第14話

 昨夜の夜更かしのせいで、俺は授業中ほとんど集中できなかった。うたた寝をしながら授業を終えると、スマホにメッセージが入っているのを確認した。


「相談に乗って。放課後、風紀委員の教室まできて」


 そう短い文章を送ってきたのは班目飛鳥。先日連絡先を交換した選挙戦の対立候補だ。

 俺は苦笑しながらスマホをポケットに仕舞うと、風紀委員の教室に急ぐ。

 教室の引き戸を開けると、中には班目が一人佇んでいた。


「来たぞ」

「待ってました。緊急事態なのです」


 班目は焦っているのか、冷静さを欠いているようだった。

 

「何があったんだ」

「壮亮が女子に告白されました」


 余程心に余裕がないのだろう。班目は矢継ぎ早に言葉を継ぎながら荒い呼吸でまくし立てる。


「放課後、体育館裏に呼び出されたんです。これが告白ならまずいです。壮亮が告白を受けたら私死んじゃいます」

「オーケー、一旦落ち着こうか」


 俺は馬を宥めるように班目を手で制する。班目は俺が来たことで少し落ち着きを取り戻したのか、深呼吸を一つすると頭を下げてくる。


「申し訳ありません。気が動転してしまって」


 確かに想い人が告白されるとなれば、冷静ではいられないだろう。


「しかし、久世が告白されるのなんてこれが初めてじゃないだろ」


 俺が思うに久世はモテる。容姿も清潔感があり顔は普通だし、カリスマがある。モテないわけがない。


「はい、今まで壮亮は告白は全て断っているんです。でも、もしかしたらと思うと気が気じゃなくて」


 鉄面皮の風紀委員長がこんな乙女な一面を隠していたことは意外だったが、少し可愛いなと思ってしまう。しかし、久世が告白されることを防ぐことは俺にはできないので、久世が断ることを祈るしかない。


「誰かに取られるのが嫌なら、先に告白したらいいじゃないか」

「それで振られたら私は立ち直れません。現に壮亮に告白した女子は全員振られていますし」


 久世が告白を断る理由がわかれば、班目は安心するのだろうか。

 

「だったら確認しに行くか。付き添ってやるぞ」

「告白現場を盗み見るってことですか?」

「それしかないだろ。それでお前が安心できるなら付き合ってやってもいいぞ」


 班目は一瞬逡巡すると、頭を下げる。


「お願いします」


 教室を出て、体育館裏に向かう。体育館裏は人が寄り付かない定番の告白スポットだ。物陰に潜んで久世たちが来るのを待つ。しばらくすると久世が姿を現した。ほどなくして、相手の女子も姿を現す。


「久世くん、来てくれてありがとう」

「いや、全然大丈夫。それで要件は何かな」

「えっと、私、久世くんのことがずっと好きで。付き合っている相手がいないなら付き合ってほしくて」


 やはり告白だった。隣で班目が生唾を飲む音が聞こえる。横目で見ると唇を噛みしめていた。


「ごめん。君と付き合うことはできない」


 久世は告白を断った。何のためらいもなくばっさりと。


「理由を聞いてもいい?」

「好きな人がいるんだ」

「そっか……うん、わかった」


 そう言うと、女子は背を向けて立ち去った。その目には涙が光っているように見えた。

 久世はその姿を見送ると、溜め息を一つ溢す。そして振り返ると、声を張り上げた。


「で、そこで隠れてるやつ、出て来いよ」


 どうやら盗み見しているのはバレていたようだ。俺は苦笑しながら、班目を制すると、俺だけ姿を現した。


「安城くんか。趣味が悪いね。盗み見なんて」

「いや、たまたまここにいてな。久世が来たからびっくりして思わず隠れちまったんだ」

「まあいいけど。ここで見たことは誰にも言わないでね」

「ああ。心配するな。俺は口が堅い。ただ、お前に好きな人がいるのは意外だった」

「僕だって高校生だよ。好きな人ぐらいいるさ」

「どんな子なんだ」

「君に教える義理はない」


 やはりそう簡単に情報を出してはくれない。少しでも特徴を教えてくれれば、班目に目があるかわかったかもしれないが。

 だが、あまり深く追求するのはよしたほうがいいだろう。久世がどこで怒るか俺は付き合いが長くないからわからないしな。


「とにかく悪かった。ここで見たことは忘れるよ」

「そうしてくれ。それじゃ、僕は行くよ」


 そう言って久世はこの場を立ち去った。残された俺は班目のところに戻ると、呆然と立ち尽くす彼女の肩を叩いた。


「まあ、告白断って良かったじゃん」

「でも、好きな人がいるって言ってました」


 今まで久世に好きな人がいることは知らなかったのだろう。新たな情報が出て、混乱しているのかもしれない。

 俺は班目の頭を撫でると、戻るように促す。


「その好きな人がお前って可能性もあるじゃん」

「私じゃないですよ。付き合い長いですもん。わかります。壮亮は私を異性として意識していませんから」


 そんなことわからないだろとはさすがに言えなかった。付き合いが長いからこそ、わかることもあるのだろう。

 俺は落ち込む班目の手を引き、教室へと戻った。


「失恋しました」


 班目は光を失った目で、がっくりと肩を落としている。

 俺はなんと声をかけたものかと頭を悩ませる。

 だが、元々班目は今すぐ付き合おうとはしていなかったわけで。選挙の公約で恋愛禁止を打ち立てたのも、久世に彼女を作らせない為の施策だ。それをあっさりと受けいれたということは久世も恋愛をする気はないということになる。


「久世に好きな人がいるのはフェイクかもしれないぞ」

「フェイク、ですか」

「お前ら恋愛禁止を公約として掲げてるだろ。だったら久世は高校在学中は恋愛する気はないってことじゃないか」

「確かにそうですね」


 班目の目に少し光が戻った。


「少なくとも諦めるのはまだ早いと思う。お前も長期戦で挑むつもりだったんだろ。もっと粘って見ろよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 どうやら立ち直ったようだ。落ち込んだ女子の慰め方とか経験がないからわからないが、これで良かったのだろうと思う。

 班目は立ち上がると、俺に向かって頭を下げた。


「お礼に何か奢らせてください」

「いや、別にいいよ」

「これからも相談すると思うので、前払いです」


 正直、そこまでしてもらわなくてもいいのだが、ここで断るのも班目の顔を潰すと思った。

 

「わかった。じゃあ、ファミレスかどっか行くか」

「はい、行きましょう」


 教室の戸締りを済ませ、学校を出る。

 ファミレスに着くと、班目は扉を開けて俺を迎え入れる。


「そういうのは男の役目だと思うが」

「親切に男も女もないと思います」


 そう言って二人してファミレスの中へ。店員に案内され、席に通される。メニューを開き、比較的安めのハンバーグを注文することに決める。班目に合図を送ると頷いたので、呼び出しベルを鳴らし店員を呼ぶ。


「ハンバーグをお願いします」

「私はパスタを。あとフライドポテトをお願います」


 二人して注文を済ませ、水を呷る。

 班目はじっと俺の方を見てくると、小さく溜め息を吐いた。


「優しいですよね、安城くんは」

「そうか。普通だと思うぞ」

「見ず知らずの私の相談に付き合ってくれました」

「女子に頼まれたら男子は喜ぶもんだろ」

「あなたからは下心を感じません」


 班目はじっと俺を見つめたままそう告げる。眼鏡の奥の鋭い眼光が、俺を射抜く。全てを見透かされているような心持ちになった俺は、たまらず視線を逸らした。


「女子が苦手なんだよ……少しだけ女性不信に片足突っ込んでると思う」


 俺は誤魔化しきれずにそう呟いた。それを聞いた班目は「なるほど」と小さく呟くと、頬を緩ませた。


「あなたのことを少しだけ理解できました。近づきすぎるのが怖いんですね」


 班目に本質を見透かされ、俺は顔が熱くなるのを感じる。こんな話を人にしたのは初めてだ。結菜にだって、ここまで話したことはない。班目は不思議な性質を持っていた。思わず秘密を打ち明けてくなってしまうような、そんな不思議な性質を。


「つまり、童貞なんですか」


 班目が声を潜めてそう聞いてくる。俺は飲んでいた水を噴き出しかけ、咽て咳をする。


「お前がそんなことを聞くなんて意外だな」

「ちょっとからかってみたくなりまして」

「残念ながら童貞じゃない。経験はそれなりにある」

「えっ……そ、そうですか」


 班目が赤面する。予想外の回答だったようだ。班目は俯きながらちらりと俺を見やると、小さな声で聞いてくる。


「その、誰かとお付き合いしたことがあるんですか」


 現在久世に恋をしている班目からすれば、恋愛経験者の話は聞きたいのだろう。だが、残念ながら俺は恋愛したことはない。

 しかし、それを言うと面倒なことになるというのもわかる。逡巡した結果、俺は正直に話すことに決めた。


「いや、付き合ったことはない」

「え? でも童貞じゃないって。……え?」


 混乱する班目。そういう話に耐性の無さそうな女子である班目にこういうことを言うのもどうかと思うが、俺は真実を告げる。


「セフレがいたんだ」

「セフ……ぶふっ!」


 班目が驚きのあまり咽た。俺は苦笑しながらその様子を見守る。


「破廉恥です……」


 班目は赤面しながら俺を上目づかいで見ながらそう言った。

 

「だと思う。でも俺も高校生男子だ。女性不信だが、性欲はある」

「でも、そんな付き合ってもいないのにそんなこと……」


 班目の常識からは考えられないことなんだろうな。班目は信じられない様子で俺を見ては視線を外してくる。


「……どれくらいしたんですか」

「週に二、三度ほど」

「かなり頻繁ですね」

「そりゃ性欲盛んなお年頃なもんで」


 班目は耳まで真っ赤にしながら俺の話を聞いている。それでも質問をやめないのは純粋に興味があるからだろう。


「その……男の子は処女のことをどう思うんですか」


 班目が勇気を振り絞ったのかそんな質問をしてくる。


「好きだと思うぞ。男は好きな女の初めてになりたがるって聞くし」

「でも、経験ない女の子って恥ずかしくないですか」

「確かにテクニックとかで言ったらそうかもしれないが」


 確かに初めての女の子は全てにおいて稚拙だ。結菜も初めての時は不慣れな手つきだったしな。

 俺がそう思考を巡らせていると、不意に班目がとんでもない発言を口にする。


「なら、練習させてくれませんか」

 

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