第20話
翌日、学校に行くと俺に注目が集まっていると感じた。昨日までも注目されていたが、昨日までとは違う不快な視線だ。
教室に入ると、一輝が俺を見つけるなり駆け寄ってくる。
「おい、大変なことになってるぞ」
「大変なこと?」
一輝がここまで血相を描くなんて珍しい。一体何があったのだろう。
「これ見ろ」
そう言って一輝は校内新聞を俺に手渡してくる。内容を見てみるとその一面に俺と結菜が自宅へ入っていく写真が掲載されていた。見出しはでかでかと、『生徒会長候補、和泉結菜、副会長候補と自宅密会デート』と書かれている。
どうやら一昨日結菜と一緒に帰ったところを撮られたらしい。というか勝手に盗撮するとか、うちの新聞部やりすぎじゃないか。
俺は憤りを感じながら、その新聞の内容を読む。
『現在、生徒会長選挙に立候補している和泉結菜さんと安城穂高くんが自宅での密会デートだ。どちらの自宅かはわからないが、仲良さげに自宅へ入っていく様子が映っている。和泉さんは公約で自由恋愛を掲げており、自身の恋愛を楽しみたいという目的があるのかもしれない。対立候補の久世壮亮くんの公約では恋愛禁止が掲げられており、自身の恋愛の為にも、なんとしても会長に当選しなければならないようだ』
概ね、そんな感じのことが書いてあった。
まずいな。選挙を控えたこの時期で、このスキャンダルというのは、これまで結菜の人気でかき集めた支持層が離れてしまう。
一昨日のあの不快な視線は新聞部の連中だったのか。油断した。
「おい、これお前の家だよな。和泉さんを家に入れたのか」
一輝が困惑した様子でそう訊ねてくる。
一輝にこれ以上隠し事はできないな。
「一輝には本当のことを話すよ」
そう言って俺は一輝に時事用を説明した。一輝は驚いた様子で聞いていたが、全てを聞き終えると溜め息を吐いた。
「マジかよ。和泉さんと兄妹になったって。漫画じゃん」
「だよな。俺もびっくりしたわ」
「じゃあ一緒に住んでるんだな」
「そういうことになる」
「羨ましいぞ、この」
そう言って俺の脇腹を小突いてくる。一輝にぐらいは話しておいても良かったかと思うが、タイミングがなかった。やはり最初に話しておくべきだったのだろう。
しかし、こうなってしまっては兄妹であることを隠しておくのはデメリットしかない。どこかのタイミングで公表すべきだろう。
俺はスマホを手に取ると、結菜にメッセージを送った。
結菜視点
まさかこんなことになっているなんて。一昨日、穂高が視線を感じると言っていたのはこのことだったんだ。カラオケを出たところからつけられていたのだろう。
今朝からずっと注目されている。それも、嫌な見られ方だから気が休まらない。
「で、どうするの?」
美奈が心配そうに聞いてくる。
「公表するしかないでしょ。まあ、元々私は兄妹だって言っても良かったし。穂高が嫌がるから今まで黙ってたけど」
「でもいいの? 兄妹だって公表しちゃったら外でいちゃつけなくなるよ」
確かに美奈の言う通り、兄妹だと公表すれば穂高と彼氏彼女の関係になるのは難しくなるだろう。でも、私にとってそれは些細なことだった。私は穂高を攻略するのに何年かかってもいいと思っているし、最初から長期戦の覚悟だ。卒業してからになっても私はかまわない。
だけどこの選挙は負けるわけにはいかない。穂高との初めての共同作業だし、乗り越えられれば中が深まると私は思っている。負けちゃったら全部無駄になる。だから勝つために、私は公表を選択する。こればっかりはきっと穂高も同じ考えだろう。
スマホに通知が届く。見てみると穂高からだった。
昼の放送で兄妹であることを公表しろとのことだった。
「了解」
私はそう返信し、お昼休みに備えた。
昼休み、私はお昼の放送に出演する為、放送室へ来ていた。最初の放送以来、来ていなかった穂高も来ている。事前の打ち合わせで今朝の新聞の話題を突っ込んでもらうよう、部長に頼んでいる。部長も盛り上がるだろうからとオーケーしてくれた。あとは放送を使って兄妹であることを公表するだけだ。
イントロが流れ、放送が始まる。
「みなさん、こんにちは。今日も放送部によるお昼のラジオの時間です」
部長が挨拶を済ませ、私の番がやってくる。
「みなさんこんにちは。今話題の和泉結菜です」
「自分から言っちゃうんですね」
「私もここまで注目集めたの初めてなので、今日はみなさんが気になっている例の新聞の内容についてお話します」
できるだけ明るい声を意識しながら、私は流暢に話す。もうこのお昼の放送にも慣れた。最初の頃は緊張で噛みそうだったが、今はもう全然そんなことはない。
「それじゃもうズバリ突っ込んじゃいますけど、副会長候補の安城くんとは恋人関係なんですか?」
「違います」
「ではなぜ自宅に一緒に入っていったのでしょう。まあ、あれがどちらの自宅かはわからないですが」
「私の家でもあり、安城くんの家でもあります」
「どうういうことでしょうか」
私は一度大きく深呼吸をすると一息にまくし立てる。
「実は私たち、兄妹なんです。夏休みの間に親が再婚して、兄妹になったんです。だから、今は同じ家に住んでいるって感じです」
「それは衝撃の事実ですね。親の再婚ですか」
「はい。注目されるのも嫌だったので、秘密にしていました。私も苗字を変えずにそのまま通わせてもらっているので、基本的には公表するつもりはありませんでした」
「だとしたら何も後ろめたいことがないですね」
「まあそうだね。まさか選挙に出るだけでこんな記事になるなんて、芸能人にでもなった気分だよ」
「違いないですね」
私は淀みなく全ての事実を公表した。周りがどんな反応になるかはわからないけど、少なくとも最悪の事態は避けられるはずだ。
放送を終えてブースを出ると、穂高が「お疲れ」と水筒を差し出してくる。私はお茶を飲みながら、一つ大きく息を吐いた。
「疲れた。ご飯食べよ」
私は放送室でお弁当を広げる。
「いやーお疲れ和泉さん。きっと今日の昼休みは和泉さんの話題で持ち切りだよ。じゃあ、俺は食堂で食べてくるから、また鍵よろしくね」
「はーい」
部長が放送室を出て行く。放送室には私と穂高だけが取り残される。
「だから言ったでしょ。最初から公表した方がいいって」
穂高はばつが悪そうに顔を歪めると、頭を掻いた。
「悪い、これは俺の判断ミスだ」
「まあ別に怒ってないけど」
少しだけ、穂高をからかってやりたかっただけだ。
「そんなことより食べよ。今日のお弁当は私の手作りだぞ」
「そうなのか。それは感謝する」
「ありがたがって食べてよね」
手作り弁当と言っても、そんなに自信がある方じゃない。まだまだ私の料理の腕は並以下だし、胃袋を掴むにはもっと修行をする必要があるだろう。
「うん、美味い」
だけど穂高は美味しそうに食べてくれる。家で一緒に過ごしてみて、なんとなく穂高の味の好みはわかってきたから、それを意識して味付けしてみた。効果があったようで良かった。
「なんならあーんしてあげよっか」
「いらんわ」
「なんでー。男の子ってあーんされるの夢じゃないの?」
「それはマンガの中だけだ。そんなの実際にやられたら恥ずかしくてしかたないだろ」
「んーでもやりたい。頑張ったご褒美にさ、一回だけ」
そうわがままを言ってみる。実際、昼の放送私は頑張ったし、ご褒美を請求する権利ぐらいはあると思う。
「まあ、一回だけなら」
「誰も見てないし大丈夫だよ。はい、あーん」
穂高が口を開けて私の箸から卵焼きにぱくついた。これで食べたら穂高と間接キスになるが、今更間接キスで動揺したりはしない。でも、意識はするしどきどきもするけど。あーんをしてみたかったのも本当だけど、穂高と間接キスしたいというのが本命だった。セフレ関係を解消してから、キスもしなくなったし、寂しいのが本音だ。少しでもいいから穂高の成分を摂取したかった。
私は穂高がぱくついた箸でからあげを掴むと、口へ放り込む。箸をしっかりと舐めながら、満足げに頷いた。
穂高視点
昼の放送の効果は絶大だった。教室に戻ってから、めちゃくちゃ質問されるし(主に男子生徒)、耳を傾けなくても昼の放送の話題が聞こえたきた。すっかり結菜と俺が恋人関係という話題は鎮火したようだ。
「おい、穂高。これはどういうことだ」
眉を潜めた一輝が俺に詰め寄ってくる。
「穂高が女とは付き合わないって言って男の俺を狙ってるって噂が飛び交ってるぞ」
「あーそれは緒方さんのせいだね」
緒方さんは昨日俺に告白してきた女子だ。どうにも口が軽いようで勘違いをそのまま広めてしまったらしい。今更訂正する気も起きないし、いい女子避けになるだろうから噂はこのままでいいかもしれない。一輝には少し悪い気はするけれど。
「勘弁してくれよ。なんで俺が男のお前と付き合わなきゃならないんだ」
「別に本当は付き合っていないんだからいいだろ」
「良くねえよ。こんなものまで出回っているんだぞ」
そう言って一輝が俺に叩きつけたのは、紙の小冊子だった。
表題を見ると、『堀と安城』と書かれている。中を見てみると、それはオリジナルの創作マンガだった。俺が一輝に迫り、恋人関係になって学校では秘密にしているとかなんとか。いわゆるBL作品だ。どうやらどこかの腐女子さんが、俺たちをモデルに同人誌を作成したらしい。確かに俺と一輝が絡み合っているシーンは吐き気を催すほど気持ち悪いが、他人の創作物にとやかく言う義理もない。
「まあいいんじゃないか。これで女子たちが楽しめるなら」
「気持ち悪いって言ってるんだよ。どうにかしろ」
そう言って一輝が俺の頭を小突いた。その瞬間、クラスのとある一角の女子が、黄色い声を上げた。どうやら今のシーン、腐女子的には興奮ポイントだったようだ。
まあ、なにはともあれ、和泉結菜自宅デートの話題は鎮火した。その一方で、安城穂高が男好きという噂がまことしやかに囁かれるようになったのは言うまでもない。
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