第17話

 いよいよ、討論会の日がやってきた。結菜は今朝から緊張の面持ちで朝食を摂っていた。

 勝負は放課後。部活の生徒は見に来ないだろうから、集まるのは帰宅部の生徒がほとんどだろう。全校生徒の約三分の一程度。それが討論会に集まる生徒の見込み数だ。

 準備は万全だ。事前に得た情報をもとに、どう切り込んでいくか、結菜の入念に話し合った。

 あとは本番でとちらないようにするだけだ。


 学校に着くと、生徒たちの間で討論会の話題が持ちきりになっていた。やはり久世、班目ペアに挑む結菜と俺のペアが注目の的らしい。すれ違った女子から、「今日の討論会頑張ってね」と声を掛けられた。結菜だけでなく、俺もやはり注目されているようだ。

 教室に辿り着くと、一輝がクラスメイトと談笑していた。耳を傾けてみると、どうやら話しているのは討論会のことらしく、一輝が熱弁を振るっていた。


「というわけで、和泉さんが俺はやると思う」

「でも相手は久世だぜ。そう簡単にはいかんだろ」

「そこはパートナーの穂高がなんとかするだろ」


 おいおい。そんなにプレッシャーを与えないでくれ。一応俺もフォローはするつもりではいるが、表立って何かをする予定はない。基本的に結菜に任せるつもりだ。


「お、噂を擦れば本人登場」


 一輝が俺を発見し、声を掛けてくる。

 俺は苦笑しながら、一輝に向き合った。


「あんまり期待しないでくれ」

「何言ってるんだ。和泉さんとペア組んでるんだ。支えなきゃ許さんからな」


 そう言って一輝は俺の胸を小突いてくる。まあ一輝にはいろいろ協力してもらったし、できれば勝利という形で報いたい。

 俺は首肯しながら、自分の席に着いた。


 

 放課後になった。俺は討論会の準備があるので、ホームルームが終わるとすぐに体育館へ移動する。体育館には既に久世と班目の姿もあり、班目は俺を見ると、ぺこりと頭を下げてくる。続いて結菜がやってきたので、俺は結菜と合流する。


「いよいよだね」

「選挙の前哨戦だ。ここで負けるようじゃ選挙には勝てないぞ」

「わかってる。絶対勝つ」


 俺たちが選挙を優位に進める為にも、この討論会は負けられない。明確に勝敗が決まるわけではないが、観覧する生徒たちの反応でおおよその結果は把握できる。俺たちはこの討論会で少なくとも久世たちとわたりあわなければならない。そして、結菜が会長としてやっていけることを生徒たちに印象付ける必要がある。


「それでは討論会の流れを説明します」


 選挙管理委員会の生徒が、俺たちを集めて討論会の流れを説明する。最初に公約を発表するのは久世たちだ。そして、俺たちが公約を発表する。それから質疑応答に入るという流れだ。

 結菜は説明を聞きながら思案しているようだった。久世は笑顔で説明を聞き、班目は眼鏡を光らせていた。

 この場に立つ以上、もう後戻りはできない。やれることをやるだけだ。

 司会のアナウンスで俺たちが呼ばれた。久世たちの後について登壇する。

 体育館の壇上に向かい合うようにテーブルが置かれ、俺たちはそれぞれ向かい合うようにペアごとに座った。


「それではこれより討論会を始めたいと思います。まず、久世さんから公約を発表してください」

「はい」


 元気よく返事をし、その場で起立した久世は堂々と背筋を伸ばし、生徒たちを睥睨すると、マイクをそっと触れた。ノイズが入り、生徒たちの注目が久世に集まる。


「僕の掲げる公約は生徒の平均点の向上、ボランティアの充実、それから恋愛禁止です」


 生徒たちがざわつく。恋愛禁止という部分にやはり大多数の生徒が反応したようだ。

 久世は芝居がかった咳払いを一つ挟むと、そのまま話を続ける。


「まず、平均点の向上。これは自習室を設けようと考えています。家に帰って集中できない人もいるでしょう。そういう人は自習室で勉強してもらえば、成績向上につながると考えます。なので、この自習室を解放することをお約束します」


 上手い。具体的にどうやって平均点を底上げするかが明確に示されている。うちの学校は図書室でも自習が禁止されている。自習室の確保は、全校生徒にとって大きなメリットだ。


「それからボランティアの充実。地域との関係を深める為に、積極的にボランティア活動を行おうと考えています。生徒会と風紀委員が中心となり、ボランティアに参加する生徒を募集します。もちろん、参加してもらえれば内申点がつくように先生方と交渉します」


 これも上手い。ここにいるのは部活に参加していない帰宅部の生徒ばかりだ。つまり時間が余っている生徒がほとんどなのだ。その生徒に内申点をちらつかせ、ボランティア活動に従事させる。これも公約としては強いだろう。


「最後に恋愛禁止ですが、これは近年、風紀委員から学校に相応しくない行動をとっているカップルが散見されると報告が上がっています。やはり学校は勉強する場です。近年の成績低下も、少し学校の規律が緩んでいるからと考えます。もちろん、学校外では好きにしてもらってかまいません。ですが、学校内では恋愛を禁止し、正しい在り方として勉学に励んでもらおうと考えています。これは最初の公約である、平均点の底上げにもつながっています。勉学に励み、正しい学校生活を取り戻しましょう。以上です」


 久世は見事な演説で公約の発表を終える。学校のブランドを重んじる層には受けただろう。

 続いて、結菜の番がやってくる。司会に促され、結菜が起立する。


「生徒会長に立候補しました和泉結菜です。私が掲げる公約は全部で三つ。一つ目は制服のデザインの一新です」


 結菜がその公約を発表した時、一部の生徒が反応を見せる。主に女子だ。


「現在の制服は学ランと個性がありません。ここで学校独自のオリジナルの制服にデザインを変更することで、入学希望者を増やそうという考えです。入学志望者が増えれば、必然的に学校のブランド価値も高まります。また現在通う生徒も楽しい気持ちで学校に通えるようになると思います。それに制服をオリジナルにすることには他にもメリットがあります。外での行動がすぐにうちの学校の生徒だと地域の人にわかってもらえるようになることです。外で模範的な行動をすれば、それが学校の評価となって返ってきます」


 出だしは順調だ。制服のデザイン変更は長年女子が望んできたことだ。それをもっともらしい理由を付けて発表する。この理由は主に俺が考えた。結菜はそこまで考えられるのかと驚いていたが、これぐらいは普通だ。


「それから二つ目ですが、これは久世くんと同じなのですが、平均点の底上げです。やはり学校のブランドを高めるためにも成績向上は必須と考えます。かくいう私は成績が良くありませんが、私のような生徒が成績を伸ばせるような試みを考えています。生徒会主催の勉強会を企画します。私が当選した暁には副会長の安城くんが教えてくれることになります。ご存じの通り安城くんは学年一位です。勉強会に参加すれば、普段自宅でさぼってしまうような生徒も勉強に取り組むことができます」


 二つ目の公約はあえて久世と同じものにした。中身に関しては事前の情報で得ていなかったので、俺ら独自のものを考えたが。

 やはり学校のブランドを大事にする層はそれなりにいる。その層を少しでも取り込むためには、勉強のことを疎かにするわけにはいかなかった。


「三つ目の公約は自由恋愛です。私は恋愛は自由にするべきだと考えます。なぜなら社会に出て出会いがないと嘆く社会人が多いからです。社会に出れば各自仕事に追われ、恋愛をする時間がないでしょう。今しかないのです。学生である今こそ、めいいっぱい恋をして、たった一度しかない青春を謳歌するのが私たち学生の義務だと考えます。もちろん節度は守らなければいけませんが、私は自由に恋するべきだと思います。私の掲げる公約は学校をより楽しくすることを目的としています。共感してくださる方は投票お願います」


 結菜は堂々と、公約発表を終えた。隣で聞いていただけだったが、素晴らしい公約発表だったと思う。久世にも負けない会長としてのオーラが確かに備わっていた。それは久世と同等の拍手をもらったことからもわかる。


「それではこれより質疑応答に入ります」


 真っ先に手を上げたのは班目だった。


「和泉さんに質問です。自由恋愛と仰いましたが、近年、行き過ぎたカップルの行動が目に余っています。風紀委員でも学校内でいかがわしいことに及ぶ生徒を目撃しています。自由恋愛を謡うということは、それを助長することになると考えますがいかがですか」


 さすがは班目。風紀委員の立場を利用したいい質問だ。

 結菜はマイクを手に取ると、班目の方を見て微笑みかける。


「逆だよ、班目さん。恋愛禁止にする方が、隠れてこそこそする生徒が絶対にいる。そうなればもし見つかった時に罰則があるし、生徒たちにとっても良くない。だったらあえて認めてあげて、節度を守りましょうってする方がいいと私は思うの」

「それは理想論ではないですか。禁止されていないことを生徒たちは堂々とするでしょう。やはりそこは禁止して罰則を与えるようにしなければ、風紀は乱れる一方です」


 班目としても恋愛禁止は譲れないところなのだろう。厳しく追及してくる。


「でも、恋する自由を奪うのはやっぱり良くないよ。恋は自然に落ちるもの。気持ちは抑えられない」

「だから学校外だったら自由だと言っているじゃないですか」

「学校でしか恋は育めないと思うの。学校でしか会えない人はどうするの? その人の気持ちは無視するの?」

「私は学校ではふさわしい行動をとるべきだと言っているだけです」


 議論が白熱してくる。女子通しの戦いということもあって、生徒たちは固唾を飲んで見守っている。

 だが、結菜としても譲ることはできない。ここは絶対に勝ち切らないといけないところだ。そこが唯一、久世たちに付け入る隙なのだから。


「班目さん、あなたも私も両親が恋をしたからこの世に生まれてきたんです。その尊さを否定するのは人間としてありえないと思います。恋愛する自由も認められない学校なんてあっていいはずがない。恋は自由です。誰に恋したっていいんです。そうして私たちは成長し、大人になっていくんです。心を育む為にも恋する自由は認められるべきです」

「うっ……」


 班目が押し黙る。見事に結菜がこの議論勝利を収めた。

 白熱する討論会、久世が苦笑しながら班目の頭を撫でた。

 これまではいい感じだ。このまま押し切れるか。

 タイミングを見て、俺は手を上げた。


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