと思っている。

 初めての穂高との共同作業。絶対に負けたくなかった。この選挙を通じて穂高は私によく話し掛けてくれるようになったし、関係も良好だと思う。

 私は演説を完璧にはこなせなかった。当然、落ち込んでいたんだけど、穂高の応援演説を見て、その悔しさは吹き飛んだ。

 全校生徒を前に、私をプレゼンする穂高の姿を見ていたら、こみ上げてくるものがあった。

 穂高はこんなにも私を勝たせようとしてくれている。そう思うと涙がとめどなく溢れてきた。口ではぶっきらぼうな穂高だけど、私のことを知ろうとしてくれていたのが伝わって来た。そんなところも好き。

 私が好きな穂高の格好いいところを見られて、悔しさなんて吹き飛んでしまった。多分、また惚れ直したと思う。

 応援演説を終えて退場してきた穂高はやっぱりぶっきらぼうに笑ったけど、私はその笑顔がたまらなく愛おしく感じた。


「お疲れさま」


 私の労いの言葉に、穂高は照れくさそうに頭を掻いた。


 教室に戻った私を待っていたのは、クラスメイトの歓迎だった。私を会長に推薦した生徒も、それ以外のクラスメイトもみんな私を取り囲んで拍手で称えた。

 

「絶対和泉さんに票入れるね」

「勝てると思う!」


 そう口々に私を励ましてくれるクラスメイトに、私は笑顔で応対する。

 その様子を見守る美奈が、微笑ましそうに私を見つめていた。

 クラスメイトの祝福の輪から逃れ、自分の席へとたどり着く。


「お疲れ。頑張ったね」


 美奈が優しい声音で私を労ってくれる。


「うん。やれることはやったし、悔いはない」


 本当は悔いはあるけれど、穂高の応援演説がそれを吹き飛ばしてくれた。


「安城くん、かっこよかったね。結菜が惚れるのもわかるわ」

「ダメだよ。穂高は私のだから」

「まずは手に入れてから言いなさい」


 美奈の言う通り、私はまだ穂高の心を手に入れてはいない。まだまだアピール不足なのはわかっている。この選挙戦を通じて、穂高との仲は確かに深まった。でも、恋愛対象としては見られていないのはひしひしと伝わってくる。なまじセフレだったから私を女として意識していないわけではないと思う。もっと何か、大きなものが穂高を取り巻いている。そんな気がする。

 この選挙戦の間、女子の間で穂高が注目され始めたのは気が付いている。穂高も言っていたけど、告白した子もいた。でも、穂高はそれを拒否している。それどころか、堀くんと付き合っているなんて噂が流れ始めたくらいだ。穂高もその噂を訂正する様子はないし、放っておくつもりなのだろう。

 もちろん、私は穂高が男の子が好きなわけではないことを知っている。でも、他の子は噂を信じるかもしれない。そうなったらせっかくモテ始めた穂高に言い寄る女の子はいないだろう。私としては安心できるけど、少し勿体ないような気がしなくもない。

 もしかしたら穂高は彼女を作りたくないのかな。どうして? 他に本命がいるから?

 それが私じゃないことは確かだけど、もっと穂高のことを知る必要がある。もし穂高に他に好きな人がいるのだとしたら、私は……。



穂高視点


 投票結果発表の朝。俺はいつもより早く学校に来ていた。なんとなくいつもより早く目覚めたのだ。ひょっとしたら俺も結果が楽しみなのかもしれない。

 早く学校に着いたので、文庫本に目を落としていると、朝練を終えた一輝が教室に入ってくる。


「よお。今日は早いな」

「少し目が覚めちまってな」

「まあ選挙の結果が出る日だもんな」


 俺たちはやれることはやった。事前の情報収集も、校内放送での人気稼ぎも、討論会での対策もやれることは全部やってきた。その結果負けるのなら仕方がない。だが、俺は確かな手ごたえを感じていた。

 それは昨日、学校から帰る生徒たちの声が結菜の話題でもちきりだったからだ。少なくも多くの生徒に和泉結菜の名前は刻み込まれている。それがわかっただけで、俺たちがやってきたことは無駄じゃなかったと思える。

 次々とクラスメイトが登校してくる。チャイムが鳴り、全員が自分の席に着席した。

 担任の教師が入ってきて、朝のホームルームが始まる。


「今日は知っての通り、この後に選挙結果の放送がある」


 そう説明してホームルームを終えると同時に、校内放送のアナウンスが入る。


「みなさん、おはようございます。選挙管理委員会です。みなさんの投票の結果が出ましたのでご報告します」


 俺はごくりと生唾を飲み込んだ。

 一瞬の静寂の後、結果が告げられる。


「生徒会長に当選したのは、和泉結菜さんです」


 その一言が聞こえてきた瞬間、俺は小さくガッツポーズをする。

 勝った。あの久世壮亮に勝利した。

 クラスメイトから大歓声が沸く。みんなが俺を祝福してくれる。


「これにより副会長は安城穂高さん。残りの役職は後日発表します」


 クラスメイトからの拍手を受け、俺は立ち上がって一礼する。


「和泉さん、安城さんは昼休み生徒会室まで来てください」


 最後にそうアナウンスがあり、放送は終了した。



 昼休み、俺は生徒会室を訪れる。

 引き戸を開けると、既に中には結菜がいた。


「お疲れ」


 結菜が手を上げる。俺はその手に自分の手を重ねた。

 結菜と勝利を分かち合うのは今が初めてだ。朝はあの後すぐに授業だったし、休憩時間も移動が多かったので結菜と顔を合わせる時間がなかった。


「本当に勝ったんだね、私たち」

「お前が勝ち取った勝利だ。誇ればいいさ」

「うん」


 結菜が嬉しそうに微笑む。

 引き戸が開く。白衣姿の女教師と久世、班目だった。


「いやあ待たせたね。とりあえず生徒会選挙お疲れ諸君」


 女教師はそう言うと、全員に席に着くように促した。それに従い目の前の席に着く。


「というわけで生徒会の顧問を務めている広瀬だ。よろしく」


 広瀬と名乗った女教師は、そう言って笑顔を向けてくる。 


「これから当選した和泉には新生徒会のメンバーを選定してもらう」

「選定ですか」

「そうだ。まあ選定しても本人が引き受けるかはわからないが、できるだけ早く頼む。会計と書記、それから庶務だ」

「わかりました」


 結菜はそう言うと久世たちに視線を向ける。


「そういうことなんだけど、二人にお願いできないかな」

「勿論。そのつもりでここに来たしね」


 久世が笑顔で引き受ける。代々生徒会は選挙で敗れた人間がそのまま入ることが通例となっている。結菜もそのことを知っていたのだろう。それに広瀬先生が久世と班目をここへ連れてきたのが、そういう思惑だったのだろう。


「じゃあ、僕が会計を担当するよ。飛鳥は書記と庶務どっちがいい?」

「私は書記を引き受けます」

「オーケー。じゃああとは庶務だけだね。和泉さん心当たりはある?」

「うーん、知り合いは多いんだけど生徒会に入りたいって子はいないかも」

「だったら僕に任せてもらえないかな」


 久世はそう言うと、結菜に向かって微笑んだ。


「いい子がいるの?」

「まあ心当たりぐらいはあるから」

「じゃあお願いしようかな」


 結菜は庶務の選定を久世に託した。まあ久世が選ぶ人材なら間違いはないだろう。


「話が早くて助かるな。君たち新生徒会は二週間後から正式に活動開始となる。よろしく頼むぞ」


 広瀬先生はそう言って話をまとめると、用紙を結菜に手渡した。


「そこに新生徒会のメンバーの名前を記載して提出してくれ」

「わかりました」

「よし、それじゃあ解散」


 そう言って広瀬先生は生徒会室を後にする。

 俺たちは弁当を持ってきていたので、そのまま生徒会室に残り弁当を広げる。


「本当にお揃いの弁当なんだね。兄妹というのは本当なんだ」


 久世が俺たちの弁当を見て、そんな感想を告げる。兄妹であることを公表した今、弁当を隠れて食べる必要もない。


「びっくりした? 私、穂高の妹なの」


 結菜が人前で初めて俺の名前を下の名前で呼ぶ。


「本当はそう読んでるんだね。仲が良くて羨ましいよ」

「お前と班目だって下の名前で呼び合ってるじゃないか」

「まあ僕と飛鳥は幼馴染だしね」


 久世がそう言って班目を見るが、班目はすまし顔でスルーする。

 苦笑した久世が話題を昨日の選挙に切り替える。

 

「それにしても昨日の演説、やられたよ。完全に場の空気を書き換えたよね」

「私はカンペを失くしちゃったから、ほとんど穂高のおかげかな」

「そうだね。正直、和泉さんの演説までなら僕は勝ちを確信してたんだ。でも、安城くんの演説が始まってそれは間違いだったと思わされた」


 久世はそう言って、俺を見て微笑む。


「安城くんは切れ者だね。この選挙、君が色々裏で暗躍していたのは調べがついてる」

「さて、なんのことやら」

「まあいいんだけどね。僕も素直に負けを認めるよ」


 俺は久世にどうしても確かめておきたいことがあり、疑問を口にする。


「なあ、新聞部をけしかけたのはお前か?」


 そもそも新聞部がなぜ結菜と俺をマークしていたのか。情報提供者がいたと考えるのが自然だろう。とすれば真っ先に思いつくのは選挙の対立候補である久世陣営だ。


「まあ、そうだよ。僕が新聞部に二人の関係が怪しいって投書で垂れ込んだんだ」


 久世はあっさりと認めた。


「意外だな。お前は正々堂々やるタイプだと思っていたよ」

「選挙はどんな手を使ってでも勝たなくちゃ意味がないからね。自分がやりたいことをやる為には、まず勝たないといけないから。でも、その結果が完全に裏目だったけどね」


 久世からすれば、俺と結菜の関係を詮索させるだけでも効果は絶大だったのだろう。だが、俺たちが兄妹だと公表した途端、風向きが変わった。俺たちを応援する声が多数を占めた。これは久世にとって予想外だったに違いない。


「まあもう終わったことだし、これからは和泉さんを支えるよ。約束する」

「ならいいが」


 久世が味方になってくれるのなら、こんなに心強いことはない。結菜も生徒会運営で足りないところを補ってくれるだろう。

 

「私は許さない。久世くんには罰としていっぱい働いてもらうからね」

「はいはい。お手柔らかにね」


 苦笑する久世に結菜が突っ込みを入れる。

 和やかな雰囲気のまま、昼休みの時間は過ぎていった。


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