第15話

 突然のことに俺は頭がパニックになる。


「何言ってるんだ」

「いざというときに相手にがっかりされたくありません。だから練習がしたいです」


 班目は真剣な瞳を俺に向けてくる。

 俺とて男だ。その申し出を魅力的に感じてはいる。だが、ここで班目に手を出すのは班目に悪い気がする。

 俺は生唾を飲むと、冷静に思考を巡らせ、班目を説得する。


「そういうのは好きな相手とするもんだ」

「安城くんだって好きじゃない相手としたんでしょう」


 確かに俺は別に結菜を好いていたわけじゃない。それはきっと結菜も同じだろう。ただ体の関係という割り切った関係だからこそ、長く続いたのだと思う。俺に班目を説得できる材料はなかった。


「後悔しないのか」

「しません」


 班目の目は据わっていた。てこでも折れるつもりはないようだ。


「わかった。練習させてやる。ただし俺は一切手を出さない。それでいいな」

「安城くんがそれでいいなら」


 眼鏡に手を掛けて、班目が頷く。運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、俺は班目を見る。

 こんなことを言い出すやつとは思わなかったが。風紀委員というだけあって、きっとそういうことには厳しい目を向けてくるとばかり思っていた。これは先入観によるものだが、セフレなんて班目がもっとも嫌う関係だと思っていた。

 だが、班目は嫌悪感を示すどころか、自分も練習させてくれと言い放った。俺の班目に抱いていたイメージは覆された。

 料理を食べ終えると、班目はお会計に向かう。

 会計を済ませた班目は俺の手を握ると、そっと自分の方に引いた。


「それじゃ、行きましょうか」


 手を引かれるまま班目に付いていく。どこへ向かうのかという疑問を持ちながらも、緊張でそれを口にすることはできなかった。

 しばらく歩くと、マンションが見えてくる。


「ここが私の家です」


 マンションに俺を連れ込むと、エレベーターで四階に上がる。

 鍵をドアに差し込み、右に捻るとがちゃりと音が鳴りドアが開いた。


「さあ入ってください」

「お邪魔します」


 部屋はよくある3LDK。家族で暮らすにはちょうどいい広さだ。家の中には誰もいないらしく、静かだった。

 生活感の溢れるリビングを通り、洋室に通される。


「ここが私の部屋です。くつろいでください」


 そう言われたので、俺は地べたに座り深く腰を下ろす。

 班目は冷蔵庫からジュースを取り出すとコップに注ぎ、俺の前の机に置く。

 俺はそのコップを呷ると、汗が噴き出している頭を拭った。


「緊張、してますか」

「そりゃな。そういうことをされると思ったら緊張が止まらない。家の人はいないのか」

「父も母も仕事で遅いです。心配はいりません」


 既に俺の股間は臨戦態勢だ。意識するだけで元気になってしまう愚息を、今ばかりは恥ずかしく思う。


「こういうのって先にシャワーを浴びるものなんですよね。行ってきていいですよ」


 俺はそう促され、部屋を出てシャワーに向かう。ボディーソープで体につけながら、特に股間を念入りに洗う。お湯で泡を洗い流し、すぐに上がった。バスタオルで体を拭き、水気を取ると腰にバスタオルを巻いて風呂を出た。そのまま班目の部屋に戻ると、班目が目を丸くして驚いた。


「その恰好」

「するんだろ。だったらこうしておいたほうがやりやすい」

「そうですね」


 やはりまだ男の裸には耐性がないようだ。目を白黒させながら、視線を逸らしてはちら見している。

 

「ベッドに横になってください」


 そう促され、俺はベッドの上で横になる。班目は顔を赤らめながら俺に覆いかぶさり、生唾を飲み込んだ。


「精一杯、がんばりますね」


 ※※※



 班目の家からの帰り道、俺は深く息を吐いて頭を掻いた。

 やってしまった。班目に乗せられて、そのまま班目に奉仕させてしまった。性欲が強いのは自覚しているが、まさかここまで制御できないとは思わなかった。

 結論から言うと班目の手は拙かった。初めてだから当然だが、テクニックもなくただ握って上下に動かすだけの単調なものだった。その単調な動作にすらおっかなびっくりといった具合で、正直然程気持ち良くもなかった。だが、これはあくまで練習。班目の技術向上が目的だ。俺はどうすれば気持ちいいかを班目に教えながら、班目の責めを受けた。

 班目はひたすらに一生懸命だった。その一生懸命さを見ていると、応援したい気持ちが湧き上がってきて、気付けば俺は純粋にアドバイスを送っていた。最終的に俺を最後で導けたのは上々だろう。


 外はすっかり暗くなり、日は落ちていた。結菜が心配してるだろうなと思いながら、俺は帰路を急ぐ。

 班目にはまた次回も練習をお願いしたいと言われた。別に班目と本番をするわけじゃないし、抜いてくれるというなら俺としては一度やってもらった手前断る理由はない。というわけで班目とそういう関係になったことに俺は正直驚いていた。

 班目とは知り合って日が浅い。こんなことがあるのかというのが正直な気持ちだった。ただ、班目とは安心して付き合える。班目は俺のことが好きなわけじゃない。それがわかっているからこそ、安心して身を委ねられる。

 俺は気持ちを切り替えながら、家のドアを開いた。


班目飛鳥視点


 やってしまった。

 安城くんを家に招き、あられもない姿にして、私は行為に及んでしまった。自分が何かをされるわけじゃないから怖くなかったのだけど、緊張は凄くした。安城くんがシャワーを浴びている間、私は部屋の中を右往左往しながら落ち着きなく歩き回っていた。

 壮亮に好きな人がいるとわかって、私は自分を見失った。

 なんとなくわかっていた。壮亮が告白を断るのは、他に好きな人がいるからなんじゃないかって。だから実際に壮亮の口からそれを聞いた時、私はどこか納得した心持ちだった。

 だからショックだったけど、冷静に私が壮亮に迫るのは今じゃないと思えた。いつか壮亮が失恋して、私にもチャンスが巡ってきた時にこそ、私は動けるようにしておかなければいけないのだと、そう思った。

 そんな時、安城くんからセックスフレンドの話を聞いた。正直、以前までの私だったなら、顔を真っ赤にして怒っていたと思う。でも、私は思ってしまったのだ。安城くんなら、練習させてくれるかもしれないと。

 試しにお願いしてみたら驚かれはしたけど、了承してくれた。

 安城くんを家に案内し、自分の部屋に通した。壮亮でさえも私の部屋には入ったことがないのに、まさか別の男の子を先に通すなんて思ってもみなかった。

 シャワーを終えて出てきた安城くんの姿を見て、私は身持ちを固くした。

 腰にバスタオルを巻いているだけという同年代の男の子の姿に、興奮しなかったといえば嘘になる。

 安城くんをベッドに横にならせ、私はその上から安城くんを見下ろした。

 さすがは女の子と経験があるだけあって、安城くんは冷静だった。私がバスタオルを捲っても顔色一つ変えずに冷静だった。

 そこから先はよく覚えていない。

 とにかく必死で、安城くんのアドバイスに従いながら手を上下に動かした。どれぐらいの強さで握っていいのかもわからなかったし、おっかなびっくりといった感じだったけど、とにかく最後までできた。

 初めて男の人をイカせた。その達成感が私の中にあった。色々驚いたけど、今日安城くんを誘って良かったと思う。

 安城くんが帰った後、私はパソコンの前に座ると、「手コキのやり方」と検索した。


「うわ、こうするんだ」


 ただ上下に動かすだけでは駄目だと書いてあった。私は冷蔵庫にあったキュウリを取り出し、男性器に見立てて扱く。先っぽの部分は擽ったそうにしていたし、敏感な部分だと書いてある。責めるときは慎重にと書いてあった。あまり雑にやりすぎると痛いらしい。

 キュウリの裏の部分を指でなぞる。安城くんが言っていたけど、ここは裏筋といい、そこも刺激されると気持ちいいと言っていた。最もオーソドックスな責め方は竿の部分ということで、私はイラストを見ながらキュウリを扱く。今日で力加減はなんとなくわかったけど、弱すぎず強すぎずが難しい。何度か練習させてもらえれば、すぐに慣れるだろう。

 竿を扱くと皮が引っ張られることで、裏スジから亀頭へと刺激が伝わって気持ちいいらしい。

 これから毎日キュウリで練習しよう。

 次に安城くんをもっと気持ち良くできるように。

 そうして私はイラストを見ながらキュウリを扱くのだった。


 

穂高視点


 ドアを開けると、すぐさま奥から結菜が飛び出してきた。


「どこ行ってたの」

「どこでもいいだろ」


 そう言って結菜の横をすり抜けようとすると、結菜に手を掴まれた。


「待って」

「なんだよ」

「女の匂いがする」


 結菜は鼻をひくつかせながらそう言う。

 マジかよ。そんなにくっついたつもりはなかったが、しっかり匂いは付着していたらしい。


「どういうこと」


 結菜が眉を潜めて聞いてくる。

 俺はなんと答えたものかと思案する。別に結菜とは今は何の関係もない。班目とそういう関係になったところで負い目に感じると言うことはない。だが、この有無を言わせぬ結菜の迫力から言って、正直に話したら絶対に怒るというのがわかる。だから、俺は口を開くのを躊躇ってしまう。


「まさかとは思うけど、別の子とした?」


 不意にそう言われ、俺は言葉に詰まってしまう。結菜にはそれだけで十分だった。


「ふーん、そうなんだ。私とはしないくせに他の子とはするんだ」

「別に俺が誰としようとお前に関係ないだろ」

「そうだけど、なんか腹立つの」


 結菜はそう言うと、俺の腕に爪を立てた。


「痛いって」

「抱くなら私を抱いてよ」

「それは無理だって」


 というか家の中でそんなに声を出さないでほしい。由仁さんに聞かれたら俺はこの家にいれなくなる。結菜は興奮して気付かない様子で、おかまいなしだ。

 

「ねえ、今選挙中でしょ。どうして私を怒らせるようなことするの」

「こんなことでお前が怒ると思わなかった」

「嘘。だったらなんで嘘ついたの」

「言うようなことじゃないと思っただけだ。嘘は吐いていない」


 結菜は冷静な俺の返答が腹立たしいようで、その綺麗な顔を歪めていく。


「だったら、だったら、私を抱いてよ!」


 そう言った結菜の目には涙が光っていた。

 そして、踵を返し、勢いよく二階に上がっていってしまう。部屋のドアが勢いよく閉められ、その音が一階まで響いた。


「どうしたの?」


 由仁さんが音に驚いて飛び出してくる。


「ちょっと喧嘩しちゃって」

「そう。あの子変なところで怒るから」


 由仁さんは心配そうに苦笑する。

 俺は二階に消えた結菜の涙が目に焼き付いて離れなかった。


 

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